城内での戦い1
『
田舎道を男と女が歩いている.
「ねえコーちゃん」
「ん?」
コーちゃんと呼ばれた男はライナの方を向く.
「あの…,その…」
ライナは目をそらして下を向き,両腕で胸を挟んで両手の指を絡め,意味も無く右の親指を左の親指で撫で,チラチラと男の顔を見る.
「来週にはもう王都に行っちゃうんだよね…?」
「ああ,帰るのはいつになるか分からない.5歳の時から一緒だったから離れるのは寂しいか?」
男は気遣っている素振りを見せるが,感情が篭っていない.頭の中は出稼ぎで家族を養う責任感で一杯で周りが詳細に見えない.
「うん,それもあるけど,その…」
「……」
「コーちゃんがちゃんとやっていけるか心配.田舎者だと馬鹿にされないかな?」
「お前がそんなこと気にしてもどうしようもないだろう,気にするな」
「もう!折角心配してあげたのに!コーちゃんのバカ!」
ライナはその場から逃げるように走っていった.
「何なんだよ…俺はこんなに苦しいのに,あいつを気遣って言葉を選べと?」
ライナは自室の隅で転がる.
「あああ,私のバカ!何で素直になれないの…」
ライナは布団を被ってうずくまる.
』
「(なぜ,今思い出した.明日こそはと思ったらフェルケルの魔術で操られてそれどころじゃなくなった.あの野郎…)」
立ち止まって窓から外を眺めているライナは城を走り回る音で我に帰る.
「(いけない,集中集中.フェルケルだって今は味方だから…)」
ライナは外を見て敵を見つけると,そっと降りる.
「見ろよ侵入者だぜ.こいつは可愛がってやらないとなあ」
「うるさい,いきなりでかい声出すな」
大男と小さい男が城の窓から身を乗り出して庭園にいるフェルケルを見下ろす.小さい方は首を大男のから離れるように少し傾けて右手の小指で耳を塞ぐ.
「こいつは俺がやる.お前は下がってな」
「お前じゃ駄目だ,奴を殺してしまう.俺が生け捕りにする」
「(なんだこいつら?十坐の一員か?階級は小さい方が上か?)」
「仕方ない譲ってやるよ.だが,そいつらの仲間は俺が狩る.とっとと捕まえて引き出してくれよ?」
「誰に言っている?だが,その前に」
小さい男はフェルケルの前に飛び降りる.フェルケルは剣の柄に手を構えて右足の踵を浮かせる.
「取引をしよう侵入者.お前が俺達に大人しくついてくるなら,痛い思いはせずに済ませてやる.ああ,このシオン・トヘミスから許可を取ったと言えばこの城に居る者たちはお前を襲うことは無いから安心しろ」
「くだらないジョークだな.真っ平ごめんだ」
フェルケルは重心を前に倒して踏み込み抜刀してシオンに切りかかる.シオンは後ろに跳んでかわし,地面を蹴って長さの異なる槍を2本呼び出す.
「…後悔させてやる.裏征」
シオンは長い槍を水平に持ち,裏魔法の封印を解く.シオンの周囲の空気が一瞬で凍りつき,パキパキと音を立てる.
「裏征」
フェルケルも裏魔法の封印を解き,剣を右に振って周囲に噴出した炎を払う.
シオンは短い槍を地面から引き抜き,フェルケルに向けて投げる.フェルケルは体を曲げて槍をかわし,シオンの突きを剣で受け流し,踏み込んでシオンの左腕に切りかかる.剣はシオンに当たるが,瞬時に凍りつき動かなくなる.フェルケルは剣に炎を出すが,氷が溶ける前にシオンは槍から左手を離し,後ろに振って剣を後ろに受け流す.シオンは右手首を曲げて右腕に槍を当て押さえ,片手でフェルケルに向けて振る.フェルケルは左脇を槍の柄で打たれ凍り付き始め,怯んだ隙にシオンは側転して距離を取る.遅れて炎の剣が宙を切る.シオンは短い槍を拾って前へ投げつける.フェルケルの左足に刺さり,身に纏った炎をかき消して瞬時に全身を凍りつかせた.
「炎使いか…俺ならもっと上手く使いこなせるというのに」
「やったか?」
「ああ,離宮に連れて行く」
「そうはさせない!」
無数の針がシオンと氷漬けのフェルケル目掛けて飛ぶ.シオンは雪の壁を作り,針を止めた.
