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「それでは! これより嘘つきゲームを始める!!」
怒号とも思えるほど、大きな声が鷹閃大学の講堂を激しく揺らした。
その音源は、漣さん。今回、ゲームマスターとして依頼した人物だった。マイクを使用しているにも関わらず、張り上げるようにその喉を震わせていたためか、スピーカーから流れてくる音声よりも先に、漣さんの地声が耳に届いてくるようだった。
「今回は参加人数の関係上、大学の体育館を貸し切って行われる! 快く貸していただいた学校関係者の方には、深く感謝申し上げるとともに、参加者各位、その旨忘れることなく、ゲームに参加して頂きたい!」
ぐるりと周りを見渡す。
体育館は、莫大な人数を誇る大学生を行事の際、収容できるだけのキャパシティを持っているはずなのだが、今、この場にいる人数によって、その本来の広さを失っているようだった。
凡そ一万人。
これが多いか少ないか、という問題については、集まった内容にもよるだろうが、この敷地面積にしてこの人数、人口密度ならば、世界のどの地点よりも人が集まっているように思えてならない。
だが、それほど人が密集しているにも関わらず、人が人を押しやっているような状況にも関わらず、広いと感じざるを得ないスペースが、体育館を真っ二つにするように伸びていた。
そのスペースをまるで境界線か何かのように向き合っているのは、私たちと、ラフィーさんのサークルメンバー。
互いに真っ向から向き合う形で、自然とこのように空間が分かれた。
ラフィーさんとサークルメンバーは、ラフィーさんを先頭に、後ろへ連なるように。
私たちは、私を先頭に後ろへ連なるように。
私とラフィーさんは、一番近い距離で向き合っていた。
そこに会話はない。言葉はない。
それでも、私は、ラフィーさんと向き合えているという実感が確かにあった。
「それではルール説明に入る!嘘つきゲームはシンプルかつ明白! 最初に係員が参加者各位に一枚のカードを配布する! そこには○か×の表記がある、他人に見られないよう、確認してほしい! 尚、配られるカードに含まれる×は一枚のみ! それを手にした者だけに嘘をついてもらう! 他の○を手にした者は、嘘つきを、つまりは、×のカードを持った者を当ててもらう!」
漣さんがゲームを始める前のルール説明に移る。
「ゲームの流れを説明する! まずは配られたカードを確認後、私が、つまりは、ゲームマスターが話題を提供する! その話題に対して、1番から順に答えてもらう! 答えはあくまでもシンプルかつ明白に!この時、○のカードを持った者は、真実を、×のカードを持ったものには、嘘を述べてもらう!」
前回の嘘つきゲームがもう、随分前のことのように思える。この前口上を聞いてから、まだ半年もたっていないというのに。
なんとなしに後ろを振り返った。
「その後、再度ゲームマスターが、話題に関する質問を提示する! この時、嘘をついた者、つまりは×のカードを持った者は、真実を述べなければならない! そうしなければ、矛盾を見つけようもない、×のカードを持った者は、真実を言う際には、細心の注意を払って述べるのが賢明だ! 逆に○のカードを持つ者は、しっかりと真実を見極めてほしい! 尚、参加者が10人を下回った場合は、質問を2個用意する!」
後ろにいるのは、このゲームを共に戦った二人と、このゲームで敵対した一人。
私の視線が、御剣さんの視線と合う。
「んだよ」
「いえ、なんでもないです」
そんなやり取りをして、私たちは小さく笑う。
「一連の流れが終了した後、○のカードの所持者は、それぞれ手元にあるスケッチブックに×のカードを所持していると思われる人物、その人物の目の前にあるアクリル板に書かれた番号を記入し、一斉に提示してもらう! ×のカードの所持者は適当な番号を記入してくれて構わない! 掲示の次に、自身が持っているカードをオープンして曝してもらう! ×のカードの所持者が、誰からも指摘されなかった場合、ゲームは終了、×のカードの所持者の勝利! ×のカードの所持者が、誰かから指摘を受けた場合、×のカードの所持者は脱落、加えて×のカードの所持者を指摘できなかった○のカードの所持者も脱落だ! この場合、再度ゲームが行われ、最終的に、二人だけが脱落せずに残っている場合は、二人が勝者になる!」
私の視線と、堂島さんの視線がぶつかる。
「なによ」
「いえ、特には」
「ふん、そこで綺麗とか、可愛いの一言くらいつけないからアンタはモテないの」
「堂島さんには、どれも似合わない言葉ですね」
そんなやり取りをして、私は膝にローキックをもらう。
「ルール説明は以上だ! 人数が多い為、係の人数も増やしたが、時間の関係上、その場で対処する場面も出てくるかと思う! 平にご容赦願いたい!」
私の視線が、万城目さんの視線と触れる。
「えっと、大丈夫ー?」
「問題、あ、りません」
「生まれたての小鹿みたいだねー」
そんなやり取りをして、万城目さんだけが笑う。
「前置きはもういいだろう! 場が煮詰まっているなら言葉はもういらないはずだ! 不要だ! このゲームに勝ったものに与えられるものはない! このゲームに敗けたからと言ってペナルティはない! 存分にゲームを楽しんでくれ!」
漣さんの声が熱を帯びる。その声が不思議と、声援のように感じられた。
再度、後ろにいる3人を見渡した。私の我儘に付き合ってくれた人たちを見渡した。私の番号が一番、御剣さんが二番、堂島さんが三番、万城目さんが四番。
私は大舞台が苦手だ。だが、逃げるつもりはなかった。例え逃げようとしたとしても、あちらはそれを良しとしないだろう。
空教授はそれを良しとしないだろう。
彼にとってみれば、時間が経つのを待っていれば勝ちなのだ。それくらい、私の状況も、サークルの状況も煮詰まっている。
だからこそ、
「・・・やっぱり参加はしませんよね、教授」
渡した嘘つきゲームの参加チケットは使われなかったようだ。だが、それでいい。恐らく、どこかでこのゲームを見ているはずだ。見て、思っているはずだ。
勝てはしないと。
持参したペットボトルの水を口に含む。その水が全身に染み渡るように、長い時間をかけて飲み込んだ。
前を向く。後ろはもう見ない。全ての信頼を、後ろにいる3人と、白銀さんと、凛さんに託した。
「御剣さん、凛さんは?」
「空教授を探してる。捕まえたら、付き纏うようにも伝えてる」
「ありがとうございます」
深く息を吸う。ラフィーさんを見つめた。
「さて、勝ちましょうか」
「たりめーだ」
「決まってんでしょ」
「もちだよー」