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理学部数学科



『鴉、お前がやりたいことはわかった』

「すみません漣さん、突然連絡した挙句、こんな話」

『いや、構わない』


 万城目さんと会った後、私は漣さんに連絡を取っていた。漣さんの番号は、万城目さんに教えてもらった。


 本人の許可を取らずに、不躾にも突然連絡してしまったにもかかわらず、漣さんは、そんな私と電話を繋いでいてくれた。



『俺の古巣になるが、サークルの為なら協力は惜しまない』

「そういって頂けると助かります」

『不正することも出来るが?』


 そう言ってくれる漣さんは、本当にこちらのことを心配してくれているのだろう。


 大学の正門へと向かう、私の足が一旦止まる。


 なんとなしに後ろを振り返った。そこにあるのは、一つの大学だ。世界屈指の名門で、全員が全員、天才というレッテルを背負わされる場所。鷹閃大学。


 吐いた息が白くなるほど、気温が低下している今は、表に出ている学生も少なく、閑散とした雰囲気が漂っていた。



「いえ、結構です。本気のラフィーさん、全力のラフィーさんを真正面から倒さないと、意味がないんです。偽りじゃ、きっと人は変わらない」

『至言だな、鴉』

「ですから、漣さんには徹底的にフェアであってもらいたいんです。ルールについてもそれはお願いします」

『確かに。承った』


 その言葉を聞いて安心した私は、再度冷たい空気の中、歩みを進める。


 大学の正門へと足を進める。



『しかし、ラッフィシェルト・ドットハークが矢面に立つことになる。少なからず、傷は残るぞ』


 ラフィーさんが、本当はどうしようもない程追い込まれていることは、既に漣さんへと伝えていた。だからこその、彼女を慮る言葉だった。



『それはお前についても同様だ、鴉』


 この先輩は、私のことも心配してくれていた。でも、それは、きっと真実だ。肉体が傷つかないからといって、誰もが闘えるわけじゃない。心が強くなければ、折れてしまう。



「ラフィーさんにも、この方法をお話ししました。傷つくことになるかもしれないと。それでも、彼女は力強く肯定してくれました」


 ラフィーさんは、自分に出来ることを精一杯やろうと努力している。


 彼女は決して要領のいいほうではない。ルールの把握にも苦戦しているようだった。


 ただ、その愚直さが、また、辛い目にあっても挫けなかったその心が、きっと彼女の強さだ。



 そんなところに惚れた奴は、一人だけじゃない。



「そんな彼女に、私は傷の一つも負わせるつもりはありません」


 漣さんは、小さく笑った。まるで微笑ましいものを見るかのように、小さく笑い声を上げた。



『鴉が鷹の軍勢に挑む、か。まるで童話だな』

「そんな教訓じみた話なんかじゃないですよ」

『なぁ、鴉。俺はあのゲームの後、お前に今度はもっと上手くやれと言ったが、あれは取り消そう』


 漣さんは、電話越しでも分かるほど、熱気を帯びた声で告げる。



『ブチのめせ』

「当たり前です」


 漣さんは、それだけ告げると通話を終了する。手に持ったスマホが寒空の中、少しだけ熱気を与えてくれていた。



 通話が終了するとほぼ同じタイミングで、私は大学の正門へと到着する。誰かと待ち合わせている訳ではなかったが、私は、ただ一人、人物を待っていた。長時間、大学生の行き来が激しい場所で突っ立っていれば、私を敵視する人物も通るだろうが、それでも今はまだ無視をされるだろう。


 もう、宣戦布告はした。であれば、先走ってこちらを攻撃するような愚行はしない。ましてや、ラフィーさんが面立っての舞台だ。茶々をいれる人物はいないだろう。



 だから、私は安心して、正門の入り口に立っていた。


 待つ、ただ、待つ。


 寒さが否応なしに私の肌を突き刺すが、それでも私は会えるかも分からない人物をただ待った。


 指がかじかんで、感覚がなくなる。指が無くなってしまったと錯覚してしまわぬよう、両手を擦り合わせる。


 そんな行為を何回か繰り返した後だった思う。



 遠くの方で彼の姿を捉えたのは。


 はやる気持ちを抑え、私はスマートフォンを握った。



『カンニングっていう奥義だ。ちなみに、ばれたら学則の規定にのっとってその年の単位を全部失う』


 そのように言っていたのは、たしか御剣さんだったはずだ。


 そう、カンニングをしたら、別に退学するわけじゃないんだ。だったら。


 だったら、今、私の目の前に立っている彼も、退学なんてしているわけがない。



 彼は私の姿を見て、立ち止まる。


 そんな彼に私はスマートフォンの画面を見せつけた。表示されていたのは、録音データだ。彼が私に敗けた時の音声データだ。


 私は迷わず、彼の目の前でそのデータを削除する。


 そして、スマートフォンをポケットに入れて、私は言う。



()()()()()、貴方もここの学生ですか?」


 それは彼が私に初めて話しかけてきた言葉をもじったものだった。



「よろしければ、友達になってください」


 そして、これはずっと私が言いたかった台詞。試験が終わった日に言うことが出来なかった言葉。


 彼は私のワザとらしい演技に小さく噴き出した後、手を差し伸べる。


()()()()()、僕の名前は、白銀 俊介。鷹閃大学理学部数学科所属。名前や名づけるといった行為があまり好きじゃない、変り者だよ。よろしくね」

「よろしくお願いします、白銀さん。さっそく助けてもらいたいことがあるんですけどいいですか?」

「話だけなら聞くよ」


 そうして、私たちの関係は、新たに始まった。



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