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「24時間じゃない?」
「一日は24時間だけど、自転にかかる時間は24時間じゃない」
気の抜けた言い方ではなかった。
「23時間56分04秒」
言い切った彼女は、私から目を逸らす。目線はブラインドがかかった窓の方へと向けられていた。
「一日って定義されてる時間に約4分足らないんだ。それじゃあなんで、一日は24時間なのかってことにはなるんだけど、これは結構簡単な話で、太陽が出て、沈んで、また出る時は、自転だけじゃなくて公転も関係しているって話。公転分、余計に自転してるってだけなんだよねー」
黙って聞いた。これではまるで講義のようだとも思った。
「私はさー、その話を聞いた時、なんか知らないけど損している気分になっちゃってねー」
「損、ですか」
「そそ。一日の4分、私の知らないところで勝手に無くなっちゃてる気がして」
言いたいことは分かる気がした。
あくまでそういう気がした。
「だから、一日、その4分が埋まるほど、悔いがないよう、生きようって。好きなことして、やりたいことやってねー」
飛躍しすぎて、今度はまるで分からなかった。
聞きかじったような話かとも思い、質問する。
「相対性理論ですか?」
「そんなんじゃないよ。ただずっと、その4分を求めてるだけ。どうにかして4分を生み出したくて」
あぁ、なるほど。無理だ。素直にそう思った。
彼女から本題を聞いても理解できない。自信さえある。
根本にある考え方からして違う。私は一日一生懸命、必死に生きているとは言い難い。必死になる日が偶にある、それくらいだ。
4分という時間だって、惜しくもなんとも無い。スマホを弄っていれば消えるような、そんな時間に執着も、妄執も出来ない。縋りつけはしない。
所詮4分だ、そんな考えさえ彼女の話を聞いていて思う。
「だから、一日無駄にしたーとか、そんな考えも絶対にしたくなくなってさー。4分が惜しくなったら、一日が惜しくってー」
結果、それが一週間に繋がり、一年に繋がり、一生に繋がる。
「人生に無駄な時間を作りたくないんだー」
嗚呼。
胸がざわざわする。聞かなきゃよかった、こんな話。
また人生。堂島さんも言っていた。
人生なんて長いスパンで物事なんて見れない。それが私だ。一週間というスパンでさえ、明確な指標なんてものもない。
なんで、貴方たちはそうやって考えることが出来るんだ。
「だから、このサークルに入ったよ」
言い切る彼女は、真っ赤な双眸でこちらを見つめ直す。
分かっている。天才に嫉妬なんてしない。そこには羨望が佇むだけだ。
私が嫉妬するのは天才なんかじゃない。だから、分かっている。
猛烈に万城目さんに嫉妬していると、分かっているんだ。きっと、堂島さんにも嫉妬している。
醜い。醜悪で、下劣だ、私は。
だって、理解出来ないと知っていても、知りたがる。
「―――サークルって、何やってるんですか?」
万城目さんは嗤った。こらえきれず、嗤った。
目を逸らさず彼女は言う。
「当ててみなよ、だから連れてきたんだ」
やっぱり、彼女のことは苦手だ。
彼女の前では嘘がつき難いから苦手だ。
自分が嘘だと思ってない嘘を、嘘だと見破られるから苦手だ。
「取り戻したい時間があってさー。結構傷ついてるんだ、私」
なんでもない話のように彼女はいった。
だが、それはきっとかけがえのないもので絶対に譲れないもの。
それを奪われたら、人は憎む。
憎んだらどうするか、簡単な話で、復讐する。
「さぁ、あのゲームのリベンジマッチ。受けてくれるよね、嘘つきくん?」
真っ赤な瞳は私を捉えて離さない。
憎悪に染まった目が、私を射貫いていた。
受ける理由なんて、ない。そう思いたい。
正解はお茶を濁して、この場を立ち去ることだ。そうすれば、彼女も追ってこないだろう。聞きたいことは、どうせ聞いたところで理解できない。
でも、それを認めたら、嘘ではない嘘が露見すると思う。
分かっている、嫉妬してしまっているんだ。嫉妬が自分の心を捻じ曲げて、嘘を嘘じゃないものに作り替えようとしている。
嫌だ、認めたくない。
ラフィーさんと向き合うために。
ここで引き下がるような私だったら、きっと、ラフィーさんの前でも平気で嘘をついてしまう。嘘の関係が破綻しているなら、嘘をついても彼女はきっと振り向いてはくれない。向き合って話すことなんて出来はしない。
それだけは嫌なんだ。
「受けて立ちます」
万城目さんは嗤った。
「当てたら、何でも言うこと聞いてあげるねー」