「誰だ?こいつの仲間か?」
「フェルケルは返してもらう」
ライナが物陰から姿を現す.
「フェルケル?こいつの名前か」
針と炎でヒビの入った氷が砕けてフェルケルが中から出てくる.
「ありがとうライナ,助かった.2人なら倒せる」
「こいつは私が引き受ける.先に行って」
「無茶だ」
「邪魔だからどいて」
「分かった…」
フェルケルは炎を纏って飛んでいった.
「トルロン,奴を追え」
「仕方ねえな.アルマ,聞こえるか?こっちへ来い」
女性がテレポートし,トルロンの前に現れ,2人はテレポートしてまたどこかへ消えた.
「標的が変わっただけだ.行くぞ!」
シオンは槍で薙いで氷の波を前方に発生させる.ライナは飛び上がって波を避ける.シオンは左手を前に出して氷の矢を飛ばす.ライナは剣先から光を放つ.シオンは左腕で目を覆い,体を焦げる匂いを嗅ぎ取り,後ろに跳んで下がる.
シオンは自分の周囲から氷を発生させる.氷は波のように広がり,動きで光を歪めて恒久的に同じ向きに差し込まれることはなくなった.ライナは浮かび上がって波を避ける.シオンは周囲を見回し,ライナを見つけて氷塊を飛ばす.ライナは避けようとするが,浮いている間は上手く動けず,剣で氷塊を弾く.剣が一瞬で凍り,右手が柄に張り付く.左手を上に上げて球体を上に飛ばす.シオンは短い槍を投げ,ライナの下から氷柱が発生してライナを包んで凍りついた.
シオンはライナから目を離さずに歩み寄る.球体から光が溢れて光の柱となって氷を砕く.シオンは槍を構えつつ,後ろに下がり,左腕で目を守り目を細めて前を見る.
「(溶かすのでなく,破砕だと…)」
ライナは光の鎖のついた鎖鎌を左手で回し,シオンに投げる.シオンは音を察知して氷壁を前に出して鎌を防ぐ.ライナは氷越しに光線を放ってシオンに当てる.シオンの上半身の肌が焼け爛れ始め,シオンは後ろに退避する.
ライナは追撃をしようと走ろうとするが,足の裏が凍って地面にくっつき,バランスを崩して倒れる.シオンはライナから十分に距離を取りつつ,氷の壁でライナを取り囲み,動きを封じる.ライナは冷気で体が震えだす.シオンは氷の鏡で背中を見て,冷気を作り出して傷を冷やして応急処置をする.
ライナを取り囲む氷の箱は何層にも覆われて分厚く固くなっている.細い光線が内部から何本も放たれるが,シオンに当たることなく,すぐに消えてしまう.
「(断末魔と言ったところか…勝った!)」
シオンの体を光線が貫き胸に穴が空く.穴の縁は焦げて固まる.ライナは氷を加工してレンズ代わりにしてシオンの体を貫く強力な光線を作り上げていた.
シオンは地面に倒れ,氷が煙を上げて溶け出し,水浸しのライナが内部から出てくる.水と冷気で冷え切って,体が縮こまりながら震えている.目の前に火の玉を出して温まる.
「(やった.あと1分いや,30秒遅いと危なかったかもしれない)」
倒れたシオンの下,シオンの所持するカードにはNo.7 Xion Tophemythと書かれている.
フェルケルは城外を飛び,キョウたちを発見して城内に入る.
「北の庭園でシオンという奴と戦った.今,ライナが戦っている.増援を!」
「お前は負けて逃げ帰ってきたのか?」
フリードは睨みながら問う.
「…そうだ」
「我々に敗者は不要.死ね」
「待て!そんなことしている場合じゃない!」
キョウはフリードを止める.
「そんなこと…?敗者の処刑は必要だ.誰もかもが助かると思って逃げ帰ってきては敗北の未来しかない.今すぐ処刑すべきだ」
「敵と戦って戻ってきた彼には大きな価値がある.それを失うなどあってはならない」
ハックも止めに入る.
「わからん奴だな.私がこの手で処刑してやる,裏征」
フリードは杖で地面をコンと突き,裏魔法の封印を解く.
