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それでも平凡は天才を愛せるか?  作者: 由比ヶ浜 在人
三章 カーストに敬意と弾丸を
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 結局、断れなかった。



 てくてくと夜道を歩く中、私の頭の中はそのことに支配されていた。歩いている場所は世辞が癖になっている私でも、明るいということは出来ないほど薄暗い。住宅街ではなく、駅からほど近い商店街なのだが、すっかり人はいない。加えて、明らかに潰れたように見えるお店がシャッターを深く深く閉ざし、立ち入るものを拒んでいるかのようだった。



 生徒会長に合コンという言葉を告げられた私は、最初は、合同コンテスト歌唱大会のことかとさえ疑った。ちなみに合同コンテスト歌唱大会とは、この田舎限定の小さなお祭りである。若い年代と、年配の方々が合同になり、歌を競って優勝を目指すというものである。多分、週刊漫画雑誌に載っていれば、打ち切り必須なイベントだ。友情・努力・勝利よりもまず先に、年配に対する敬意・心配・思いやりが問われそうだ。誰得なのだろう。



 勿論、そんな意味は一切なく、生徒会長の言った言葉は、合同コンパだった。だが、他の略称として受けてしまうのは仕方のないことだろう。なぜなら、私はあまり人との会話が得意ではない。それは生徒会長だって分かっているはずだ。加えて、女性と話すという行為は私にとって筆舌し難いものがある。それでも彼は誘ってきた。



 そもそも、元々行われる予定だった合コンなのだが、男性側が一人足りなくなったらしい。あちら側、つまりは、女性側が一人、飛び入りで参戦したらしく、必然的に人数が足りなくなったとのこと。そして、この合コン、男性メンバー全員が、3年の時のクラスメートらしいのだ。つまり、徒党を組んで、狩りを決行しようとしていたらしい。この世は常に弱肉強食である。そんな一狩り行こうぜ、というメンバーの調達を、あの体のいい同級会で行っていたわけである。



 そんな時に白羽の矢がたったのが私だ。生徒会長曰く、君しかいないということで。なんでも、合コンのメンバーの一人が、合コンに気合を入れすぎて、話を盛ってしまったらしい、鷹閃大学に通っているメンバーも来ると。完全な自業自得である。その合コンに参加するだけでいいからと、生徒会長も頭が痛そうに頼み込んできた。



 実際、この田舎で鷹閃大学に通っているのは、私しかいない。しかも、男性で、同級生ともなれば、条件は完璧だった。だから、思い切って誘ったと。



 勿論、最初は断った。先ほど述べたように、どう考えても、私は合コンに向いているようなキャラではないのだ。とてもじゃないが、うぇーーーいっていうことを出来るとは思えない。それでも生徒会長は力強く、演説のように誘ってきた。それに対し、どうせ嘘はいつかはばれるものなので、いっそのこと洗いざらい話してしまったほうがいいのでは、とも進言したのだが、穏便にことを済ませたいらしく、それだけはと懇願された。


 そして、最終的にはお金も全額持つし、最悪、女の子と一切話さなくていいというところまで持っていかれ、なくなく了承した。



 了承した後に、結局断りきれなかったという気持ちだけが今の私にのしかかる。暗い夜道を一人で歩いていればそれはなお顕著だ。


 加えて、話を聞いて私は思った。それほどの価値があるのだろうか、この大学名には。嘘をついてまで、虚勢を張るに足る価値があるのだろうかと。実際、私はこの大学に入ったからと言ってモテた試しは一度もない。私だって男なので、モテるものならモテてみたい。出来れば、凄い明るいグループの後ろにいる、それほど前に出てはこない、静かに本を読む女性にモテたい。そのヴィジョンを考えようとするが、どうもイメージが沸かない。沸いてくるのは何故か、瞳に光がともっていない御剣さんだけだった。解せぬ。だが、それもよく考えれば、同じ大学の人だけに交流がとどまっているからであり。



 むしろ、それほどモテるのであれば、少し救いはあるかもしれない。私が大学にしがみ付く理由としてはいいのかもしれない。こんな不出来な私には、それくらい不純な動機の方がよっぽど似合っているように思えた。それを解答としてもいいとも思った。



