13
これが理由か。私は失笑した。ラフィーさんが寄越したチケットも、ラフィーさんが連れてきた何百人という人も。
全ては大衆に私の醜い過去をぶちまけるため。
ふと、パイプ椅子の一番前に座る彼女に目をやった。その表情はどこまでも真顔で、一切の感情がない。どこでこの事実を知ったのか、どこまで調べてあるのか。
馬鹿だな私は。このゲームに参加した時点で、何かあることは分かっていたのに。それでも、せめて彼女が貰ったものだから、参加しようと、彼女が見ているから頑張ろうと。とんだピエロだ。
前にいる漣さんは、逃がす気はないのだろう。休憩も挟まず、エキシビジョンマッチを矢継ぎ早に進めたことをもっと、警戒すべきだったのに。
「あぁ、ないとは思うが」
漣さんは酷く億劫そうに、首を回しながら、私を見つめる。マイクは切っているようだった。
「答えない場合は、一つお前が吐いている嘘を曝そう」
「う、そ?」
「白銀に言うだけだ、彼女には付き合っていた人物がいたことを。お前ではなくな」
「っ!」
それは私を串刺しにする言葉だった。ここまで言葉の暴力を極めた人を私はしらない。何故それを知っている、なぜそこまで私を。なんにせよ、八方塞がりだった。
いつまでも答えない私を、彼は再度、言葉で殴った。
「答えろ、いや違うな、応えろ」
暴力だった。目の前にいるのは暴力そのものだった。殴られた訳でも、蹴られた訳でもないのに、私は体中が痛んで仕方がなかった。この人物と対面するということは暴力と対面するに等しい。そう思わずには居られない。そこら中から暴力をかき集めて、圧縮して、人の形を作れば、この人物のようになるかもしれない。
「沈黙するか、あくまでも」
違う、沈黙しか出来ない。解答を分かっていても尚、その嘘とは向き合えない。この問題は、正否を問う問題ではなく、答えるか、答えないかを問う問題だ。故に悩む、答えるべきか、いや、応えるべきか否か。
「お前は、何が人を裁くと思う?」
彼は問いかけに更に問いかけを増やす。その行動は場を繋ぐ為というよりは、私を殴る行為に等しかった。
特段、この質問に答えたところで、私が実質的に被る被害はない。だが、それでも答えたくはなかった。こんな私でも守りたい誓いが一つだけあった。しかし、応えなければ、嘘は破かれ、曝され、乾ききってしまう。それだけは絶対にダメだった。
「国か? 違う、そんなものでは裁けない」
頭が明滅する。スパークしていると思う、火花は飛び散っていないだろうか。ピッケルか何かが私の頭を内側から突いてやまない。
「なら法律か? 違う、六法全書で人は裁けない、むしろ、殴った方が幾分かいい」
悩む、そう決めた時から激しく頭が明滅するようになった。自分自身が偽った何かを叩いて叩いて、壊しにかかってる。
「なら裁判官はどうだ? たしかに判決を下すのは裁判官だ。理には適ってる」
それでも、それを壊すのが私は怖くて怖くてたまらない。きっと、壊したら元に戻らない。修復は出来ず、きっと欠片も残らない。
「違うな、それでも。本質はそこにはない」
それでも、今は愚直に前を向け。悩むと決めた。どちらを選んでも何かを失うことはもう決まっている。その時の自分がせめて、後で誇りに思えるように。その選択が間違っていたと気づいても、恥じることのないように胸を張れ。
「人を裁くのは、人だ。それ以外にありえない。ならば、お前を裁くのは誰だ?」
このゲーム、いや、もうゲームと呼べるかすら分からないが、勝者は彼だ。彼に私に対する憎悪は欠片もなく、感情すらあるのか疑わしい。天秤なのだ。どちらに傾くかを測る、天秤だ。そこに私への感情などないのだろう。あるのは選別の意思。
「俺しかいない」
このゲームの行き先は、私の選択の選別だ。
なら、選ばない。
「答え合わせは、まだ終わっていません」
震える声で、私はそう返した。彼の雰囲気に飲まれぬよう、一つ大きな呼吸をした。
「なにを、言っている?」
怪訝な顔をする彼は、横合いから聞こえた声に意識を攫われたようだった。
「そうね、いつまでも黙ってるのも流石に限界」
「ここまで上手くいくとはな」
私は誓った。堂島さんを勝たせると。こんな私でも守りたい誓いがあった。それがこの結託を利用して、お米が欲しいと嘘を吐いてまで、対策を行った私の贖罪だ。
「オープンカード」
漣さんが発声しなかったその言葉を、私は明瞭に発声した。
掲げられたカードに書いてあった表記は、私が○で。
御剣さんが、×だった。
「電車なんて乗るかよ、暑苦しいし」
嗤う彼は、どこまでも強者だった。
勝つ方法は、嘘つきが生き残るだけじゃない。真実を突き詰めた者もまた勝者だ。
私たちの対策は、はなっから嘘つきを生存させるものではなかった。嘘つきを刺し、一人を勝者にすることが目的。そう思わせること自体が、最終ゲームで私たちがつかった最大のブラフだ。
