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『煽ってください』
私が御剣さんにお願いしたことだった。
『人の上に立つ貴方だからこそ、煽りが強くささる。これ以上ないくらいに煽ってください』
◆
「つまんねぇな」
三度目の指摘が終了した段階だった。御剣さんが動いたのは。
決して大きな声を出した訳ではない。しかし、人がごった返しているこの場所の隅々まで行き渡る声だった。
「どうしようもなく、呆れかえるぜ。天才と、そう言われる俺らが、こんな風に頭ド付き合ってやってることが消化試合だっていう事実が、滑稽を通り越して嗤えてくる」
カードの再配布が始まっている。今回もこちら側に嘘つきのカードはない。そんな様子を確認しながら、御剣さんは盛大に放つ。
「絶対勝てるゲームだっていうのが、お前らの根底にある。だから、こんなクソつまんねぇゲームになってんだよ。もう20分くらいたってんのに、誰からも不満が出ねぇとか正気か? 何時間ゲームやるつもりだっつーの」
参加人数が多ければ多い程、この手のゲームは時間がかかる。このまま続けていけば、私たちは負けるだろう。それこそ、膨大な時間を費やして、こちら側にカードが4回配布されるような事が起きてようやく。
「だから、感謝しろよ。馬鹿ども」
天才と、自ら相手をそう指し示したのにも関わらず、御剣さんはそう言い直す。
場が動いた気配がした。
「俺が、この俺が面白くなるようホットな事実を教えてやる」
彼は、配布されたカードを深々と上に掲げた。目線を奪う。敵意を向けさせる。
「ユダがいるぞ、そっちにな」
あたかも自分のカードが嘘つきのカードである、そう言わんばかりの発声だった。
どよめいたりはしなかった。張り詰めた空気だけが漂う。
きっと、言葉の意味を精査している。御剣さんがそう宣うメリットは何か、自分たちにかかってくるデメリットは何か。厄介このうえなく、取り乱したりということもなく、ラフィーさんの言葉を彼らは待っている。
恐らく、こうなるとは分かっていた。
私でもここまでは出来るだろうと思っていた。
相手は勝てるゲームだ、時間さえあれば。なら、心を乱すことは出来ない。絶対的な確信がそこには存在するからだ。
これ以上どうやって彼らを逆撫で出来るのか、その答えを私は持っていなかった。
だから、参った。素直に脱帽した。御剣さんに。
この人は、どうしようもなく天才だ。
「証明してやるよ。こっちを向け、よく見とけ」
彼は、見せつけるようにスケッチブックに「2」と記入した。
隠しもせず、自らの番号をスケッチブックへと記入した。
刹那だった。爆発したかのような罵倒が彼に殺到する。一万人近い罵倒は、爆音となり轟音となり、一人の人物へと駆け巡る。
全く意味のない行為でしかなかった。自分の番号を記入すること、それによってこっちは四人しかいない人数を三人にまで減らす。彼が本当に嘘つきのカードを持っていても、意味のない行為。
質問が始まる前に行われた、その一切の行為に意味なんてものは存在しなかった。
だからこそ、どうしようもなく人の神経を逆撫でする。
あちら側はこちらがあたかも嘘つきのカードを持っていますと取れるような言動をすることは想定済みだっただろう。というか、人数を減らすには実際その方法しかない。自分のカードしか確認出来ない現状で、唯一できる攻撃方法。
だが、相手がこちらより圧倒的に多いとなれば話は別だ。攻撃方法にすらなり得ない。そもそもあちらにカードが渡る確率の方が高く、微々たる確率に怯える必要がない。
無視すればいい。
恐らく、あちらはそう決めていたはずだ。人数を減らしてまでの騙りは想定していなかったとしても。
しかし、想定外のことが起きた。結果の判断は、ラフィーさんへと向かう。それがたまらない侮辱に値した。
「保険をかけます、最小限で」
ラフィーさんは怒号の中、収めるようにその声を出す。
その言葉の意味は恐らく何人かを犠牲にするというものだ。
嘘つきのカードはこちらにない。それを分かっているが、あくまで保険。
場の空気が一触即発のなか、行われた解答は、5523番。
2番と書いたのは、御剣さんの他100名程度。
降り注ぐ侮蔑の嵐の中、御剣さんは軽快に嗤う。
「たっく、こんな分かり切った問答に100人も犠牲にするとか脳細胞死んでんのか?」
「御剣さん」
堪らず声を出した。喉から出た言葉は、嬉しさの塊だった。
やってくれた。十分すぎるほどやってくれた。
「後は任せる。こっちも午後の用事に備えて準備しなきゃなんねぇからな」
「任されました。行ってください」
彼は既に背を向けていた。ただ、伸ばした腕をヒラヒラと振り、体育館の出口へと悠然と闊歩する。
私は、何度か彼の風貌を、勇者のコスプレみたいだと、そう感じたことがある。綺麗すぎる顔、流麗な仕草、銀色の髪。すらっと伸びた体躯は、話で聞くような勇者と寸分違わないと思っていたからだ。
しかし、実際はどうなんだろうか。
妹の為に誰にも頼ることなく、その身を焦がし、憎んでいた私と敵に立ち向かい、守るとまで言った彼は何者だ。
分かり切っている。
それに人々はコスプレとはつけないのだ。