プロローグ
「あ、お邪魔しています。教授」
「ほう青年か、一か月ぶりだな」
研究棟、そう呼ばれている3階。これでもかというほど長いアクリルの廊下を突き進んだ先にある研究室。
空教授の研究室へと私は足を運んでいた。
「最近寒い日が続いてますが、お体は御変わりありませんか?」
「なに、すごぶる好調だ。私は年の割に身体は若い」
それはよかった。私は言葉に出さずに飲み込んだ。
「青年、何か話があってきたのだろう?」
「違います、話があったのは貴方のほうだ教授」
ピクリと、その綺麗に整えられた眉が跳ねた。
「周りくどいんですよ。私とラフィーさんとの対立を深めたり、私をゼミに誘ったり、学部連合議会の日付けを執拗に何度も言ったり」
忘れるなとばかりに言ったその言葉の節々が、それはそれは御大層に引っ張られたものだった。膨張しすぎて、その膨らみがはち切れんばかりになっている。
「青年、私は言ったぞ。人と人との関係性が行き着く先がみたいと、それに人生を賭けてると」
教授はわざとらしく、喉を鳴らす。
「君は良い着火剤だった、後は綺麗に燃えてくれ」
私はその言葉を聞いて、酷く思った。
この人、私が言葉を交わしてきた中で一番の馬鹿だ。
「教授、貴方はきっと、その人間関係の行き着く先をみることは出来ません」
「歯向かうのか? 大衆の、根底の意識に。敵う筈がない、たかが学生が」
「それについての答え合わせは、後でやりましょう。多分、今までで一番退屈な答え合わせになると思うので気が滅入るのですが。私が教えてあげますよ。教授してあげます。授業料は取らないので安心してください」
また、ぴくりとその眉根が跳ねた。
そんな教授に構うことなく、私は一枚のチケットを差し出した。新品でまっさらなその一枚は、教授にしか配る予定はなかった。
「嘘つきゲームのチケットです。私とラフィーさんが出ます。こう言えば、おそらく貴方は来るでしょう?」
チケットを受け取った教授は、酷く愉快そうに嗤った。
「青年、数の差は理解しているか?」
「こっちは私を入れて5人です。ラフィーさんたちは9872人」
「愚かしいにも限度はあるぞ、青年」
その姿が酷く癇に障った。
この人はきっと、関係性に行き着くことは出来ない。愉悦に浸って、全てを掌握している気でいる。物事の本質が見えていない。
私はそれを、色んな人から教わった。だからこそ、今私はここに居る。
「教授、こんな話があります」
「徳川家康の石合戦の逸話でもする気かね?」
「違います、これは鷹閃大学七不思議のうちの一つです」
昔の私を見つめて見つめ直した。
今の私を見つめて見つめ直した。
天才も確かに私だ。平凡も確かに私だ。
「夜中に大学内でよく、女性の泣く声が木霊する。そんな不思議が七不思議の中にはあるんですよ。気になって調べたら、それは今年の6月頃から流れた噂らしいです」
「何が言いたい?」
認めよう。もう歪むのも、不正もなしにしよう。
だって、私は、教授と話しに来たんじゃない。
『「――俺が惚れた女、泣かしてんじゃねぇよ――」』
喧嘩を、売りに来たんだ。
嘘つきゲーム。
開催日時は、学部連合議会の日の午前中。午後から始まる学部連合議会に合わせてのものだった。
「なるほど。楽しみにしている、青年」
「はい、首洗って待っててください」
次回、もしくは次々回更新で完結予定です。