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「今は気にしないでください、堂島さん。遅れてやってきたハロウィンだと思って下さい」
「いや、もうすぐクリスマスなんだけど」
「じゃあ、鎖に繋がれたトナカイだと思ってください」
「私の知る限りトナカイは鎖には繋がれてない」
「分からないじゃないですか!! もしかしたらトナカイもサンタに首輪付けられてるかも知れないじゃないですか!!」
「なんで怒ってんの!?」
いや、ほんと何で声を荒げているのだ私は。恐らく、トナカイが自由で、私が不自由だと認めたくなかったからかもしれない。
とりあえず、今は堂島さんに鎖を取って下さいと言うのは愚策だ。堂島さんと凛さんは初対面。凛さんの怖さを知らない堂島さんを巻き込みたくはなかった。一旦、顔を合わせてもらって、隙を見て私の救出を依頼しよう。後、お肉の件も依頼したい。お肉が食えるなら最悪、鎖はこのままでいい。私の人権は、お肉より軽いのだ。
「すみません、ちょっと自分の状況に動揺してまして」
「私のほうが動揺してるっての。一体何がどうなってそんな状況なってんの?」
「説明するので、一旦部屋にあがって下さい。それと前もって伝えては置きましたけど、堂島さんの他に今日はもう一人女の子がいますので紹介しますね」
「ん、たしか御剣の妹だっけ? 参加するのは聞いてたけど、なんでアンタと御剣の妹が知り合いなの?」
「正確には御剣さんの親戚です。知り合いなのは、まぁ訳ありで。それも鍋の時にお話しします」
「ふーん、なんか意味わかんないことばっかだけど、とりあえずお邪魔します」
堂島さんはハイヒールを脱ぎ、ブランドもののバックを持ちながら部屋に上がる。その際、ハイヒールをキチンと揃えて玄関の側面に置いたことに衝撃が走った。やはり常識人か。
私は後ろ姿を追うように、鎖の音を鳴らしながら追従する。その時、彼女が着ているスカジャンが目に入った。この人、龍が描いてあるスカジャン着てる。後ろ姿がゴリゴリのヤンキーだ。知り合いじゃなかったら声を掛けたくない。アイドルで、ヤンキーで、常識人とか属性を詰め込みすぎではないだろうか。属性過多である。
「あれ、御剣が先に来てたの」
「よぉ堂島。飲み物持ってきたか?」
「持ってきた。ていうか、女の子に飲み物持ってこさせるとか溜息しか出ないんですけど」
「アルコール飲むのお前だけだろ。ここにいる人間はお前以外、年確されたら酒買えねぇんだよ」
「うっさい。言いたかっただけ」
堂島さんは、飲み物を袋から取り出し、机に置こうとして一旦停止した。どうやら、二口コンロから鋭い視線を放つ凛さんに気づいたみたいだ。
「へぇー、御剣の親戚ってのは今聞いたけど、もっと大きい娘だと思ってた」
その凛さんに、堂島さんは近づき、言葉を投げかける。
「私の名前は堂島美音。一応、アイドルやってるんだ。お名前は?」
やっぱりアイドルって凄い。あんな優しそうな声で話すことも出来るのか。まるで教育テレビに出ているお姉さんみたいだ。これなら、凛さんとすぐに意気投合しそうである。一先ず、一安心。
「凛です! 今日はさっさと帰ってくださいね!おばさん!」
凄い、小学生って凄い。あんなに笑顔で濃硫酸のような言葉をぶちまけるのか。早くも鍋が崩壊の危機である。油断、即落ちだ。リズミカルすぎて芸術を感じる。そして、このままだとこの芸術は爆発もする。芸術は爆発だ。という名言があるが、言い得て妙だ。
「あ?」
教育テレビのお姉さん、ご立腹。額に青筋立てる人初めて見た。怒るとほんとに血管って浮き出るんだなと、心底どうでもいい考察をして現実逃避を図る。
「・・・私さ、生意気な餓鬼って嫌いなの」
「奇遇ですね! 私も口が悪いおばさんはゴミだと思ってます!」
さて。さてさて。これはもう私には手のつけようがない。手の施しようがない事態だ。昨日出たとこ勝負と、まるで決め台詞のように宣ったが、覆せる事態ではなかったらしい。どうせ、私みたいなコミュニケーション能力が全くない人物には仲裁も無理なのだ。ならば、出来ることだけをすべきだ。人には適材適所という素晴らしい格言があるように、出来ないことは出来ないと、素直に認めて動くことも重要なのだから。
というわけで、全員揃ったことだし、カセットコンロを用意しなくては。
私はいそいそと、昨日買ってきた品を漁り、カセットコンロを引っ張りだす。と同時に首輪に付いている鎖が思い切り引っ張られた。
「っ! 誰ですか!? やって良い事と悪い事の区別を」
「黙ってお兄さん」
「ハイ」
引っ張ったのは凛さんだった。近くで、間近で顔を覗きこまれたが、凛さんは無表情である。怖い。本当に怖い。助けて下さい。
そんな眼差しを御剣さんに向けるが、彼は私が持っているゲーム機を勝手に物色していた。視線をこっちに誘導する為、鎖を掴み上下に振って音を鳴らす。音に気付いた彼は、こっちを一瞥して、呆れの表情を作り、またゲームを物色し始めた。ロリコンめ。いつか絶対ギャフンと言わせてやる。
「お兄さん、復唱してね」
「え、復唱?」
「そう、復唱。出来るよね?」
必殺魔法でも放つ気なのだろうか。目の前の教育テレビのお姉さん、もとい地元のヤンキーに。
ちなみに目の前の堂島さん、完璧に目がイッてる。指の骨を鳴らしながら、こちらを見るその様子から察するに、どうやら私も敵と判断されたようだ。理不尽すぎる。むしろ私の立ち位置は捕虜だ。人質だ。しかし、状況は前門の虎後門の狼。私は放棄していた仲裁をここに来て行う嵌めになった。
「ひ、一先ず落ち着きましょうよ凛さん! ほら、鍋を食べましょう! 同じ釜の飯をなんとやらです! 堂島さんと凛さんは互いに誤解し合ってるだけなんです!」
「出来るよね?」
「ワン」
ネゴシエイターとしてはやるだけの事はやった。満足だ。後は、犬としての仕事を果たさねば。
「じゃあ、続けて言ってね! “まくらえいぎょう”!」
それ一番アイドルに言ってはいけない言葉です。小学生も言っちゃいけません。
「言ったら、殺す」
それもアイドルは言っちゃいけない言葉だと思うんです。堂島さん。
「お兄さん! 言わなかったら一生、部屋から出られないからね!」
「―――まくらえいぎょう!!」
私は言った。それはもう、盛大に言った。凛さんが言う一生は本気の一生だ。加えて一瞬答えなくてもいい雰囲気が流れてた。一生、私が部屋から出なくてもいいと、凛さんは考えていた。ホラーだ。
ちなみに打算もある。堂島さんは常識人だ。いくら言われて怒るような言葉でも、私の現状を判断して暴力には出ないはずだ。
「アイドルキック!!」
油断、即落ちである。
立って体を正面に向けたまま、足の曲げ伸ばしの反動に体重を乗せるだけ乗せたキックは私の胴体を深々と突き刺す。プロレス発祥の蹴り技だった。
私は朦朧とする意識の中で、それでもこれだけは言いたくて、最後の力を振り絞り、言葉を発した。
「・・・堂、島、さん。そ、れ、ヤクザ、キック、です」
私は、意識を手放した。