8
「えげつねぇな」
そう漏らしたのは、隣にいる御剣さんだ。少しばかり顔を顰めている。
「逃げ道塞いでたわね」
同調する堂島さん。
今は、一回目の嘘つきゲームが終了したところだ。話題は“今日一番最初に口にした飲み物は?”。
今回嘘つきであった8番と書かれたアクリル板の後ろに座る彼女は、両手を上げて降参の意を示していた。手には×と表記されているカードが握られている。彼女は、口にした飲み物は“水”と表記していた。これは割といい嘘だと私は思う。その後の質問に上手く真実を隠すことが出来る可能性が高いからだ。どこでも手に入るし、朝一番に口にしていても違和感がないし、なんならコンビニで売ってもいる。例えば、“何円で買った?”とか“どこで手に入れた?”とか“いつも飲んでる?”など質問で聞かれても対処できる。仮にオレンジジュースを飲んでいたとしても、この質問に嘘を吐くことなく、対処できるからだ。
しかし、ゲームマスターは次のように質問した。
“何色?”
私は無色透明な飲み物は水と、他にサイダーくらいしか思いつかない。正しくお手上げだ。嘘つきを除く57名中53名が彼女を指摘した。もちろん、私も堂島さんも御剣さんも彼女を指摘している。事実、彼女が水と記載していた紙の裏面には、“珈琲”の二文字。
それだけ、この質問は強烈で、そして違和感があった。
「何だかこれ、狙い撃ちに近いですね」
嘘吐きだけを特定するような質問。感じたのはそのことだった。
「あぁ、恐らくゲームマスターは分かってる、誰が×のカードを持っているか。配布の段階で仕込んでんだろ」
「しかも、今の内容聞く限り、嘘つきは簡単じゃないわね。一人で勝てる可能性がある分、ずっとずっと厳しい」
その言葉は間違いない。だが、それは恐らく人数が多い時に限った話だ。
「つーか、指摘外した4名の方が可哀想っちゃ、可哀想だがな」
そう言って、御剣さんは私の方を見る。
指摘を外した4名は、全員、私を嘘つきと指摘していた。
「仕掛けやがったな」
「えぇ、矛盾したように見せかけたんですが、すみません。4人しか釣れませんでした」
この質問、10人を下回るまでは、○のカードの所持者は真実を語り、嘘つきを見つけることしか出来ない、というわけじゃない。矛盾したように見せかけて、自分を誤って指摘させ、人数を減らすことは確実に出来る。
結構な大勝負に出たのだが、それでも釣れたのはわずか4人。鷹閃大学は伊達ではなかった。しかも、この4人、純粋に引っ掛かった訳ではなく、大穴狙いの特攻のように見えた。
それを考えに踏まえると、この手法、意外と使えない。周りに敵を作るだけだし、×のカードを手にしてから苦しむことになるからだ。疑いの目が避けられない。ならば、素直に真実を言っていた方が、いざ×のカードを手にした時、相手を騙しやすくなる。
「アンタ、やっぱりやる事えぐいわ」
堂島さんは少し、というより、かなり私の事を嫌いになったようだった。元から嫌われているので問題はない。強がりではない。
「それがこのゲームの趣旨だと思ったので」
私が何となく、生返事を返すと二人はこちらを凝視する。
「やっぱりお前は・・・」
そう小さく呟いたのは、御剣さんだ。しかし、その呟きもすぐにかき消される。ゲームマスターが再度、ゲームの進行を進めたためだ。
「それでは、再度、カードを配布する」
皮切りに、係員がカードを配布した。
◇
次の嘘つきゲームも一回目と同様、狙い撃ちされたかのようにされた話題と質問に、嘘つきだけが脱落していく。これで残りは52名。
「消化試合ね」
「観客が多いからな。観客にルールを把握させるためのもんだろ」
私の両隣は、そういって涼しい顔を崩さない。赴きがガラッと変わったのは、3回目の嘘つきゲームからだ。
話題はなんということのない、“歴史上で好きな人物は?”というものだった。ただ、質問がこれまでと異色。
「質問、“その人物の生没年は?”」
この意図が指し示すのは、知識。歴史上での人物の生没年を全て把握している人は一体どれだけいるのか。ゲームのルール、10人を下回っていない今の状況であれば、○は嘘を吐くことは出来ない。そもそも、自分の好きな歴史上の人物の生没年が分からないなら、この円卓からさっさと降りろと、存外に言っているようなものだ。
