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カードを配布された後、少しの休憩があった。カードは見られないよう、当然持ち歩いている。今までぶっ続けでゲームをやってきたので、この休憩はありがたい。今は、会場の隅で三人で集まっていた。会場は先ほどのゲーム以降、徐々に人が集まり始めている。万城目さん目当ての観客が増えているし、恐らく、観客も分かっているのだ。
実質、次が最後の嘘つきゲームになることを。
なぜなら、このゲームの構図は、私、御剣さん、堂島さん対万城目さんというチームで分かれてしまっている。こちらが万城目さんを落とせば、その時点で勝ちは確定する。ならば、こちらに×のカードがある以上、勝利条件は彼女を誤認させること。彼女は恐らく、こちらが共闘、結託しているのなんて既にお見通しのはずだ。だから、こうして人目を忍ばず三人で集まった。×のカードがこちらにあり、三人が揃っている以上、仕掛けるなら今しかない。嘘つきを生かす。三人が勝つという意味ではこの方法。しかし、嘘つきを生かすということは嘘つきを指摘しないということでもあり、三対一の構図は、勝利が既にこちらに寄っていると考えそうなものだが、実質全くの逆で、○のカードを手にしている万城目さんは、当てずっぽうでもなんでもいいから、1/3を当てれば勝利が確定する。
逆張りで、安全策もある。これは必ず、こちら側の一人が勝者、もしくは二人が勝者になれる方法だ。三人で結託している場合、まず、身内にいる嘘つき一人を残りの二人が指定する。そうなれば、次のゲームは二対一。もし仮にこちら二人が○だった場合、万城目さんを指摘すれば勝ち。逆に×のカードがこちらにあれば、その嘘つき一人を指摘し、万城目さんとこちら側一人の勝利になる。
「で、どうしますか?」
私は小声で、二人に問いかける。恐らく、この二人もその事には気づいているはずだ。結局のところ、結末は一人勝つか、二人勝つかしかないわけだが。
「勝てるかって俺は聞いたぜ」
御剣さんは、嗤う。そういえば、提案の時に刺激を提供するとか言ってしまったことを思い出し、少し悔やむ。
「ここは勝負しかないわ。それに私は勝ち取りたいの」
堂島さんは、嗤う。あぁ、思えばこっちは勝利が条件か、と今更ながらに思い出す。
一方。私は、お米を貰うという提案。しょぼすぎる。なんか釣り合ってないような気がしてきた。
だが、それでも逃げるという選択肢はない。この後のエキスビジョンマッチの為にも、私たちが仕掛けるというのは絶対条件だった。
「分かりました、頑張りましょう」
軽く返した言葉。利害関係で結んだ結託だ。深い思い入れはないはずだし、二人と仲がいいかと問われれば、私はノーと返すだろう。それは二人も同じだ。御剣さんは私を試しているだけだし、堂島さんは私を殺そうとし、それが失敗に終わった今でも、大嫌いと公言して憚らない。
ならどうして、この結託は生まれたのか。それは空教授が言っていた通り、そこに意味があるからだ。それが人と人との関わり合いだ。私にとっての意味は明白だが、二人にとっての意味は分からない。それは二人が勝手に考えていること、推測は出来ない。
それでも手を結んだ。まだ手を離さない共通認識がある限り、突き進むだけだ。
決意を固めた時、会場に大勢の足音が聞こえてきた。見れば、もはや何十人と言うレベルではなく、会場のパイプ椅子どころか、会場全体を埋め尽くさんばかりの人、人、人。何百人という単位の人が押し寄せてきた。
「なにこれ?」
堂島さんは思わずつぶやく。流石に面食らっているようだった。各いう私は、こんな大勢の観客が集まっていることに体が震える。やばい、これは軽くホラーである。
その観客を見ないように見ないようにと念じているものの、人は見てはいけないものを見てしまうようで、私も例外ではなく、集団の先頭にいる人物を見つけてしまう。
「ラフィーさん?」
彼女はまっすぐこちらを見据えていた、私を見据えていた。遠くにいるため、瞳に映る感情が読めない。それでも視線だけははっきりとこちらに向けていた。
目が合って、それほど時間は経ってなかった。彼女は私に声を掛ける訳でもなく、円卓に一番近いパイプ椅子の席を、男性から譲ってもらい、座ったようだった。
「シェルト・・・」
その光景を見ていたのは、私だけではなく、堂島さんも同様だった。そう言えば、知り合いだったか。いや、知り合いかどうかは、私の推測でしかなかったが、どうやらその推測は正しかったらしい。堂島さんは、なんとも言えぬ表情で彼女を見ていた。
「あれが、ラッフィシェルト・ドットハークか」
堂島さんから声が上がったのは、ある程度予想していたのだが、こちらは全くの予想外だった。御剣さんが彼女を見て、そう漏らしたのだ。
「噂には聞いていたが、やべぇなあれは。宗教染みてやがる」
御剣さんがそう漏らしたのも仕方ないと思う。見れば、先程の何百人という人だかりは彼女が連れてきたようだった。ラフィーさんは彼女の席に挨拶に来る、何人もの人に言葉を投げかけていたのだ。
常に人だかりに囲まれている彼女。それは彼女の心を覆い隠しているようで、深淵は見えず。思えば、チケットを渡してきた彼女は、このゲームに参加はしていなかった。それなのに、今頃になって、大勢の人を引き連れ、この会場に入ってくる。
やはり、嫌な予感がする。
その予感は確信めいたもので、けれど実態は掴めず、不確かなものにすり替わる。チケットを渡す意味、彼女が来た意味、大勢を連れてきた意味。駄目だ、全然何も思い浮かばない。
そんな思考に埋没していると、ふと横からそよ風のような声が聞こえた。その声は、本人が意図して、言葉を発しようとして言ったものではないのだろう、心から溢れ出た声に近かった。
「勝ちたい」
決意、なのだろうか。堂島さんが言った言葉は。
彼女にいいところを見せたい、という風には聞こえなかった。見栄とか意地とかではなく、勝たなければダメだという、使命を背負っているようにも見えた。
「私、勝ちたい」
言葉は続かない。続いたのは、意思。
「勝ちましょう」
「当たり前だ」
休憩が終わり、共闘が始まる。