城内での戦い5
『
エコールは師匠に呼ばれて屋敷を訪ねる.師匠は書斎でエコールに尋ねる.
「エコール,努力は恥ずかしいか?」
「…?」
エコールは質問の意図が分からずに考え込み,それでも分からなかったので,不安がちに答える.
「恥ずかしいものではないと言われます.しかし,私は恥ずかしいと感じてしまいます」
「やはりそうか…」
「あの…どういうことですか?」
「エコール,君にこの術を授ける」
師匠はエコールに巻物を渡す.
「ありがとうございます.これは…?」
「発現した裏魔法をより原初の姿に近づける術だ.強くなると思ってもらって構わない」
「なぜこれを私に?」
「お前は十分な実力を持っている.そしてさらに上に向かう資格はある.努力を人に見られても恥ずかしいと思わないものに大きな力を得てはならない」
師匠は机の上の貝飾りをちらっと見る.
「努力すれば追いつけると思った才能無き者は,やがて相手を超えられないことを知り,力におぼれて悪の道に落ちる.だからこそ,追いつけっこないと相手が思うように弱みを見せない者にのみ得る資格はある」
「しかしそれができるのは天才だけです.一人では継続して頑張ることはできない,1人だったら途中で諦めていたであろうこともたくさんありました.お言葉ですが,師匠の言っていることは堕落の言い訳にしか聞こえません」
「そうだ,その意味も併せ持つ.だからこそお前は特別なのだ,そこいらの人間では堕落の言い訳でも,お前にとっては進歩のための真理だ」
「少し考えさせてください」
「そうしなさい.言葉でなく,腹の底から理解してもらいたい」
エコールは外に出る.
「(師匠は必要以上に恐れているんだ.幼い頃に師匠に追いつこうとして力におぼれた幼馴染みに殺されかけたから.ああ…彼女は風の超能力者だったか,俺も風使いだから悪の道に落ちるかもしれないと思っているのかもしれない)」
』
アルマはフリックスの後方5メートルの地点にテレポートして現れ,フリックスの上に岩を落とす.フリックスは飛び上がって岩を避け,砂煙の中,アルマに向かって切りかかる.アルマはテレポートでかわしてフリックスの背後に回り,手の先に氷柱を作りだしてフリックスを貫き,テレポートで再び距離を取った.フリックスは前に倒れ,氷柱が押されて抜ける.アルマはフリックスに歩み寄る.
「死にかけのあなたに負けるほど私は弱くない」
「初めから勝てるなんて思ってない」
フリックスは抵抗する力もなく,かすれた声で答える
「ならどうして戦ったの?大人しく逃げればよかったのに.この後,ハイン様の作る新世界で,渡したちは敵同士ではなく…生きることができたかもしれないのに…」
「俺たちの勝利のために…お前の残り魔力を削るため.俺たちが勝てばいいんだ,俺が死んでも,俺たちが勝てばいいんだ」
「…あなたの言っている意味が分からない.自己犠牲が何になるというの?残された人はそれを頼んだの!?」
「相手が嫌がるからしない,というのが最適とは限らない.俺の意思は俺のものだ.誰かに指図されるものではない」
「そこまで命を賭ける必要がわからない.あなたにとってあの仲間はそんなに大切なものなの?ただ戦いの狂気に飲まれて正常に考えられないだけなんじゃないの?」
「質問ばかりだな.どうしてこうにも分かり合えないんだろう…俺の犠牲で仲間が勝つならそれでいい.俺の守りたいものは彼らが守る.俺の命よりもそれが大切だったというだけのことだ」
「その守りたいものは…」
フリックスは目を閉じて息絶えた.
「分からないままだった…」
アルマはフリックスの目を閉じさせる.
「(でも…忘れよう,生きるためには忘れないと)」
エコールは立ち止まって暗闇の向こうを凝視する.
「よう,お前がエコールか?」
トルロンは暗闇の向こうから現れて,エコールに尋ねる.
「そうだ」
「よし!よし!シルクスの奴が強い奴が来るから力を温存して待機していろというから待っててやったぞ.いや,良く来た」
「……」
「2人組と聞いていたが,相方は死んだのか?」
「いや,生きているさ.あいつが簡単に死ぬわけが無い」
「クク…それはどうかな?」
「挑発のつもりか?生憎,俺には通用しない」
「何だ面白くない.まあいい,この十坐最強トルロン・ネヘモスがお前の相手だ」
突如,火球がトルロン目掛けて降り注ぐ.
「チッ,何だ?」
トルロンはバリアを発生させて防いでバリアごと弾き飛ばす.エコールの前に3人の男が現れる.
「お前たちは?」
「私達は本庁からあなたたちの加勢に来ました」
「我らにお任せを!」
「折角楽しみにしていたというのに…許さねえ」
トルロンは腰から鞘ごと剣を抜き,左手で鞘を押さえて右手で剣を抜く.
「てめえら,楽に死ねると思うなよ…裏征!」
トルロンは裏魔法の封印を解く.トルロンの周囲の瓦礫が粉になって消えていく.