また、嘘の指摘にも知識が必要になる。例え、嘘つきが生没年で矛盾を見せたとしても、それが理解できないなら話にならない。
私は、何とか自分の歴史上の人物の生没年は答えたが、正直そこまで。アクリル板の前に置かれた紙に書かれる人物名の大半は、聞いたことはあるが生没年を知らない人物ばかり。そんな私を助けてくれたのは、御剣さんだった。
「17番指摘しとけ。この質問、明らかに人数を減らしに来てる」
「御剣さん、分かるんですか?」
「あぁ。17番が話題に挙げた人物は、近年文献が見つかって生没年が修正された奴だ。17番、修正される前の生没年を言ってやがる。矛盾がないように見せかけてるが、他に好きな歴史上の人物が居るのは間違いねぇ、それに修正される前の生没年には心当たりが一人いる」
「いや、それ単に間違いじゃ?」
「ゲームマスターが何も言ってねぇんだよ、その事に関して。恐らく何人も引っ掛かると予想してな。それでも信じられねぇならいってやろうか?」
「何か確証が?」
「話題に上がった奴の生没年くらい、俺は全部把握してんだよ」
ぐうの音も出なかった。この人物、ロリコンなだけでなく、知識量が半端ではない。
3回目のゲーム。嘘つきであった17番を指摘できたのは、私たちを含めて21人。それを見て、ゲームマスターは軽く嗤い、マイクを通して語り掛ける。
「存外、残ったものだな。流石は鷹と称される鷹閃大学の生徒であり、またゲームに招かれたものたちだ」
その言葉を聞いて、思わず身構える。
「次のゲームも恐らく、人数を減らしにくるわね」
堂島さんが言ったとおり、ゲームマスターはまだ人数が多いと考えている。とすれば、必然的に次のゲームの難易度は高くなる。
さっきのゲームではおんぶにだっこであった私は、なんとかこの二人に貢献できるよう、耳を澄ませた。
来るなら来い。
「それでは、次の話題。“今まで異性から何回告白された?”」
ちょっと待って欲しい。この話題はちょっと待って欲しい。お願いします、ちょっと待って下さい。
そんな事をこんな大勢の前で記載しなきゃダメなのか。それはあまりにも絶望具合が振り切れてないか。
そもそも、なんだこの話題は。何で異性から告白された事があるのが前提なんだ。そんなウルトラハッピーなイベント、私は人生で一回も経験した事はない。
私が慌てふためいていると、横から声を掛けられる。堂島さんだ。
「これね。一応学祭だから、恋愛がらみのことも入れてくるの。盛り上がるかららしいけど、そんな慌てふためく事じゃない」
「ただ、こういう場合、多くは定石から外れる。いままでの推測も当てになんねぇ」
「しょうがないわ。学祭なんて、どこまで言っても催しものだし。突拍子のない質問だって来るわ。ただ恋の話だし、難しいわね。答えるのも恥ずかしいけど」
別にいいじゃない、そんな回数が人間に影響するとも思えないわ。
そう続ける堂島さんは、普段と打って変わってお姉さんのようだった。聖母マリアにも似た慈悲深い微笑みだった。
そうだ、何を恥じることがあったのだろうか。それに告白された事がない人なんて一杯いるに違いない。そう思って、次々とアクリル板の前に置いて行かれる紙に視線をやると、どうした事か、0という数字が一向に見えてこない。係員が間違って○と×のカードを配った可能性が、私の頭の中だけで浮上した。
「あの11番怪しいな」
「えぇ、告白された回数が3回って。この大学に居る時点でそれは怪しいわ」
可笑しい。貴方たちの会話は可笑しい。この大学、告白された回数も審査基準なのか。この大学にいる平凡ではない彼らは、一体何人の人を魅了してきたのだろうか。震える私は、小さな声で二人に伝える。
「あの」
「んだよ」
「なによ」
「私、告白された事ないんですけど・・・」
「おい、何味方まで騙そうとしてんだよ」
「そうよ、気が散る」
「その、嘘じゃ、ないんです」
「「は?」」
「嘘なんかじゃ、ないんです」
時が止まった。
二人揃って、「うわっ・・・貴方の回数、やばすぎ・・?」という顔を向けてくる。もはや、涙が出そうだった。
