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残り6人。御剣さんも堂島さんも私も何とか今まで生き残った。辛く厳しい戦いだった。
「まぁ、辛かったのはお前だけだけどな」
ええい、そんなことはどうでもいいのだ。もうすぐ、あきたこまち玄米2kgを手に入れるチャンスが巡ってくるのだ。あんな恥ずかしい想いをしたのであれば、なにがなんでも商品は持って帰らなければ。
「それでは、カードを配布する。その間に、現段階で10人を下回った為、追加のルールを再度確認する。追加されるルールは、質問が2つになるという点に加え、○のカードの持ち主は、一度だけ嘘をつけるという点。また観客にも伝わるよう、話題の返答は紙に書くだけではなく、口頭で発声願う」
ゲームマスターの声とともに6人にカードが配られる。私も他人に見られぬようカードを確認する。
カードに書かれていたのは、またしても○。御剣さん、堂島さんからもアクションはなく、二人とも○と推測された。
「話題は“好きな曲名は?”」
ここに来て、もっともべたと言える話題になった。残った6人がそれぞれ解答を始める。
「夢」
そう答えたのは、9番の人物。彼より前の人物たちは既に脱落していた。
「おれは、さくら、かな」
そう答えたのは10番。この二人の解答は、どちらが嘘であっても、正直素晴らしいものだ。J-POPで使われる曲名で多いものが、この二つ。どちらが嘘つきといわれても納得してしまいそうだ。
続いて答えたのは、御剣さん。
「花だな」
この人も恐らく自分の好きな曲を引っ掻けに使うつもりだ。○であるのは間違いないが、ここにきて仕掛けにきた。
なら私は、
「月の光、です」
真っ向勝負で自身から疑いの目を逸らし、嘘吐きを当てる作業に入ることにした。恐らくここまで人数が減ったのであれば、ゲームマスターはゲームをより面白いものにしようとする。目的が人数減らしから、ゲームの面白さへシフトする。端的にいえば、嘘つきに加担する可能性があった。嘘吐きが答えやすい質問をするなどだ。思考が埋没しているその間にも堂島さんが後に続く。
「君に会いたくて、ね」
それは確か、堂島さん自身の曲だと思った。ということは、彼女も真っ向勝負。
私は、集中して残りの一人に視線を向ける。するとそこには、見知った顔がいた。
「rock'n'roll、かなー」
42番の彼女は答え終わると、私の視線に気が付いたらしく、軽く手を振ってきた。
「万城目さん・・・?」
直観的に、このゲームの難易度が跳ね上がった気がした。
「誰、あれ?」
私に手を振ってくる彼女に思い当たる人がいなかったのか、堂島さんは少し不機嫌にこちらへ尋ねてくる。それに対して私は、率直に言った。
「詳しくは私も。少し会話したくらいです」
その後に続く言葉を、私は抑えることが出来なかった。
「ただ、強敵だと思います」
この直観は外れではないことを、私はすぐに思い知る。
ゲームマスターは話題が一通り終わったことを確認し、言葉を発した。
「質問、“バンド? ソロ?”。尚、現時点で10人を下回っているため、追加質問、“カバーはされてる?”」
予想通り不味い質問だった。これでは矛盾を探しにくい。加えて音楽の知識がないと、指摘できない。これは少々手詰まりに近かった。まして、○のカードの持ち主も一回だけ嘘をつける、この追加ルールが足枷になる。嘘の矛盾も見極める対象になるからだ。
質問の答えは9番から始まった。
「ソロだね。カバーもしてた」
続いて10番。
「バンド、結構有名なバンドだし聞いたことはあると思う。カバーも女性、男性問わず、広くカバーされてる。なんなら、合唱コンクールでもこの歌を聞けるはずだ」
続いて32番。御剣さん。
「バンドだ、カバーはされてない」
続いて33番。私だ。
「ピアノの曲なので、ソロと言えばソロになります。カバーは数えきれないほど」
更に続いて、34番。堂島さん。
「バンド、というよりはユニット。カバーはされてない」
ラスト、42番。万城目さん。
「バンドだねー。カバーもされてていい曲なんだよねー」
それで終わりのはずだった。この質問はここまでで終わりのはず。そこから矛盾を探すために頭を捻るはずだった。
少し、弛緩した空気が流れていたと思う。思った以上に長丁場のこのゲームに、客席には、エキスビジョンマッチ目当てと思われる人が、スマートホンを弄っているのも見える。
そんな空気を、万城目さんは柏手一つでぶっ壊した。
甲高い音に、全員の視線が万城目さんへと移された。無理やり移された。彼女は小さく、しかし、全員に聞こえる声で、マイクを通しながら言った。
「ちなみに私、×のカード持ってるんだー」
変化は劇的だった。その言葉を言った瞬間。
9番は思わず、10番を振り向いてしまう。
最大の失態、というよりはむしろ、強制的にさせられた失態。
「はい、嘘つきみーっけ」
その言葉の真意を、その場に参加していた残りの5名は瞬時に悟った。共闘を見破る為のブラフだ。邪道を思いっきりフルスイングでかましてきたのだ、彼女は。
「そもそもちょっと多弁がすぎたねー。誤魔化してるのも、結託してるのもバレバレだよ」
彼女は10番に向けて、そんな言葉を投げかける。そんなにバレバレだっただろうか、彼らが結託していることは。少なくとも、私も、御剣さんも、堂島さんも気づいてはいなかった。
「このゲーム、結託は別に不正でもなんでもないし、少なからずやってる人はいたんだよねー。まぁ、さっきの嘘つきくんの暴走で大分コテンパンにされたみたいだけど」
嘘つきくんとは、恐らく私のことだ。10番のことではない。
認識しながら、私は御剣さんに小声で話しかける。
「御剣さん、あれ不正じゃ? ○のカードの所持者が嘘吐けるのって、質問内容に対してじゃないんですか?」
「いや、そんなことゲームマスターは一回もいってねぇ。そもそも、まだあいつの質問に解答する時間だった、全く無関係な時に発した言葉じゃねぇならお咎めはなしだ。だけどよ、過去にも使った奴はいないと思うぜ。あんな邪道」
少し頭の中で話を整理する。
○のカードを持った彼女は既にこの中で、×を一人だけ勝利へ誘おうと結託している人物がいることを分かっていた。もうこの時点で矛盾を探すことになんて注力してなかったのだろう。結託している人物たちに「×のカードを持っている」と言えば、結託している×を持ってない○のカードの所持者は、反射的に確認してしまうはずだ。自分では確かめようのないことだから、それは仕方ない。確証が欲しい。だが、その行動が返って嘘つきを露見させた。
「なんにしても、決まったな。ぶち壊された」
「そうですね」
「勝てるか?」
「勝ちます」
その後、行われた指摘では、9番、10番は万城目さんを、私、御剣さん、堂島さん、万城目さんは10番を指摘。
「それでは、オープンカード」
結果は既に決まり切っている、答え合わせだった。
「んー、別に9番も10番指摘すればよかったのにねー」
無邪気に笑う彼女は、知ってて言ってる。項垂れた表情で「ごめん」と10番に謝る彼を万城目さんは見ていたはずだった。
大学に入って、初めて私は人に勝ちたいと思った。
「さて、残り4人。終わりは近い」
ゲームマスターは、このゲームが始まって以来、一切動かなかった表情を少しだけ動かした。
「それでは、カードを配布する」
係員が配布したカードを、私は他人に見られないよう、こっそり確認する。
書かれた印は、×だった。
そんな私の姿を、赤い瞳は射貫いていた。