「俺も戦う」
エコールは右肩から斜めに掛かったベルトを外して背負った杖を取り出す.布を取ると,銀と真珠の杖が姿を現す.
「いえ,初見で息の合った攻撃は無理です.下がってください」
3人はトルロンを囲むように周り込み,光の輪を複数飛ばしてトルロンの体を囲み,動きを封じる.
「今だ!やれ!」
1人目が風を纏って突進し,2人目はトルロンの右後ろから雷を纏った剣を構えながら突っ込む.3人目は飛び上がって両手を前にして炎の玉を作り上げる.
トルロンは輪を掴んで魔力を吸い取って破壊し,突進を避けて剣で剣の突きを受ける.雷を纏った剣は砕け散り,左手の抜き手で胸を貫かれ,体がバラバラになって死ぬ.返す刀で1人目を風ごと体を切り裂き,傷口を中心にバラバラにひび割れて砕け散った.トルロンは剣で突き,炎は剣の先を中心に渦を作って消え去る.3人目は剣で身構えるが,トルロンが近づいただけで剣は砕け,足の指が消えて粉になりこけたところをトルロンが蹴り,バラバラに砕けて死んだ.
「邪魔者は死んだ.戦いと行こうぜ」
「それがお前の裏魔法か?」
「さあな,全部裏とは限らないぜ.聞いたら教えると思うか?」
「そうだな….最強なら答える余裕があると思ったんだがな」
「あん?」
「裏征」
エコールは杖を天に掲げて裏魔法の封印を解く.エコールの周りに風が吹き始める.
「いくぜ!」
トルロンは剣を振り上げてエコールに切りかかる.エコールは浮かびつつ跳ねて後退し,トルロンに竜巻をぶつけて巻き上げる.トルロンは竜巻の中から光線を放ち,エコールはかわすために集中を弱める.竜巻は力が弱まり,トルロンは空中に飛び出し,エコールの上から切りかかる.エコールは右に沿ってかわし,トルロンは左肘と左肩を上げ,右肘と右肩を下ろして回転を掛ける.右手を離して剣を勢いよく左上に振る.エコールは膝を曲げて上半身を前に倒して右手を地に着けて剣をかわし,トルロンの左足を後ろから蹴り付けて前によろけさせ,その勢いに乗って立ち上がる.トルロンは向きを変えてエコールと対峙する.
「(さすがにさっきの奴らと違う,一瞬だが俺に触れても灰にならないとは相当な魔力の持ち主.さっきの動きから察するに俺に触れないように警戒しているだろう.これからも同じ.ならば全身に力を回す必要は無い.この力を剣に集めて必要な時間を短縮する)」
トルロンは左手の腕輪から魔法の鎖を5本作り出してエコールに襲い掛かる.エコールは竜巻を起こしてそれらを弾き飛ばすが,同時に鎖は縦横無尽に散らばる.トルロンは飛び上がり鎖を切って,火球で押し付けてエコールに向かう.エコールは正面に突風を発生させて鎖を押しのける.その隙にトルロンは姿勢を低くして,肘を引いて突進する.エコールは杖で受ける.杖は瞬時に砕け散り,エコールは後ろに吹っ飛ぶ.砂が巻き上がり,エコールの姿が見えなくなる.
「ククク…」
エコールの不敵な笑みにトルロンは足を止めて,防御の構えを取る.
「何笑ってやがる」
「あの杖は俺が上位の魔術師になる記念に渡されたもの.責任と誇りを持つこと,その初心を忘れないように,杖を掲げるたびにそれを思い出させるために…」
「何が言いたい?」
「フ…」
エコールは跳ね起きて風で剣を作ってトルロンに切りかかる.トルロンは剣で受け,回転を掛けて横に弾き飛ばすが,エコールの左後ろから新たに出現した3本の風の剣がトルロン目掛けて飛び,トルロンの右半身に突き刺さる.トルロンは下がって左手で風の剣を掴んで魔力バランスを崩して破壊する.
「自らの魔術への誇りを忘れよう.どのように扱おうと心が痛むことも恥じることもない.たとえゴミのように扱おうと」
エコールは小さな風の渦を無数に出してトルロンに襲い掛かる.トルロンはオーラを纏った剣から衝撃波を放ち,渦を崩して攻撃を防ぐ.
「(責任も誇りも忘れるだと?こいつは今までそんなことを考えながら戦っていたというのか?そんなものただの枷にしかならないというのに.思いのままに暴れられる奴が最強に決まっている!この俺の存在と強くなったあいつがその最たる証明だ!)」
トルロンの攻撃により全ての渦は凪ぎ,強く踏み込んでエコールに切りかかる.エコールは笑みを浮かべながら右腕を上に左腕を下にして間に欠けた円を描くように回し,風の渦を作り出す.エコールに兄弟子との戦いの記憶が蘇る.
