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それでも平凡は天才を愛せるか?  作者: 由比ヶ浜 在人
五章 23時間56分04秒
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 12月に入り、大学ももう少しで冬季休暇に入る頃合いになっていた。


 鷹閃大学がある周辺は、はっきり言って大都会だ。田舎では見たこともないビル群が乱立し、これ以上伸ばしきれない敷地面積を上へ上へと押しやっているその様は、どことなく人が掴むことが出来ない月を掴もうと、必死に腕を伸ばしてるように見えた。そのビルにはクリスマスが近づいていることもあり、煌びやかな装飾も施されている。これが俗にいうイルミネーションというものらしい。地元の田舎で見たイルミネーションは、駅の前に申し訳なく佇んでいる一本の杉の木をまばらに電飾を施したものだったので、スケールの違いに圧巻されそうになる。


 そんなイルミネーションがあるにも関わらず、街ゆく人々は忙しそうに横断歩道を早歩きで渡り、イルミネーションには一瞥もくれることはない。その姿を見て、もったいないと感じるのは、偏に私が田舎者だからだろうか。煌びやかな灯りの下を歩く私は、なんとなしに心の中で思った。


 田舎よりもずっと暖かいこの大都会は、雪が降ることが稀らしい。地元は11月後半くらいから気温は氷点下を下回り、雪が降っていたものだ。そう考えるとやはり、緯度というのはわずかな違いでもかなりの変化をもたらすのだろう。しかし、いくら田舎よりはずっと暖かいと言っても、気温は一桁台を先週からキープしており、寒いということには変わりない。その寒さに抗う為に着込んだダウンジャケットは、体の上半身を守るだけで、それ以外の部分は否応なく冷え込んでいく。



「お兄さん! お手!」

「ワン」


 そんな体の一部分、つまりは、手なのだが、それを横に並ぶ凛さんに奪われる。


 今日も今日とて凛さんは元気だ。子供は風の子、なんて言葉が私の頭の中に過る。着ている服装も私から見ればずっと軽装に見えるが、天真爛漫な笑顔は寒さを一切感じさせず、むしろ見るものに太陽のイメージを抱かせる。子供が元気でいることは、それだけで周囲を幸せにするものである。


 私も彼女の笑顔に、必然、笑みを浮かべた。それは自然の摂理だ。だって、多分逆らったら私は死ぬ。



「それにしてもほんとにビックリだよね!お兄さん! お兄さんのスマホの中に私以外の女の連絡先が2件もあるなんて!」

「ソウデスネ」


 私がここまで従順な態度を見せる事の始まりは、凛さんにスマホのロックを破られた事に始まり、いや、始まって終わってた。特筆すべきことは何もない。しいていうなら、その連絡先はラフィーさんと、堂島さんということくらいだ。


 正直に言うと、油断していた。というのも、スマホのロックなんてとっくの昔に解除されてて、二人の連絡先があることは容認されているものだと思っていたのだ。スマホの待ち受けが、月ごとに、いろいろな凛さんの画像に変わっていたことがその理由として挙げられる。ちなみに今は、クリスマス仕様なのかサンタのコスプレをした凛さんが待ち受けで固定されていた。凛さんが言うには、待ち受けを外部から設定するのにロックは解除できなくてもいいらしい。私はそんなクラッキングの知識なんて持ち合わせてはいないので、すっかりロックは解除されているものだとばかり思っていた。


 ちなみに今現在、私の連絡先のフォルダの中に二人の名前はなく、メッセージもブロックされている。昨今の小学生は授業でクラッキングの技術でも教えているのだろうか。そうだとしたら、今ここにいる哀れな私を見て、文部科学省には教育内容の見直しをどうか御一考願いたい。



「お兄さん、もうこれ以上隠し事ないよね?」

「ぴぃ」


 怖い、怖すぎる。それに掴まれた左手が異常に痛い。握力が小学生のそれをゆうに上回っている。



「今日出かけたのはなんで?」

「そ、それは」


 私は呻いた。サスペンスドラマで刑事に、断崖絶壁で推理される犯人のごとく呻いた。隠し事は、ある。だから、凛さんには隠れて家を出たつもりだったのだが、ものの3分で捕捉され今に至っている。これには影の薄さに定評のある私もすっかりお手上げだ。



 先程の質問に答えられなかったせいか、瞳孔の開ききった目で、凛さんは私を見つめてくる。出来るものなら、隠し通したかったがどうにも無理らしい。


 この前は、嘘を吐いてヘマをした。なら、今回は素直に真実を言う。一部分を隠して真実を言う。



「その、明日なんですけど、御剣さんが家に来るんです」

「あれ? 透くんがウチに来るの?」


 何も言わないぞ、私は。さらっと私のアパートをさも自分の家のようにいったけど、私は絶対何も言わないぞ。



「冬だから、鍋でも作って食べようという話になりまして、今日は買い出しでもしておこうかと」

「そうなんだ! それならそうと言ってくれればいいのに! もう、気が利かない男子はモテないよ!」


 あれ、なんか押し通せそうである。思った以上に好感触だ。興が乗ってきた私は、このまま全てを有耶無耶にしてしまうべく、とりあえず口を動かす。



「鍋を用意したり、カセットコンロの準備もありますし、基本的に重いものを買う予定でしたので、凛さんにはお声を掛けなかったんです。勿論、明日の事は凛さんには帰ってから言うつもりでした」

「水くさいよ! お兄さん! 小さい買い物なら手伝えるもん!」

「そう、ですね。せっかくですし、お願いします」

「そうと決まったら買うものの確認だね! お箸は割りばし纏めて買うとして、深皿とグラスは最低でも何個必要かな?」

「4つは必要ですね――――ッ!」


 やばい、ハメられた。何故気づかなかったんだ、誘導尋問だ。



「あれ? 可笑しいねお兄さん。凛と、透くんと、お兄さんで、最低3つだよね?」

「い、言い間違いです。落ち着いて下さい凛さん」

「お兄さんはほんと」


 凛さんがこちら見据える。瞳には一切光沢はなく、瞳孔は開ききっていた。



「隠し事が好きだね」


 これは不味い。本当に不味い。なにがどう不味いかは分からないが、ともかく不味い。その考えが頭を埋め尽くした瞬間、私は反射的に口を滑らせた。


「あ、あともう一人来ます!」

「女?」

「え、その、あの」

「女なんだね」

「なんと言いますか」

「お兄さん、後で薬局寄っていこうよ。水酸化ナトリウム買わなくちゃ」


 一体何に使うのか、私は聞けなかった。出来れば、石鹸づくりに使うものであって欲しい。苛性ソーダという異名を持つ水酸化ナトリウムはよくミステリーで使われがちだ。



「楽しみだなぁ」


 艶っぽく囁く凛さんは、私の手だけではなく、腕を身体に引き寄せ、界隈を歩く。泥のように濁った眼が、私を見上げてくるその様は、純粋に鍋を楽しみにしているものではないのだろう。


 元々、凛さんを誘うつもりではあったのだが、こうなることを少しばかり予見していた為、こそこそと動いていたのに、全くの無駄になってしまった。


 こうなれば、もう出たとこ勝負である。例え明日、私の命が危ぶまれようとも、明日の鍋は絶対成功させねばならないのだ。意思を強く持つんだ。世界は私に対してちっとも優しくはないが、それでも少しくらいは足掻こう。


 そんな感じで、地獄の鍋は始まりを告げたのである。



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