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『ラフィーさんだけを信じ込ませてください』
私が万城目さんにお願いしたことだった。
『人の機微に敏感な貴方だから出来ることなんです』
◆
怒号が鳴り止まない。御剣さんが行ったことが次のゲームの進行にまで影響していた。こちらを非難する声は止みそうになかった。
そんな中、万城目さんはペットボトルに入った水をゆっくりと飲んでいる。その横顔を確認すると、彼女は不思議と穏やかな顔をしていた。心を落ち着けるために水を飲んだのではなく、その前から覚悟は決まっていたのだろう。
「どうしてこうなっちゃったかなー」
ペットボトルのラベルを見つめる万城目さんは綺麗だった。成分を確認するかのような仕草になんとも言えない哀愁が漂う。
それはどうしようもなく、私の心をかき乱す。
彼女が大切にしていたもの。それは、サークルという人のあつまりだ。仲間、といってしまってもいいのかもしれない。
高校の部活よりは恐らく希薄で、学校から所属することを強制されないそれに私は加入しなかった。私みたいな人物がサークルに行ったところで、という思いがどうしても捨てきれないから。
私にとって、サークルとは入ることすら躊躇った場所だ。
しかし、彼女にとってサークルとは、まさに彼女が居る場所だったのだろう。
目の前に無数にいる、サークルのメンバー。万城目さんと仲のよかった人もいるだろう。彼女は姫というあだ名で呼ばれていたらしい。つまりは、それだけ慕う人物も多かったと思うのだ。
そんな人物の中に、おそらくラフィーさんが居た。サークルのメンバーとして、万城目さんとラフィーさんは確かにそこにいたはずだ。
言葉を尽くせば尽くすほど、私は彼女に言った言葉の一つ一つが反芻される。
サークルを取り戻すことはできるが、もはやそれはサークルではないだろうと。
その言葉を聞いて、万城目さんは絶対に嫌だと思ったはずだ。だが、それでも彼女は私と一緒にサークルの敵として立ち向かっている。
何故そんなことをやってるのか、多分彼女も分からないのだ。
「それでもやるんだよねー。やっちゃうんだよわたしはー」
諦めにも似た声だった。どこまでも覇気はなく、目の前にいる多くの人間を相手にしている人物には見えない。
きっと私には理解できない想いが、そこにはあった。
万城目さんは、御剣さん同様に手を掲げて宣う。
「サークルメンバーのよしみとしていうねー」
怒号は鳴り止んでいない、それでも彼女の言葉はどうしてこれほど透き通っているのだろうか。
「君たちの負け。もう、終わりにしちゃおうよ、こんな茶番」
涙ながらの声だった。鼻をすする音さえ聞こえてくる。
果たして、仲間から帰って来た返答は、ペットボトルだった。
それが万城目さんの身体にあたって、体育館の床へと落ちる。
御剣さんから引き継いだ罵倒が万城目さんの言葉を借りて強さを増す。
彼女を罵り、嘲る。爆音の中飛んできたのは、参加者用に配られた水のペットボトル。どこまでも過熱した場は、納まりそうにはない。
万城目さんは返答としてかえってきたペットボトルを見ていた。何を思うのだろう。帰りたい場所から物まで投げつけられた彼女は一体何を思うのだ。
そんな彼女を見て、今にも泣きそうなラフィーさんは一体何を思うのだ。
私は、ただ彼女の足元に転がったペットボトルを拾って、あちら側に投げ返す。
見ていて気持ちのいいものじゃなかった。
「シェルト」
万城目さんは、顔を上げて言う。
「指摘する番号は、四番だよ」
そこに涙はなかった。躊躇いはなかった。
相手側からの非難が殺到する。確率的にみても、こちらに嘘つきのカードなどあるわけがなく、万城目さんの使用している手は御剣さんの焼き直しである。ユダはいない、そうラフィーさんが結論づけた今、向こうが引っ掛かる手段とはなり得ない。
人数さえ減らす手段にはならない。
そ れでも、万城目さんは言うのだ。これまで他人の心を見透かし、ずけずけと物怖じせずに指摘してきた彼女は言うのだ。
「お願い、信じて」
技術も何もなく、ただ友達に訴えかけるその言葉を。
息を呑んだ。それが正解か、不正解かも分からず、それが本当にラフィーさんの心を震わせることが出来る言葉なのかも知らず。
指摘する番号を私も記入し、前へと突き出す。それが終わったと同時に、怒号にまけん勢いで漣さんのコールが鳴り響いた。
「オープンカード!!」