『磨き上げた者にはそのものに対する誇りが生まれる.それが分かるようになったときに次のレベルのステージへ立つ権利が与えられる』
『……』
『お前の術にはそれが見えない』
『お前に違いが分かるというのか?』
『分かるさ.誇りは勇気となって術者の背を押す.勇気のないお前の術は軽くて弱い.どこまで使っていいのか迷っている.どう使うか,どう使いたいのか考えておけ』
「(思い出した.何が初心を忘れないだ.大切なことを忘れていたじゃないか.恐れる必要はない!全力で!)」
エコールは両腕を広げて何層もの回転する風の渦をトルロンに放つ.トルロンはオーラを纏った剣で受け,上空に吹き飛ばされる.剣は渦同士の境目に沿って削り取られ破片がトルロンに襲い掛かる.破片はトルロンに届く前に粉になって消える.剣は防御能力を失い,トルロンの胸に風の渦が当たり,何層もの円状の跡をつけて切り裂く.トルロンは体が抉りとられ,上空から血しぶきと肉片を撒き散らしながら絶命して落下する.
「やったか….こいつには師匠に貰った杖が壊されたが,大切なことを思い出させてくれた.その点では感謝する,十坐最強の男よ」
エコールが立ち去ろうとすると,トルロンからカードが落ちる.カードにはN0.2 Dorlon=Nehemossと書かれている.
アイカは左手を上に上げてバリアを作る.物陰から放たれた雷撃をバリアが弾く.
「そこにいるのは誰?姿を現して取引しない?…え?何?聞こえないんだけど」
アイカは左耳に手を当てて答える.
「……」
「もっと近くで大きく言ってよ.……,そう,もう待ってあげない」
アイカはナイフを掴んで引き抜いて構える.
「狙いが見え見え,下手ね」
「何?(分かっているなら乗ってくる振りをして騙すべき.それをしないということは,挑発目的,それと何かたくらんでいるということしか分かっていない,と言ったところかしら)」
アイカはナイフの先に周囲の魔力を集めて振りつつ放出し,隠れられる柱や置物を破壊した.積み上げられた木箱の向こう側から高圧水流が噴出し,アイカを吹き飛ばして壁に叩きつける.ソヴェリアは物陰から出て杖を突き出して次の術を構える.
「ま,待って!十坐のことを話すからやめて!」
「……」
ソヴェリアは殺意が揺らいで,杖を下に向ける.
「あなたは何番?名前は?」
「聞こえ辛い,もう少し近くに来て.もう攻撃しないから」
アイカはナイフを地面に落とす.刃が地面に刺さって直立する.
「なら用はない」
「10番!アイカ・ウィンドロッツ,綴りはAIKA・WINDOWROTT.でも本当に聞き取り辛い…」
ソヴェリアは杖を上に向け,アイカは大急ぎで大声で答える.
「十坐のメンバーとそれぞれの番号,裏魔法と戦法,それから組織としての役割を言え」
「1……バルク……剣,槍……次元……」
「何だって?」
ソヴェリアはアイカに歩み寄る.アイカはほんのりと甘い匂いを感じ取った.安らぐ香りで近づく.
「ソフィ,聞こえる?」
「聞こえる」
「私達友達だよね」
「…改まって言われると恥ずかしい」
ソヴェリアは頬を赤らめてもじもじしながら首を縦に振る.
「(勝った!強力な手駒を手に入れた!)ソフィ,かわいいよ」
アイカはソヴェリアに抱きつく.アイカの髪がふわっと動き,ソヴェリアは甘い香りを大量に吸い込む.ソヴェリアは照れて動かなくなる.アイカは抱擁をやめて両手をソヴェリアの肩に置く.
「ねえソフィ,お願いがあるんだけど」
「何?」
アイカの真っ直ぐな視線からソヴェリアは目を反らす.
「私達の仲間の敵を討ちたい.あなたは八三にスパイとして活動していたから彼等の不意打ちは容易いはず」
「……」
「ねえ,エコールを殺してくれない」
「エコール…エコーね」
ソヴェリアは操られるように体が動き,アイカの首を絞める.アイカは両手でソヴェリアの腕を引っ張って絞める力を弱める.アイカの足は宙に浮き,ばたばたと暴れる.
「かっ,かはっ…」
「体が勝手に…いやっ」
ソヴェリアは両手からアイカの魔力を吸い上げる.アイカはうめき声を挙げて絶命した.
「いや…私…そんなつもりじゃ…いやあああああ」
ソヴェリアは後ずさり,尻餅をついて倒れる.その後,アイカの裏魔法が消えてソヴェリアは正気に戻る.
「ん…?やったか?」
ソヴェリアは起き上がってアイカの様子を見る.
「(エコールに危害を加えようとする者を問答無用で殺すように自身にかけた呪い.これなら倒せると思ったけど正解だった.変な女みたい,とっとと解いておこう.解くには自分以外の血が必要)」
ソヴェリアはアイカの腰のナイフを抜いて,アイカの腕を少し切って血を出す.魔法陣を地面に呼び出してナイフを突いて血を一滴落とし,魔法陣に入って解呪する.
「死体を刻むような真似をしてごめんなさい」
ソヴェリアはアイカの横にナイフを置いて部屋を出た.