『入りたかった、入れば人生で勝てるから』


 なのに、堂島さんの理由がひたすらにそれを押しとどめる。鉄扉のように堰き止めて、一切入り込む余地がなかった。これを解答にするのは、どうにも、無理そうだった。



「よろしいか、そこいく青年」


 思考に埋没していた私を突如として掬いあげる声。気づけば、目の前には、やたら着たてのいいスーツをぴっしりと身に着けた壮年の男性が立っていた。人通りの少ない商店街では、それも一種のホラーにも思えるが、その人の毅然とした態度がそれを否定した。どうやら、私にようがあるらしく、その瞳は私をとらえて離さない。



「なんでしょうか?」

「道を尋ねたいのだ。酷く入り組んでいる場所にあるようで、少し困っていた」


 こんな夜更けに、とも思わずにはいられないが、どうも本当に困っているらしい。その手にはスマホが持たれており、それが薄く光りを放っていたので、おそらく地図のアプリを見ていたと考えられた。



弓弦(ゆいづる)神社という場所なんだが、分かるか?」

「あぁ、あの神社ですか」


 それを聞いて、一瞬、昔の思い出が蘇る。苦くて、どうしようもない思い出が。そういう思い出ほど、やっかいな程染みついているものらしく、ここからのルートもすぐに頭に浮かんだ。思い浮かんだのだが。



「知っているか、どう行けばよいか?」

「その、なんと言うか、口では説明しにくいですね」


 そうなのだ、この男性が言った通り、入り組んでいる場所という表現は間違いない。商店街のすきまとすきまに佇む、それほど広くない神社だ。地元の人でも、行こうと思ってたどり着くのは難しい。それよりも、買い物してた途中で、たまたま見かけるという認識のほうが正しかった。



「ふむ、そうか。なら案内を頼む」

「え、いや」

「親切な青年に会えてよかった」


 どうやら、この人の中では、既に話がついているらしい。えらく強引な人だと思いつつも、ここでこの男性を放っておけるほどの非情さもない私は、「こっちです」と言いながら、先導する。



「ありがとう青年。私の名前は(そら) 時昭(ときあきら)。大学で教授をやっている。聞いたことはあるか? 鷹閃大学という大学だ」


 その言葉に、思わず、喉が鳴った。大学教授、しかも、鷹閃大学の。



「聞いた、ことはあります。名門ですから」

「そうか、青年は物知りだな。いいことだ」


 何故、そのように返したかは分からない。ただ、自分がそこの大学に通っていますと、私の口からは出てこなかった。その大学の学生だと胸を張れないからか、この教授を知っていなかったことが失礼にあたるからと考えたか、あるいはその両方だったからかよく分からない。


 角を二回曲り、さらに、横道に入り、今度は直進、また曲がる。そんなことを短い距離で重ねた私たちは、目的地にたどり着く。



 狭い土地に無理やり作ったかのようで、逆にその狭い神社の周りを商店街が囲ってしまったとも思える神社だった。私の背丈ほどしかない小さな建物と、両手で抱えられそうな賽銭箱、掲示板のような絵馬を飾る場所。それがこの弓弦神社だった。



「ここです」

「すまない、助かった」


 男性は深く頭を下げた。そして、私に対して問い尋ねる。



「青年はここの出身か?」


 その質問に何の意味があるかはわからなかった。それでも、答えて困るようなものでもなく、するりと私の口からは解答が出る。



「はい、なのでこの場所も」

「ふむ、そうか。それはいいことだ」

「では、これで」

「待って欲しい」


 正直、嫌な予感がした。この地元に帰ってから2回目の嫌な予感は、純粋に何かに巻き込まれそうだと告げていた。



「ガイドを探していてな。本来であれば、専門に頼むのだが、この町にはそういった専門はいないらしい。明日、この町を案内してくれないか? もちろん、ガイド料は払おう」

「すみません、お受けしたいのですが、何分忙しく」


 それに対して食い気味に私は答えた。この男性は、それでも効かなかった。



「ふむ、親切な青年だな。明日の十時にまたここで」

「いえ、引き受けては」

「それでは、この裏の家に私は用事があるので失礼する」


 聞く耳を持ってくれなかった。男性は言いたい事だけ言うと、さっさと行ってしまう。



 何故、こうも地元に帰ってから面倒事ばかりなのか。


 やる瀬なくなった私は、一刻でも早くお風呂に入ろうと、帰路を急いだ。



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