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「ふむ、やはり興味深い」
翌日、やっぱりというかなんというか、私はこの教授の案内をしていた。
今は、お昼に差し掛かり、日光がきつくなってきたところだった。そんな中、どこかお昼を食べる場所はないかと聞かれ、私は商店街の端っこにある定食屋に教授を連れてきた。
私のテーブルの前にはいつもと変わらずチキンカツ定食。とんかつではない、チキンカツ定食だ。リーズナブルでおいしく、脂身が少ないこの定食を私は好む。一方教授は、塩サバ定食を、綺麗な箸使いで食べていた。サバの身に箸を入れると、どういう原理か知らないが、サバと骨が分離している。教授って凄い。
「この土地に根付いた文化、人の街並み。それがここまで建築物や、モニュメントとして存在する地域も中々ない。面白い町だ」
「ただの田舎ですよ。モニュメントにしても、だいぶ昔にここら一帯が不作になった時に、町長が行った働き口を作るための公共事業だったということらしいです」
「まるでピラミッドの建設と一緒じゃないか、そんな建造物があることを誇りに思いたまえ」
本日、私が案内してまわったところは、神社や、お寺、近代モニュメントなど多岐に渡る。そのことを思い返しながら、私は教授に質問する。
「教授は民俗学を専攻されてるのですか?」
「ふむ、その質問にはどのように答えればよいか。広義に渡っては含まれると言えなくもない。社会学を研究しているのだよ私は。つまり、人と人との関わり合いだ」
「そうなんですか、それは凄いですね」
そのよく分からない分野に、私はすぐに世辞を吐く。どうしても抜けきらない悪癖に辟易した。
「青年はどう思う?」
「どう、とはこの町がですか?」
「いや、人と人の関わり合いについてだ」
それは、私がもっとも苦手としている分野だと思う。コミュニケーション能力が高い人物ならば自分なりの解答を持ち合わせているのかもしれないが、私はその答えを持ち合わせてはいなかった。
「人とはな、どこまでいっても人でしかない。人は一人では生きていけないからだ。使い古された言葉に感じるかもしれないが、これには別の意味も含まれている」
「別の意味?」
「人はな、集団を外れた人を人とは認めない。人が無人島で一人で生きていたとしたら、それはもはや、人とは呼ばないのだよ、私たちは。勿論、仕方なく、そういう状況に置かれる人も少なくはないが、結局は人として集団に戻る」
それは納得できる言葉だった。私も集団の中で一人で生きていくことは出来ないと諦めたからこそ、敬語を使うし、世辞を多用する。
「だからこそ、人と人との関わり合いは、時に苛烈で、時に優劣で、時に下劣で、時に助けで、時に武器だ。これを明確に理解し、行動している人物は少ないが、それでも意識の底の本能や経験がこれを肯定している。コミュニケーション、という言葉が何故、人に蔓延し、人の優劣を語る上でのファクター足りえるか、というのがここに帰結する」
教授は、サバの身を一つかみすると、口に放り込む。音も立てずに食べるその姿は、傍目からでもかっこいい。
「青年は、自分でコミュニケーション能力がある方だと思うか?」
「間違いなくないと断言出来ます」
「ならどうして、私と会話することが出来ている?」
「それは・・・案内という名目があるからでしょうか。私は、何の関係もない人間と、話題をどうにか見つけ出して、話し合うというのは苦手です」
「何の関係もないということは絶対にない。なぜなら、人は地球に住んでおり、その上で生活する同じ種族だ」
「詭弁です」
「詭弁だが暴論ではない。君が私と会話を重ねるのは、何か意味があると本能や経験で理解しているからだ。それを自覚することが、人と人との関わりをより深める」
訝しみながら、教授を見ると、定食をほぼ食べ終えていた。私もそれに追いつこうと、あまり大きくはない口を目一杯にあけて、チキンカツを放り込む。
「納得出来ないか。ふむ、そうだな。青年は、教授になる為には、どうしたらいいか知っているか?」
「いえ、詳しくは。ただ、大学を卒業して、更に大学院へいき、博士号を取得する必要があるというのは聞いたことがあります」
「それは、方法の一つだ。日本には大学設置基準というものがあり、その中には大学教授の資格についての規定が存在する。一つ、博士の学位があること。二つ、研究上の業績が博士号の者に準ずると認められる者。三つ、専攻分野に関する実務上の業績を有する者。四つ、大学において教授等の経歴のある者。五つ、芸術、体育においては、特殊な技能に秀でてると認められる者。六つ、専攻分野について、特に優れた知識及び経験を有すると認められる者。この六つだ。この六つのうち、どれかに該当すれば教授の資格はある。だから、大学を卒業する、それは必須ではない。法的要件でもない。だが、それでは資格止まりだ」
「どういうことですか?」
「コミュニケーション能力だ。結局は」
一つ、話を区切ると、教授は静かにお茶を飲んだ。外があれだけ暑いにも関わらず、あったかいお茶を飲んでいる。
「教授になるには、大学側にどれだけ教授のポストがあるか、それが関わってくる。鷹閃大学は名門だ。公募という形にすれば夥しい数の願書が届いてしまう。そこで、大学の規則にはこうある、教授になるには教授からの推薦が必要だと」
「それが、つまりはコミュニケーション能力ということですか」
「そうだ。資格があっても、教授に気に入られてなければ、その道は通れない。かつ、面接も必要だ。これは、教授同士の癒着を防ぐため、外部委員会に委ねられる。だから、その外部委員会と仲良くなろうと、鷹閃大学の教授になろうとする者は必死だ。もちろん、大半は上手くいかない。その委員会が御剣財閥ともなればな」
そこで私は、はて、と頭を捻る。しかし、特段気にすることでもないだろう。恐らく御剣違いである。あのロリコンが、そんな凄い人物なわけがない。
教授は一つ嘆息すると、また話し出す。
「結局は、そのような仕組みになっている。社会というのは。だからこそ、本能でなくとも経験が理解する。私はそんな人と人との関わり合いを愛してやまない。人が人と関わって愛を築いていくのと同様に、陶酔してるのだ。私の人生を捧げるくらいには」
また、人生か。その単語を最近は良く聞く。それは私には酷く重い単語で、背負いきれるものでは無いように感じる。
「教授は、人生のうち、大学に通うことに意味があると思いますか?」
気づけば、私はそのような質問を口にしていた。それは驚くほど滑らかに、口から零れ落ちた。
「ふむ、随分奇怪な質問をするな。いや、私が大学の教授であればこそ聞くことか」
そこまで言って、教授は目の前のお茶を一気に飲み干す。熱いお茶を一気に飲み込んだにも関わらず、教授はなお、涼し気に述べた。
「何を求め、何を欲し、何を得たいのか。それは人それぞれ、ここで私が一つの解答を述べるは容易い。だが、それはきっと、青年の求めるものではない」
教授は、壮年の顔を悪役のように歪ませ、言った。
「悩め、青年。悩むという行為が、いずれ答えに辿り着く唯一の方法だ。意味も、意義も、果ては意思も青年が行きついた解答にしか宿らないものだからな」