この結託自体を利用した、最大のブラフ。身内の殺しの最低最悪の手。護るのではなく、殺す。
万城目さんは、チェンジング自体に気づいていたし、最後の最後でこのブラフに気づいていた。だから、結託を利用したなんて言葉を残して彼女は去っていったのだ。
そもそも、このゲームに勝つというのは不可能に近いと、私は学食で二人と話していた際に、早々に結論づけていた。この大学の天才たちが挑んでも攻略されないゲーム、そんなのは御免被る。加えて、嫌な予感がするものには最低限の保障は掛けたい。そうやって生まれたのが、打算的なこの結託だ。私にはそういう意味があった。
結託した時に考えたのが、運営側を騙すこと。
それが、どんな結果になるかは予想がつかないが、正攻法で挑むよりもよっぽど勝算が高い気がしたし、むしろ、これが正攻法な気がしたのだ。それは、ゲームをより面白くするという、
「なるほどな」
ゲームマスターの務めでもあったから。
ゲームの参加者である私を裁くのは彼以外ありえなかった。
結局、どこまでいっても勝者は彼なのだ。私たちが必死こいて正攻法で挑んでも、それはそれで彼にとって益があるし、彼を負かせたとしても、そんな事が起きれば、それこそゲームは面白くなり、彼の勝ちになる。
これはどちらを選択するかの選別に過ぎない。漣さんは天秤だった。面白いほうへ傾く天秤だ。なら選ぶ必要はない。彼が満足すればそれで事足りる。
もとから、私にエキシビジョンを受ける資格はなく、この問題に対する解答権はない。それは明らかに、正解を確認せず、ゲームを進行してしまった漣さんのミスだった。
「見事、というしかないな」
漣さんは、周囲を見渡し、マイクを切った。その際に見たのは恐らく、ラフィーさんの方向だ。
「この質問はな、ある人物に頼まれて出題した。お前がエキシビジョンマッチにきたらこの質問をとな。俺はこの質問の意図も意味も知りはしない」
表情は柔らかかった。あそこまで言葉の暴力が出来る人間は、優しさも深く知っているのだろう。
「更に言うと、俺はこの解答も知らなければ、白銀という人物も知らない」
「それは」
「お前が答えそうにない場合は、こう言えと言われただけだ」
彼は困ったように、頭をかく。私に対して感情がなかったのはそのためか。
「お前は強い。こちらの意図を汲み取った。さらには、何を仕掛けられるか分からない上で、ゲーム自体破壊することを防衛策にした。この場合、選択しないということが恐らく正解だ。彼女との因縁、そして彼女と一体どんな関係なのかは知らないが、多分対等に渡り合えるのはお前くらいなものだろう」
漣さんは元のゲームマスターのように顔を固くする。そしてマイクの電源をいれた。
「エキシビジョンマッチ、勝者、32番、33番、34番。これにて、第21回嘘つきゲームを終了する」
瞬間、割れんばかりの歓声が会場を包んだ。
その歓声を尻目に、マイクを切った彼に私は問いかける。
「いいんですかこれ? 思いっきりルール無視ですけど」
「いい。最後のはもはやゲームではなかったからな。彼女の頼みを断りきれなかった俺に非がある。すまなかった。最後のゲームは、明らかに個人を攻撃するためのものと気づいていたにも関わらず。ゲームマスターである俺が、本当に、何たる無様か。ゲームは、楽しく、ふざけ合うためのものにも関わらず」
喉がなる。違う、私が参加していなければ、このゲームは例年通り終わっていた。それか、私が途中で脱落していれば。
「お前に非はない、脱落した時のリスクを考えたのだろう? 警戒して当然だ。むしろ、感謝する、今までにないほど白熱していた。要らないかもしれないが、勝利を持っていってくれ」
ゲームマスターは言う。
「お前を攻撃するために加担した俺だ。こんな俺が言う資格はないかもしれないが」
ただのゲームマスターは、溢れんばかりの笑顔だった。
「今度は普通にお前とゲームがしたいもんだ」
今回の一連の出来事は、私にとって初めてのことばかりで、酷く戸惑うものばかりだった。これだけふざけ合ったのも、人と一緒になって何かを目指すというのも大学に入って初めて。それは全部ゲームという起点から発生したものだ。確かに、結果的に彼は私をはめようとしたが、そこに悪意はない。そのことを認識すると、沸いてきたのは感謝の言葉だった。
「ゲーム、面白かったです。ありがとうございました。ぜひ、また」
漣さんは、不敵にほほ笑み、御剣さんと私のカードを手に取り、自身の手でカードを重ね、部屋を照らす照明へと掲げる。すると、カードが照明によって少し透け、重なり合った二つのカードの模様が見て取れた。その模様は、一部分が重なり合わず、互いのカードに影を作った。
「次はもっと上手くやれ」
漣さんは、言い残し、係員のもとへと歩いていった。