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月曜日。月曜日という話題を出すと、ネガティブな発想をする人が大勢いるらしいが、私は月曜日が週の中で一番好きだったりする。というよりは、月曜日の朝の大学が好きと言った方が正しい。この鷹閃大学はどこにいっても意外と人が散見される。構内に設置されているベンチにはいつもカップルが座っているし、視界に人がいない時が少ない。ちなみにベンチはいつか爆破しようと密に考えている。そんな鷹閃大学なのだが、人が見当たらない時間帯、というのが存在する。それは話題に挙げたように、月曜日の朝だ。これはどこの大学にいってもそう変わらないことだとは思うが、日曜に大騒ぎして、月曜の朝は大学に来ない、もしくは、そうなることを見越して月曜の朝に大学の講義を受けようとしない傾向がある。だから、人が少ないのだ。そして、人口密度が多い場所が苦手だったりする私は、月曜日の朝の大学が好きで、講義をガッツリ入れている。
ある意味、気分爽快と言っても過言ではない、そんな月曜の朝の講義だが、今日は休講だった。なんでも、論文の発表会に参加するという理由で、講師が不在らしい。それは事前に通知されていたので、今日が休講ということは勿論知っていたのだが、私は大学を訪れていた。
「青年、久しいな」
目の前にいる、壮年の男性。目の堀が深く、鼻立ちが鋭敏な壮年の男性。空教授に会う為である。
「お久しぶりです、教授」
投げかけられた言葉に素直に返答した私は、目の前に出されたお茶を軽く目視した。
場所は、研究棟、とでもいえばいいのだろうか。とにかく、鷹閃大学の教授が自身のゼミだったり、自身の研究を行う為に作られた棟が本校舎とは別にあり、其処に足を運んでいた。その棟の三階、これでもかというほど長いアクリルの廊下を進んで突き当たった場所に空教授の研究室があり、中には、数えられぬほどの資料が所狭しと並べられた本棚、大き目の机、そして、小さい机が設置されていた。
その小さい机に対面するように、私は空教授と向き合っていた。
「して、今日はどんな要件だ?」
「これを返しに来ました」
私は、夏季休暇の際に渡された厚めの封筒を取り出し、机に置いた。この封筒に入っていた金額が、本当に洒落になっていない金額で返金したかったのだ。
「青年は生真面目がすぎるな。大分、前の金だろうに。それにあげた金だ」
「ほんとは夏季休暇が終わって直ぐ渡しにいくつもりだったんですが」
「会えなかったか? 無理もない、私はほとんど大学にはいないからな。これでも忙しいのだよ。むしろ良く会えたと、自分を褒めるべきだろう」
教授はクツクツと嗤う。そうなのだ、夏季休暇終わって直ぐ、空教授にお金を返しに行こうと何度かこの研究室を訪れたのだが、いつも不在だったのだ。これがお金ではなかったら、その場に居合わせた教授のゼミの先輩方に渡していたのだが、金銭の為そうにもいかず、私は足繫くここに何度か通う嵌めとなっていた。
「鷹閃大学の事務の方に聞いたんです。教授が戻られる日を」
「賢明だ。そして、確実な方法だ」
「確実ではありませんでしたよ。教授、いつもふらっと何処かに出かけられるらしいじゃないですか」
足繫く通う原因となったのは、事務の方に聞いて、今日だったら会えるかも、という不確かな情報が提供されるだけだったからだ。その情報を手に入れる度に、この研究室に赴いていたが、教授は不在。空教授はいつも、フィールドワークといって外出するらしい。
「仕方のないことだ。存外、人を縛るというのは難しい行為ではある」
「せめてスマホを使いこなせるようになってほしいと、事務の方が嘆いてましたよ。いつも連絡がつかないと」
「一理ある。私も使いこなそうと努力はしているのだ。最近はゼミの学生にならってアプリをインストールして、使用したりもしている。いやはや、その名のとおり、教授する立場の私が、学生に教授されるというのは皮肉なものだ」
夏に出会った時もこの教授は、スマホを使えないと自己申告をしていた。ただ、そうあるのをよしとはせず、努力をしているようだった。それは素直に凄いことだと私は思う。
「その話を聞いたら事務の方も喜ばれますよ。ちなみにどんなアプリを?」
「アイドルを育成するゲームアプリだ」
感動を返して欲しい。
俗世的だった。想像していたのとなんか違う。てっきり、ファイルやなんかを纏めるためにクラウドサービスを利用するアプリ等をインストールしていると思っていた。努力が斜め上方向に突き抜けすぎである。
「これが結構奥が深くてな。属性やタイプによってパフォーマンスが変わってくる。そこを追及し出すとキリがなくなる」
しかも結構やりこんでいるみたいだった。
「しかし、どうしても納得がいかない。青年、ガチャの排出率は本当にあっているのか?」
「教授、それ以上はいけません」
課金もしているみたいだった。なんてものを教えているのだろう、ここの先輩方は。
それでも、ういういとそんな話を続ける教授は、どことなく子供のように思え、すっかり毒気が抜かれる。
「あぁ、ゲームと言えば、聞いたぞ青年。随分派手に立ち回ったそうだな」
教授は、話の矛先を転換する。話題は、私が参加した嘘つきゲームのものになっていた。
それに対して、少し言葉を詰まらせる。あのゲーム、私にとっては立ち回ったというより、逃げ回ったという方が正しい。最悪の展開にならぬよう、対策を施したに過ぎない。私に矛先が向けられたものだった為、それをただ逸らし続けているだけに過ぎないのだ。誰かを救うのではなく、自分自身を救う為。なら、逃げ回ったという表現が正しい。
「・・・どう、なんでしょうか。平凡な私は、ただみっともなく足掻いただけ、そう思ってます」
吐露。あのゲームは本当にあの結末でよかったのか。他にもっと道があったのではないか。他の選択をしていれば、ラフィーさんとまだ会話は出来ていたのではないか。
「平凡か。ふむ、青年は自分が嫌いか?」
「そう、ですね。嫌いです」
「それは平凡な自分が嫌いなのか?」
「・・・違う、と思います」
天才に羨望はする。この大学にいる学生であれば、どのような解決手段を取ったのか。自分はただ逃げただけ。だが、それでも所詮は羨望で、突き詰めると自分から果てしなく遠い物だ。羨望はすれ、嫉妬はしない。なら、平凡を理由にするのは違う。
「なら質問を変えよう。自分を愛しているか?」
突拍子のない質問だった。意図すらも掴めはしなかった。
「私はな、青年。あのゲームのことの顛末。そして、夏季休暇での青年の出来事を聞いて、一人の男の名前が浮かんで仕方がない」
後で思い出すと、これは講義に近い形式だった。教授は私に、文字通り、教授しようとしていた。
「エトムント・フッサール、という男の名がな」