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それでも平凡は天才を愛せるか?  作者: 由比ヶ浜 在人
四章 裁かれ、嘘は砂に、優しさは霧に
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 学祭当日。


 大学の正門に居た私は、既に家に帰ろうか思案していた。というのも。



「人が多すぎます・・・」


 見渡すばかりの人。人。人。そういえば、高校時代の担任に人と言う漢字は、支え合って出来ているというご高説を頂いたことがあったが、この光景はむしろ人が人を押し合っているようにしか思えない。他人を蹴落として前に進む、資本主義社会が極まっている。



 あちらこちらで、人を呼ぶ人。


 その人について行く人。


 屋台に並ぶ人。


 人が人。人は人。人人人人人。ゲシュタルトが崩壊する。



「喫茶店やってます! 寄って行ってください!」


 正門で突っ立ていた私は、いい鴨に見られたのだろうか。プラカードを掲げた女性が、私に声を掛けてくる。手にはチラシがあり、それをこちらに差し出しているところだった。背が高く、スタイルが整っている女性は、傍からみればレースクイーンにも見えた。



「はぁ、どうも。考えておきます」


 無難な対応をして、そこで私は思った。これがコミュニケーション能力がない所以だと。仏頂面でこのような対応をすれば、この先の会話はない。会話を弾ませる人であれば、様々な反応を返し、彼女に喫茶店まで連れていってもらうようなこともするのではないだろうか。



 陰鬱な考えとともに、手渡されたチラシを見る。それは一介の学生が作ったとは思えないほど、しっかりとした作りになっていて、日本語以外の言語の表記もされていた。クオリティが高すぎる。これが鷹閃大学のクオリティで、あるべき姿なのだろう。


 一通りチラシを拝見した私は、再び顔を上げる。



 すると、そこにはまだ、プラカードを持った女性が私を見つめていた。目が合った瞬間、彼女はスルりと話しだす。



「それは行きませんっていう言葉と一緒だよ。相手に興味がないってバレバレ」


 微笑むような笑顔で言う彼女は、そう言うと私の手元からチラシを奪い取る。



「いらないなら、そう言ってくれればいいのに」

「あ、その、すみません」


 奇妙な人だった。恐らく、日本人なら分かってても口にしないような事を無邪気にズバズバ言う彼女は、真っ赤な瞳を私に向け、あけすけなく言った。



「・・・ふーん、怒らないんだ」

「え?」

「んー、私こんな感じで喫茶店の接客やってたら、追い出されちゃって。こんなことされたら、少なからず、別にそんなことどうでもいいだろ、って思うのが普通の人なんだけどなー」


 それを口にする彼女は、思ったような反応が得られず、少し拗ねた小学生のようだった。



「なんかすみません」


 なんとなく謝罪をすべきだと思った私は、素直に謝辞を述べた。それは彼女にとって予想外の出来事だったらしく、口を押えると静かに笑う。



「君は面白いね、どこの大学の人? もしかして高校生とか?」

「その、ここの大学です」

「嘘! 全然そう見えない!」


 終いには、彼女は腹を抱えて笑いだした。なんだろうか、この状況。何故、この大学に来てからこんなことばっかりなのだろうか。



 笑い終わった彼女は、涙目になったその目じりを軽く一指し指で拭い、楽しそうに話す。



「ゴメンゴメン、その、この大学にいる人って打算的な人多いからさ。心隠すの上手かったりするの。君は下手っぴだね。ポーカーとか生涯やっちゃダメだよ」

「この大学の人と比べられても困りますよ。私は平々凡々なんです」

「なにそれ!」


 また笑いだしてしまった。ひょっとして私には、隠されたコミュニケーション能力があったのだろうか。こんなにも人を笑顔に出来る私は、もしかしたらエンターテイナーなのかも知れない。人前で笑いを取る私を想像してみるが、どっからどうみても滑稽な人物でしかなかった。



「あー笑った笑った。これでもうちょっと頑張れそうな気がする」

「それはよかったです」

「暇だったら来なよ、喫茶店。接客してあげるから」

「はい、ぜひそうさせてもらいます」


 彼女はそう言って、くるりとターンをして、私に別れを告げる。



「私の名前は万城目(まんじょうめ) (こころ)。またね、嘘つきくん」


 そんな台詞とともに彼女は人の波に飲まれて消えた。


 嘘つきと呼ばれた私は、不思議と苛立ちは覚えず、彼女に翻弄されるがままだった。



 瞬間、ピシッと頭に鋭く、鈍い痛みが走った。最近、変な頭痛がする。それは何か重要なことを見逃しているような、見つけてはいけないような感覚。10秒も続かない変な頭痛だ。軽く頭を振って痛みを払う。頭痛はすぐ収まった。



「んだよ、ナンパ失敗か?」


 直ぐ近くから、聞き覚えのある声が。川のせせらぎのように澄み切った声で、濁流のような言葉を吐き出す人物は、私を正門で待つよう指示した人物だ。



「御剣さん、別にナンパなんてしていません」

「そうかい、そうかい」

「大体、貴方が時間通り来ていれば、声をかけられることはなかったんです」

「ほう、俺が悪いと?」

「ええ、私はそう思います」

「へぇ、んじゃあ、さっきのこと凛に報告するか」

「御剣さん、綺麗な靴が汚れています。私に拭かせてください」


 舐めることも辞さない所存だった。それだけは命を賭けて阻止すべきだと本能が訴えかけてくる。



「やめろ、俺は少女以外に触られたくない」


 彼はロリコンだった。少し鳥肌がたった。



「さっきも色んな連中に絡まれてうんざりしてんだ。あんま騒ぐなよ、言わねぇから」

「絡まれてたっていうのは、遅れた原因か何かで?」

「まぁな。ここの大学の准教授どもに散々付き纏われたんだよ。加えて、どっから来たかも分かんねぇ奴にも媚売られるしよ。魂胆見え見えで反吐が出る。外部委員会は俺じゃなくて、親父が仕切ってるっていっても引きゃしねぇ」


 御剣さんは、その綺麗な顔を少し歪め、愚痴を吐く。この人にもこの人なりの苦労があるんだなと、少し親近感がわいた。



「最悪なことに、少女でもねぇ頭悪そうな女が何人も寄ってくるしよ」


 殺意もわいた。



 神様は可笑しい。なぜ、こんなにもモテたいと切望する私の顔は、彼みたいに整っておらず、ロリコンという特殊な性癖を持つ彼には、無用な長物を差し上げる。



 握った拳は、振り下ろす先を知らず、ただただ虚しいだけだった。



「まぁいい、さっさと堂島を回収して会場行くぞ」

「そうですね、もうすぐ始まりますし」

「あいつはどこいんだ?」

「たしか、中央に設置されてるイベント会場だったと思います」



 そんな会話をしながら、私たちは移動して、堂島さんを探しに行った。



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