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それでも平凡は天才を愛せるか?  作者: 由比ヶ浜 在人
三章 カーストに敬意と弾丸を
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「スクールカーストって言葉がある」


 あの日は確か、冬に入り始めるかどうかといった時期だったと思う。2年生のそんな時期だった。正確な日付は詳しくは思い出せないが、寒くなってから大分たっていて、雪は降っていなかったから、間違いなく完全に真冬というわけではなかったはずだ。



 いつものように帰ろうとするところを、先生は荷物運びを手伝えと言い、しぶしぶ付き合った結果、貰えたのは、一杯のお茶と、そんな言葉だった。



「いや、そんな新しい理論のように言われても困ります、私でも知ってはいますよ」

「そうか、オジサンは最近知った」


 教師でありながら、それは些かどうであろうかと思った。僅かに湯気を立てるお茶が、ちょっと冷めるのを感じ、その温もりが逃げぬよう両手でコップを包み込んだ。



「こんな悲しい言葉があることを知らなかった」


 いつも奔放な担任からは、考えられない声だった。それは信じたものに裏切られたかのようで、また、実際に自分自身が何か過ちを犯してしまったかのような声だった。



 私はそれに対してえらく疑問に思った。スクールカーストと聞いても、ああ、そんな言葉もありますね、と受け入れている自分もいて、実際は比喩表現であるし、そこに誰かを陥れる思考はないことも知っていた。特定の誰かを、最下層と言えば、それは悪口にはなるだろうが、それでも所詮は比喩であり、悲しい言葉ではないと思ったからだ。



「先生、スクールカーストっていう言葉は悲しい意味は含んでないかと」

「いや、今ので確信した。学生であるお前がその言葉を受け入れてる時点で、これは悲しい言葉だ」

「はぁ、先生は思慮深いですね」


 勿論、世辞だった。私はこのころから、世辞を多用する悪癖を、悪癖とは考えず、考えなしにつかっていた。



「こころにもないことは言わんでよろしい」


 だから、この悪癖をさながらマトリックスのように躱す先生は苦手だった。



「なんでかを説明するには、まずスクールカーストがどんな分類をするか話さなならん」

「あ、続けるんですねこの話」

「当たり前だ、先生の話を聞けるありがたい機会だ、遠慮はいらないぞ」


 ありがたみはなかった。そこらへんで配られるクーポンが入ったポケットティッシュのほうがまだありがたい。遠慮はいらないと言われる大半のことが、遠慮したくてもできないものであることを、私は痛切に学んだ。



「生徒が言う枠組みだったら、顔がいい、性格が明るい、スポーツマン、不良、根暗という雑多な枠組みで括るらしいが、これははっきり言ってやりにくい。だから、それぞれ、上層方向に働く要素と、下層方向に働く要素で見極め、上層から下層へA・B・Cに分かれる考え方がやりやすい」

「そうなんですか」

「要素は、恋愛、容姿、ファッションセンス、空気を読む能力、クラブ活動、趣味、文化圏、そしてコミュニケーション能力。恋愛上手であれば上層方向へ働き、恋愛下手であれば下層方向へ働く。早い話、付き合ってるか付き合ってないか、これだろうな」

「まぁ、スクールカーストの上位と言われる方々は、彼氏持ち、彼女持ちの方は多い印象ですよね」

「じゃあ、趣味ならどうだ?」

「そうですね、一般的にプラスになるのはギターなどで、マイナスになるのはゲームとかになるんでしょうか?」

「そこだよ、この言葉の問題点は」


 担任は一呼吸を置いて、お茶を飲んだ。ちなみに私にくれたはずのお茶だった。両手で持っていたのに、奪ったのだ。この教師をこのまま野放しにしてていいのかと思ったことを覚えている。



「プラス、マイナス、その方向性を決めたのは一体誰なのかっていう話だ」

「それは・・・」

「学生だよ、スポーツマンはプラス、とか、付き合ってないからマイナスなんて決めたのは、国でも、学校でも、大人でもない、お前たち学生だ」


 それは鵜呑みにしていい言葉か少し迷った。国が認めるような人材的要素が、プラスの要素になっているケースも多いし、学校が表彰したり、褒めたりする生徒はやはり、スポーツマンなどで、それがスクールカーストに影響しているとも思えたからだ。それを素直に伝えると、担任は教えるように述べた。



「そういう側面があるのは否めない。だが、それでもあくまで関係しているだけであって、教師がカーストなんてもの決めて、生徒に無理強いしたら懲戒免職もんだよ」

「いや、それはそうですが」

「だからこそ、悲しい言葉なんだよ。他人だけでなく、自分でさえも、どこにいるか、どこの地位にあるのかを決めてしまう言葉なんて」


 それには少し同意出来た。自分の立ち位置を決めてしまう人物が一定数いるのは間違いなかった。各いう、私もその一人で、常にC側に居るからこそ、上に無理して上がろうとは考えはしなかった。



「この言葉のもっとも悲しいのは、その後だ。一旦、決まったカーストからは、落ちることも昇ることも許されにくい」


 それは誰に許されないのか、自分か他人か。



「落ちる側と昇る側、きついのは落ちる側だろうな。必死に今の地位を守ろうとして、もがいてもがく、溺死する前に卒業すれば御の字、下手をすれば溺れる」

「詩的ですね、先生。聞いててゾッとします」

「そこはうっとりしろ」


 そこまで言って、先生は少し、私を見た。



「お前は自分がどこにいると思っている? Aか? Bか? Cか?」

「それはCだと思っています。流石にコミュニケーション能力が著しく劣っていて、彼女もいなければそれくらいの自覚はあります」

「違う、おまえはCじゃない。AでもBでもな。だからちょっとだけ、俺は期待してる」



 先生は笑っていたと思う、悲しい言葉だって言いながら、笑っていたと思う。



「お前がいつかスクールカーストを打ち抜いてくれるんじゃないかってな」




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