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それでも平凡は天才を愛せるか?  作者: 由比ヶ浜 在人
五章 23時間56分04秒
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「どういう意味ですか?」

「そのまんま。アンタ、残酷すぎるよ。凛が可哀想だと思う」


 喧嘩腰だと、そういうことだと、私は理解する。堂島さんの顔を見れば少し、頬が赤い。酔っているようだ。彼女の前を見れば、飲みかけのビールや、チューハイが目に入る。酔っ払いに絡まれるというのは、まさしく今のような状況だろう。



「あの! 美音ちゃん!私は!」

「いいから、凛は黙ってなさい。言ってやんなきゃ分かんないのよ、この餓鬼には」


 流石に、流石にだ。私も一人の人間であり、酔っ払いに絡まれ、意味不明な事を言われて、餓鬼だのなんだのは、些かいただけない。口調が鋭くなる。



「堂島さん、言いたいことがあるならはっきり言ってください。私も聖人君子という訳ではないので。ここで引き下がったら漢が廃ります」

「漢? 嗤わせんじゃないわ餓鬼。いいわ、はっきり言ってあげる」


 堂島さんは缶ビールを片手に掴み、思いっきりあおる。そして、その缶の底を激しく炬燵にたたきつけると、こう言った。



「なんで凛に手を出さねぇんだ! このED!」

「え?」


 空気は止まる。思考も止まる。フリーズする。そういえば、フリーズドライって、真空凍結乾燥技術っていうらしい。なるほど、ならこれも一種のフリーズドライだ。



「アンタほんとに男なの!? こんな可愛い子が一生懸命アンタみたいなのに尽くしてんのよ!? ほぼ毎日一緒にいるって聞いたわ! それなのになんで唇も重ねてないの!? 小学生か!!」


 いえ、小学生ですよ凛さんは。と至極真っ当な意見を想い浮かべている私を、誰が責められようか。


 ただ、堂島さんの話口調からこの二人が仲良くなる経緯を推測出来た。なんてことはない、この酔っ払いは少し暴走しているだけである。大学生である私と、小学生である凛さんをくっつけようと暴走しているだけである。それこそ、思春期まっさかりの中学生みたいな行動で。


 私は深く溜息をついた。本当にこの人はどこまでも真っすぐだ。感情に素直だ。大方、私が痴漢から凛さんを救った話でも聞いたのだろう、聞いて、これはなんとかしなければとお節介を焼いているのだ。



「凛さん、コップに水持ってきていただいてもいいですか?」

「えぇと、うん、お兄さん」


 私の雰囲気に押されたように、凛さんは、コップを持ってとことこと、二口コンロの横にある流しに向かっていた。



「堂島さん」

「なによ」


 堂島さんはこっちを不躾に見て、頬杖ついた。彼女と話しているとえらく酒臭い。相当飲んだようである。



「お兄さん、お水・・・」

「ありがとうございます」


 凛さんが気まずそうに、私に水を差し向けてくる。


 私は凛さんから水を受け取ると、堂島さん目掛けて()()()()()()()



「お兄さん!?」


 凛さんが悲鳴をあげるとほぼ同時。

 頬杖ついていた堂島さんは、よけることも出来ず、その顔面を水に濡らした。



「私も間違っていた時、こうやって貴方に諫められました。だから、貴方が間違っていたら、私も躊躇はしません。それに何より、悪酔いが過ぎます」


 はっきりと言う。彼女自身が言ったように、こういう言葉は言ってやんなきゃ相手に伝わらないと思う。今までのように、のらりくらりと意味も意図もない言葉を堂島さんや、凛さんや、御剣さんの前ではもう重ねたくないのだ。


