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「で、お前は何してんだ?」


 もうすぐ大学にきて、4か月が経とうとしている。外はすっかり夏まっさかりで、連日、日本列島が軒並み30度を超し、各地で様々なイベントが催されているという、ありがたいのか、ありがたくないのかよく分からないニュースが流れていた。外からは甲高い音声が鳴り響く。蝉の鳴き声というのは田舎でなくても聞こえるらしく、ここ大都会でも昼夜関係なしに、大音量を垂れ流すらしい。



「見てわかりませんか? 試験勉強です」


 ここの学生食堂は、そんな暑さも意に返さず、ガンガン冷房が効いており、若干肌寒くもあった。それは、地球温暖化に喧嘩を売っているようで、しかし、私たちを暑さから守る尊い行為に他ならない。



「飯食いながらか? どっちか一方にしないと効率わりぃだろそれ」


 夏季休暇が近づいている。昼をここで食べるのも、しばらくお別れになると思うと、今食べているチキンカツ定食が、残り少ない兵糧として心にのしかかる。本来であれば、これをゆっくりと楽しみ、出来ることなら一息ついて休みたいのが本音だが、そうもいかない事情もあった。



「時間がないんです」

「いつだよ、その講義の試験」

「明後日の朝一番です」

「ふーん、やばいのか?」

「やばいです」

「どれくらい?」

「こんな状況になるくらいには」

「お前がしているイヤホンは?」

「スマホのアプリで、講義の音声録音してました。それを聞いてます」

「カオスだな」


 もとは食事を置くためのテーブルの上に、講義の際に使用したレジュメ、ノートが散乱し、それがチキンカツ定食の下敷きになっている。加えて、片耳にイヤホン。講義の音声を録音したものだ。それを見ながら、聞きながら、私は食事をしていた。



 もうすぐ夏季休暇。その文字をばらして並べれば、試験間近という意味になる。この大学にきて初めて期末試験だ。私は半分も理解できない講義を、もう理解するという行為を放棄し、ただただ暗記をするという一種の暴挙にでていた。とにかく、自分の手数を増やして点数につなげる算段だ。最低でも6割を奪取することができれば単位は貰える。その事実が心を支えていた。



「それより、貴方は勉強しなくても大丈夫なんですか?」

「は? 俺が勉強? ないない。そんなことしなくたって、余裕だろ」


 そう言って私の目の前に座る人物は、優雅すぎる手つきで紙パックの苺牛乳をテーブルの上に置く。御剣 透。最近知った彼の名前は、彼の親戚経由で聞いたものだ。



「ていうか、周りみろよ。この大学で、期末試験ごときに必死こいてるのお前くらいだ」


 そう言われて周りを見渡せば、静かに談笑する複数の学生。その手に持っているのは、教科書でも、レジュメでもなく、スマホだった。一方私のスマホは、録音していた講義の音声を流すために、その命とも言える電力を活用している。



 その様子を見て、私は思い出す。この大学にいるのは天才。それも並みの天才なんかじゃない、正真正銘の天才だ。きっと、講義の確認という意味での期末試験など、彼ら彼女らにとっては本当に児戯に等しいのかもしれない。



 だが、私は凡人だ。こうでもしなければ、この大学の期末試験で6割なんてとてもじゃないがとれやしない。


「ほっておいてください。凡人は凡人なりに頑張るだけです」

「あ、いいこと教えてやろうか?」



 必死になって勉強する私に対して、彼は何かを思いついたらしく、私に提案してくる。もしかしたら、私のこの涙ぐましい行動に対して心を打たれ、知恵を授けようとしてくれているのではないか。そう思うと、思わず前のめりになって彼の話を聞いてしまう。



「どんなことですか?」

「カンニングっていう奥義だ。ちなみに、ばれたら学則の規定にのっとってその年の単位を全部失う」


 こんなロリコンに知恵を求めた私が馬鹿だった。



「誰がやりますか、そんなこと」

「お前がやるっていうなら、全力で手を貸すぜ」


 そう言って彼は、私を嗤う。確かに彼の力を借りれば出来なくはないのかもしれない。だが、その漆黒の瞳はあくまでも、試しているだけだった。彼にとって、私は面白い存在か、そうでないかを。



「やりません、貴方も私に構ってないで、勉強でもしたらどうですか?」

「だから、やらねぇって。まぁ、軽く過去問は見直すかもしんねぇけど」

「過去問?」

「あれ? お前知らねぇの? 駅前の書店で、この大学の講義の過去問売ってんぞ?」

「貴方が神ですか」



 やはり、彼は素晴らしい人物だった。誰であろうか、この人物をロリコンといい、あまつそんな彼に知恵を求めるのは愚行だといった人物は。全くもって度し難い。



「やめろよ、神は少女だ」


 でも、やっぱり彼はロリコンだった。少し鳥肌がたった。



「まぁ、凡人は凡人らしく頑張れよ。俺はそろそろ行くぜ」


 そういうと彼は立ち上がる。別に一緒にご飯を食べる約束などしていないので、そんな断りもいらないのだが。私がご飯を食べてたら、知らぬ間に座っていたのだ。もしかしたら、これは友達と言っても過言ではないのではなかろうか。そんな彼の背に私はダメもとで、一つお願いをしてみる。



「御剣さん、あの」

「なんだ?」

「その非常に言いにくいのですが」

「だから何だよ」

「ちっちゃい方の御剣さんを」

「諦めろ」


 彼は短く言う。


「少女に慕われているお前は世界で一番幸福なんだ。そして何より、その事実に」



 彼はこっちを向くと、まっすぐ瞳を合わせてくる。憤怒の色にその眼を染め。



「はらわたが煮えくり返るっ」


 彼はそういうともう振り向くことはなかった。


 私はさめざめと泣いた。



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