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「答え合わせってなんなの!?」
喚く彼女は、分からない理不尽を嘆く、受験生のようで。しかし、実は答えに辿りつくために深読みをしすぎてしまった、現代文の答案のようだった。
「こういうこと」
堂島さんは、自身が持っていたカードを万城目さんに見せつける。
書かれている表記は、○だった。
「私が電車で来たのも本当だし、移動時間も、移動距離も嘘はついてないわ」
そう、彼女が吐いた嘘はただ一つ。
「誰がこんなむっさい男どもと一緒に電車乗んのよ」
その言葉はちょっとあんまりだと思った。思ったが、口にはしない、私だって命は惜しいのだ。
「そんな! だって君!表情も手つきも!?」
「なんか心を読むのが上手いとか言ってたけどさ」
堂島さんはニヒルに笑う、一番清々しい笑顔だったかもしれない。
「芸能人なめんなよ、餓鬼が」
私たちが対策を練るためにやったことは、状況確認だった。まず、結託がバレている。これは間違いない。私だって、この状況下で連番で並んでいる人たちを運がいい、なんて考えはしない。問題は、誰にカードが行ったか、分かられているかどうかだった。それに対して、私はバレてないと思いますと、二人にカッコよく言ったのだが、二人はバレていると断言し、多数意見が押し通り、バレている前提で対策を練ることにした。対策を練っていくにつれて、どうしても役目として必要になったのが、嘘つきを演じる人だ。しかも、嘘を誤魔化そうとする嘘つきを。
この役目はそもそも、彼女しか出来はしなかった。彼女は私の前だけでも、様々な役者だった。初めて会った時、そして、ファミレスでの一件、加えて言うなら、今日のブースでの出来事もそうなるのかもしれない。
三人で集まった時、彼女には嘘つきを演じてほしいと言っただけ。それは、少し会話しただけでも、全てを見抜くような万城目さんには、私では到底無理だと思ったし、御剣さんは堂島さんを推した。私が演じてなどいたら、大根役者もいいところである。
万城目さんは、未だ信じられないように、堂島さんが掲げたカードを凝視する。
そんな彼女は、言葉を一つ漏らす。
「嘘つきくん、君が考えたの?」
それは、真面目に答えなければいけない質問だと思った。ふざけて返すのは、落ち込む彼女に対して失礼だ。
「私が考えました。はっきり言います、これは貴方が、こちらが出来る全ての対策を読み切ってくれることを信じて作ったフェイクです」
だから私自身、嘘をつかなかった。
初対面で人の心をズバズバ言い当てる彼女と、正面向かって騙し合いなんてしたくなかった。もし、その選択をしたら、私はきっと負けていた。
「なんでそこまで私を?」
「貴方の能力は誰とも結託せず、この場に残り続けていることが証明しています」
これは言うなら、結託ありきのゲームだ。結託しなければ、生存率は格段に下がる。
「結託自体も逆手にとったんだね?」
「凄いですね、そこまで分かりますか」
「君は、酷い嘘つきだね」
「そうかもしれませんね」
「付き合ったこともない癖に」
「それも嘘かもしれませんよ」
「いや、それはねぇ」
横から茶々が入る。御剣さんは嗤っていた。
万城目さんは諦めにも似た気持ちで、深く息を吐く。
「やられちゃった。私の敗けだねー」
気の抜けたように語る彼女は、皮肉なくらい様になっていた。
「まぁ、楽しかったよー。エキシビジョンマッチ、頑張ってねー」
彼女はそう言って、円卓から離れていった。
「次はサシでやろーね、嘘つきくん」
その提案には、私は応えない。サシでやったら、瞬殺されるだろうから。願わくば、あの真っ赤な双眸がこちらに向かないことを祈るばかりだった。
ゲームマスターは、ただ眺めていた。この光景を。ただ、一頻り終わったというところで、こちらを向き話し始める。
「お前が残ったか」
それは、規定路線が終わったことを告げていた。ゲームマスターは、私の目の前までやってきて、マイクを使わず、話した。
「・・・それはどういった意味ですか?」
「意味などない、ただ、ここからはただの漣として、お前を測ろう」
先程までと、雰囲気が違っている。漣さんは、それでも悠然と立ちふさがった。マイクを通し、彼は発声する。
「エキシビジョンマッチは“ウミガメのスープ”だ、分かるか?」
それは、観客に対してではなく、私に対して行われた質問だった。観客の方面を見れば、手元にパンフレットのようなものが配られている。恐らく、そこに概要が書いてあるのだろう。
「一応、知ってます」
ウミガメのスープ。水平思考パズルともいわれる。出題者が突拍子もない質問を出す。その謎を解くために、出題者に対して、はい、もしくは、いいえで答えられる質問をし、出題者がそれに答え、最終的に問題の真相へと迫るものだ。
これに代表されるのが、ウミガメのスープ。
男がレストランで、ウミガメのスープを注文した。一口それを口にした男はウエイターを呼び、「これは確かにウミガメのスープかね」と聞いた。ウエイターは「さようでございます」と答えた。その夜、男は自殺した。なぜか?
といった内容の出題に、参加者が、現実で起こった出来事か、など真相に近づく為に出題者に質問をする。それに対して出題者がはい、もしくは、いいえで回答。その都度、状況把握をしつつ、真相に迫る質問を繰り返していく。最終的に、真相へ至れば参加者の勝ちだ。
「それでは、エキシビジョンマッチ。出題」
それは矢継ぎ早に、マイクを通して宣誓された。観客が一斉にこちらを見据える。彼が吐き出したのは、暴力だった。
「“田舎のとある高校で一人の生徒がいじめにあっていた。いじめ自体は解消されたが、いじめにあっていた生徒は転校せざるをえなかった、何故か?”」
頭を殴られたかのようだった。
それは酷く聞き覚えのある出来事で、私が何度も何度も悔やんで、それでも悔やみきれない出来事で。
私が、敬語しか使えなくなった理由。人と接するのに壁を作り始めた理由。
高校一年最後の出来事だった。