 堂島さんなら、分かるはずなんだ。こんな事。



「―――ゴメン」


 考えれば当たり前のこと、小学生に手を出せとは、私に捕まれと言っているようなものだ。少なくとも、さっきの話は凛さんの教育上、言っていい言葉ではなかった。

 堂島さんは少し、ばつが悪そうに目を伏せる。恐らく、この後のことを考えて申し訳なく思っているのだろう。水を差してしまったと。



「別に気にしてません」

「その、今のは私が悪かった。少し飲み過ぎたかも。何気に男の家来るの初めてだったし」


 私は、再度さえ箸を動かし、鍋にある材料を深皿に移動させる。少し落ち込んでいる堂島さんを見て、私は笑った。彼女でもこんな顔をするのだなと、可笑しくなってしまったのだ。凛さんがその一部始終を見て、慌ててタオルを持ってきて、堂島さんに渡した。



 笑った私を見て、堂島さんは拗ねたように顔を背ける。そんな私たちを不思議なものでも見るように凛さんが見ていた。



「お兄さんと美音ちゃんは、喧嘩してたんじゃないの?」


 違いますと、言葉に出す代わりに、私は凛さんに対して違う言葉を投げかけた。実際、喧嘩したのかもしれないし、そうではないかもしれない。どっちでもいいのだ、そんなことは。ぶっちゃけると、今回、私たちが仲良くすることが目的ではないのだから。


 さて、宴もたけなわ。強引だが始めよう。私は起きているし、堂島さんと凛さんが仲良くなっているなら始めない訳にはいかない。


「凛さん、私、いや、私たち、実は隠し事があるんです」

「え?」

「今日、この三人が集まったのは、鍋を食べるためじゃないんですよ」


 そう、ほんとは鍋が主役ではないのだ。



「待てよ、そっから先は俺がいねぇとダメだろうが」

「分かってますって」


 ベッドから御剣さんの声。彼は読んでいた小説を一旦閉じ、炬燵へと入ってきた。その所作があまりにも綺麗で、炬燵に入る動作に思えなかった。


 事の発端は、この御剣さんである。彼は私に頼み、堂島さんにも頼んだ。恐らく、凛さんがいつもいるこの場所を使ってサプライズをしたかったのだ。だから、必然、呼ばれる人間は限られる。



「まぁ、なんだ。凛、そのな」


 御剣さんは言っていた。今まで一度もまともに祝ってやれたことがないのだと。そこら辺の詳しい事情は、全然私には分からない。そもそも、親戚を祝うという行為をどれだけの人が行っているのか。ただ、このチャンスを彼は逃したくなかったのだろう。自分と一緒に凛さんを祝ってあげられる人物がいるという、このチャンスを逃したくなかったのだろう。



()()()()()()()()()


 今日の主役は、凛さんだ。


 呟いたのは、誕生日を祝う言葉。とどのつまり、これだけ回りくどいことをして、鍋だなんて口実をつくったのは、この律儀で、義理堅い御剣さんが、親戚の少女を祝う為だった。私はその計画ににべもなくのった。凛さんに何か私も日ごろの恩返しをしたかった。そんな野郎共の頼み事を聞いてくれたのが堂島さん。何を頼んだかは、言わずもがな。



「凛さん、私たちからプレゼントです。堂島さんに協力してもらって選びました」


 私はそう言いながら、正方形のラッピングされた箱を手渡す。


 正直に言う、大学生の野郎共に、小学生の女の子の誕生日プレゼントを考えるなんて、土台無理であると。プレゼントを見繕ってもらう為に、協力を依頼したのだ。そして、折角だから堂島さんを誘った。


 そう、此処まで整理出来たなら、先ほどの堂島さんの行動も推測は簡単だ。なんてことはない、堂島さんはサプライズを更に増やそうとしたのである。誕生日に恋のサプライズとは古今東西使いまわされ過ぎた常套手段だ。ところがどっこい、酔いも回って倫理を置いて暴走してしまった訳である。大体、凛さんと私ではミスキャストがすぎる。あの天真爛漫に笑う可愛らしい少女に、仏頂面の大学生を宛がうのは失礼だろう。



 これが事の顛末だ。ここに至るまで延々と長話を続けてしまったので、話のオチはさらっと述べてしまおう。



 嬉しさのあまり、小学生が泣きじゃくった。以上である。



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