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それでも平凡は天才を愛せるか?  作者: 由比ヶ浜 在人
五章 23時間56分04秒
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 研究室を出た私は、学食に来ていた。それはもう、足音を響かさんばかりにズンドコ学食に向かったのだ。本来ならば、気分爽快、そういっても過言ではない大学の朝を、こんな気持ちで過ごすことになるとは思っていなかったからだ。自然に地を踏む足の力が強くなった。


 学食につき、いつものようにチキンカツ定食を頼み、テーブルの席に着く。反芻されたのは、先ほどの教授とのやり取りだ。教授は何故、私を抉るような真似をしたのか。実際、あの会話に意味があったとは思えない。思えないのが、腹が立つ要因でもあった。


 知った風な口をきかれ、見透かしたように言われた質問は、酷く私を不快にした。誰にでも触れられたくないことはある。私だって例外ではない。


 そんな私の思考を救い上げたのは、どことなく間延びした声の持ち主だった。



「ねぇー嘘つきくん。何そんなささくれてんのー」


 万城目さんが、私の対面に座っていた。


 座っていても分かるすらりとした体形は、私よりも背が高いようにも思える。会った時にも感じたレースクイーンのような印象は、私服の今は際立って感じられた。実は、あのゲーム以降、出会ったら挨拶をするくらいの仲にはなっていたのだ。これも人間関係に踏み出そうとした私の成果と言えるかも知れない。



「別にささくれてはいないんですが、その、万城目さん?」

「んー、なに?」

「席だったら、他にも空いてますよ・・・?」


 一応尋ねてみた。挨拶はするくらいの仲ではあるのだが、其処止まりな関係である。正直言うと、この万城目さんに対して、私は苦手意識があった。それは、あのゲームで出来事が起因しているのだろう。その真っ赤な双眸に見つめられると酷く落ち着かない気持ちになるのだ。



「うーん、ここでいいやー」

「そう、ですか」


 さりとて、万城目さんは自分のスタイルを貫く。この人ほど掴みどころがない人も珍しい。そこにいるようで、実はいない。そんな印象を受ける。



「嘘つきくんさー、なんでそんなささくれてんのー?」

「そんな微妙にイントネーションを変えて同じ質問繰り返さないでくださいよ」

「答えないほうが悪いよねー」

「答えたじゃないですか」

「ほら、やっぱりささくれてるー」

「人の話を聞いてください」


 彼女の中では、もう既に私はささくれだっていることで決定していた。押し問答もいいところである。



「まぁまぁ。ここは一つ、私が面白い話をして上げるから落ち着きなってー」

「脈絡が無さすぎる」


 猫みたいな人だった。気まぐれ度合いが止まらなすぎだ。



「あるところにね、男の子がいたんだよ」

「凄いですね。面白い話って前振りして話をし始める人初めてです」

「男の子の名前は悟志(さとし)って言ってね」

「はぁ」

光宙(ぴかちゅう)っていう友達がいたんだー」

「待ってください。それどこかで聞いたことがあります」

「いっつも悟志は喧嘩を売られては買うんだけど、実際に喧嘩をするのは光宙なんだー」

「いや、そういうシステムですから」

「そう、社会システムの縮図だよねー」

「そんな重い話じゃありません!」


 なんてことを言い出すんだこの人は。あれこそ友情・努力・勝利を体現する素晴らしい話なのに。



「まぁ、その話は一旦置いておいて」

「置いておくんですか」


 自分から話したくせに。



「嘘つきくん、嫌なことがあったんだよねー?」

「ですから」

「別に話さなくていいよ。私も聞きたくはないし」


 そこまで言って万城目さんは大きく伸びをした。自由奔放である。



「嘘つきくんさー。少し、自分に正直になった方がいいと思うよー」


 その言葉は少し、私の心を動かした。


 何かを抑え込んで生きているつもりはない。だが、心に引っかかる棘のようなものがあった。それは恐らく、先程の出来事。いや、敬語を使っていること自体が、正直に生きているとは言い難いか。



「私はいっつも正直に生きてるよー。他人が思ってることだってズバズバ言って生きていたいし、人の顔色伺うのもゴメンだしねー。そういう生き方が多分あってるんだよー」


 少し、認識を改めた。本当は、この人が苦手なのではなく、羨ましいだけではないのだろうか。


 例えそうだったとしても、私は高校時代、それとは逆の道を選んだ。他人と壁を作って、自分の心を守るという道を選んだ。それは社会で生きていくため、人と関わって生きていくには仕方のないことだと割り切って。



「―――正直に生きて、自分の心に従って、万城目さんはこの大学に居るんですか?」


 素直に聞いてみたくなった。この天才が、どう自分の気持ちに正直になって、この大学に居るのか。それは、未だ大学に居ることに解答が出ていない私にとっては、酷く黄金色に輝いて見えるものだったから。



「面白いこと聞くね、嘘つきくん」


 万城目さんは立ち上がり、手早く服装の乱れを直した。そして、私を見つめる。真っ赤な瞳が私を射貫く。


 答える気はないのだろうか、と結論づけた私を正すように、万城目さんは人差し指を私に向けて、くいくいと折り曲げた。


「フォローミーだよ、嘘つきくん。その答えを直ぐ教えてもいいけど、それじゃ味気がないよねー」

「? どういうことですか?」

「つまり」


 万城目さんは綺麗に一回転。そして、回り切った後に再度私に指を向けてこう言った。



「午後の講義サボっちゃおうぜ、ユー」



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