そうこうしている間に、返答終了の時間は迫っており、御剣さんは、
“3桁近い”
と、全世界の男性に喧嘩を売るようなことを宣い、堂島さんは堂島さんで、
「ファンレターを含めたほうがいい?」
とゲームマスターに確認する始末だった。
私のことは聞かないで貰えると助かる。
全員が答え終わると、ゲームマスターは続けて質問内容を口にした。
「“何人に告白された?”」
いっそ殺してほしい。せめて塵も残らないほど、滅却して欲しい。このゲームマスターが投げかける質問は、私にとってはただの暴力だった。
ポン、と軽く肩を叩かれる。しかも、両肩だ。見れば、御剣さんと堂島さんが今までに見たことのないような笑顔を浮かべていた。その笑顔には優しさしかなく、私の惨め具合が加速する。
その時、円卓から耳障りな声が聞こえてきた。
「えー、ゆりぃ、結構軽っぽいって誤解されるみたいでぇ、告白して来たのも12人なのぉ」
アクリル板には38番と書かれているその女性は、返答で12回と答えた人だった。そうか、貴方はそれだけの人の想いを受け取って、それだけの人を誤解させて来たのか。
「ただぁ、ずっと付き合ってるのも一人でぇ、ゆりぃ、純情ちゃんなのぉ」
その言葉を聞いた瞬間、私の中で切れてはいけない何かが切れた音がした。
「・・・ぶっころ」
私が漏らした独り言を聞き取ったのか、二人はこちらをドン引きした視線を寄越す。引かないでくださいよ、仲間じゃないですか、寄ってください。
「二人とも38番で行きましょう」
「おい、何勝手に」
「これ、ゲームマスターの仕込みです」
その言葉は、どうやら二人にとっては予想外のものだったらしく、こちらを見る二人の目は続きを促していた。
「前のゲームは知識を問うもの。頭を捻らないと嘘を指摘出来ないものでした。ただ、今回は、口でどのように宣おうが矛盾は発生しないんです。いくら内容を反芻しても無駄です。これは、天才たちを叩き落とす話題と質問です」
思考に埋没させるための罠だ。口頭の内容のみで考えようとすると、矛盾を発見することは出来ない。ゲームを滞りなく進行させるために入れられた伏兵だ。
「回数と人数の引っ掛けなんですよ。1人が3回告白してれば、さっきの話題は3、質問の答えは1になります。矛盾なんて生まれません」
「なら、今回は完璧に運任せってこと?」
「いいえ、私が嘘を吐くなら、意図的に話題と質問の数字が同数になるよう嘘を吐きます。数を減らそうとしていているなら、最低限、嘘には見えないよう工夫します」
「そうかもしんねぇが、人数と回数が一致するのは珍しくないだろ?」
「彼女の言動と、彼女が身につけてるものが矛盾を示してます。いくら人数減らしの為だとはいえ、納得できる矛盾がなければ、参加者も観客も黙ってません。だから、外側の矛盾を残しておいたんですよ」
「そっか、わかった。アンタ目敏いね」
堂島さんは気づいたようだった。女性ともなれば、ヒントで答えに行き着くのは容易いのだろう。
「んだよ、話が見えねぇな」
「彼女の右手の薬指と、左手の薬指みて下さい」
「あん?」
そして、御剣さんは、確認した後小さく呟く。
「なるほどな」
しばらくして、全員の提示が終了し、ゲームマスターは口を開く。
「それでは、オープンカード」
参加者が一斉にカードを掲げる。×のカードの所持者は、38番だった。回数は13回。
だが、私にとっては、そんなのぶっちゃけどうでもよかった。
「ア、アンタさ」
堂島さんが震える声で、私に声を掛ける。
「その、良かったじゃない? いっぱい引っかかったわよ?」
周りを見れば、多くの人物が私を嘘つきと指摘していた。ちなみに私は今回、引っ掻ける意図も、嘘も何一つ吐いてはいなかった。
参加者は残り、6名まで減っていた。
そこまで信じられなかったのか、そこまで告白されていない人物は珍しいか。奇異の視線を向ける参加者に対し、私は視線で投げかけた。
「よく、頑張ったな」
見れば、御剣さんが私に対して、父親のように言葉を掛ける。
私は、さめざめと泣いた。
「あぁもう、泣かないでよぉ」
堂島さんも何故か釣られて泣きそうになっていた。