「…裏征」
ハックはナイフを抜いて裏魔法の封印を解く.
「待て,お前た…」
フリードはフェルケルの後ろで頭に岩が突き刺さって倒れた.フェルケルに返り血が掛かる.フリードは死んだ.
「え…?」
「ハック,何をした?」
「私の裏魔法は,端的に言うと自身を俯瞰的に見えるようにすること.この視界は私の体の状態の影響を受けず,どのような魔法をかけられているか確認できる.彼の裏魔法で私達は彼を認識できず,記憶に残らなくなった.そして彼がフェルケルに歩み寄ってナイフで喉を裂こうとした,私は岩を呼び出して彼の頭を潰した.そいうことだ」
「止むを得ない…,それにこれ以上仲間で争う時間はない.フェルケル,得た情報を全て言え」
フェルケルは説明した.
「…シオン・トヘミスは氷の使い手で,トルロンやアルマより立場が上,いや一番上か?少なくとも上位ナンバーのようだな.アルマはテレポートが使用可能でトルロンの裏魔法は生け捕りが難しい.後はシオンの癖…」
「もう十分,ライナの手助けに向かう」
「ああ,よろしく頼むハック」
「フェルケル,オリオンたちを探して加勢してくるんだ」
「了解」
キョウ,シャム.ゾマの3人が残る.
「行ったか?」
「はい」
「さて,作戦を変える.彼らが敵をひきつけている間にハインを狙う」
「了解」
「了解」
フェルケルは人の気配を感じてドアを開ける.部屋の奥で女性が足を斜めに揃えて豪華な椅子に腰掛けている.
「ようこそ.私は十坐の第10番アイカ.あなたの名前は?」
「10番か.ということは君が一番弱い訳だ」
フェルケルはアイカに歩み寄る.確実に殺せる射程距離まで近づく.
「へえ,なら私に勝てると?君が?フフ…」
「とっとと終わらせる.裏征!」
フェルケルは剣を抜き.炎を纏った剣から炎が振りまかれる.アイカの体は炎に包まれて,爆炎が上がった.
「何だ終わりか.戦いの空気じゃなかった」
「悪い手」
「!」
右を向いたフェルケルの左腕をアイカが掴む.フェルケルは即座に剣でアイカを刺す.アイカは姿が消え,フェルケルは自らの左腕に剣を刺していた.
「ツッ…馬鹿な」
フェルケルは剣を抜き,地面に刺し,魔法で左腕の袖に撒いてあるベルトを解いて傷の上に巻きつける.
「(痛覚が表に出る前に奴を片付ける.しかしどういうことだ…)」
「あなたは重大な勘違いをしている」
音の発信源が不明な声がフェルケルの全方位から聞こえる.フェルケルは右手で剣を掴む.
「私が十坐最弱と思っているようだけど,それは違う.あくまで戦闘能力が10人の中で最も低いだけ.そして同時に,能力の汎用性は十坐で最高に位置する.弱いわけではない」
「続けろ10番」
「…恐ろしさを理解するにはおつむが足りないようね.私が裏征をしたところはあなたは見た.しかし,あなたはもう覚えていない」
「何?」
フェルケルは背後からナイフで突かれ,全身が麻痺して倒れる.フェルケルの意識が消える.
「私の裏魔法は催眠術.あなたを私の僕にしてあげるわ.さあ,あなたの仲間の能力を全て教えて貰わないとね.その後でかつての仲間と存分に戦わせてあげるからね.フフ…」
アイカはフェルケルを仰向けにして,意識を眠らせたまま喋らせ,可能な限りの情報を引き出した.その後,フェルケルを起こして左手を治療する.
「すまないアイカ.俺が未熟なばかりに」
「いいのよ,仲間だもの.もっと頼ってくれてもいいのよ」
「それじゃ申し訳ない.今から八三を倒してくる.奴らにはまだ俺がスパイだって分かっていない.その隙を突けば,どんな奴だろうと葬れる.ただ一度限りで1人が限度だろうが…」
「それじゃあエコールを葬ってくれる?彼は最も危険(私の裏魔法では分が悪い)」
「任せろ.それじゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい」
アイカは手を振ってフェルケルを見送る.
「おーい」
フェルケルは橋の上からエコールとソヴェリアを見つけて手を振る.2人はそれに気付き,フェルケルは浮かびつつ降りてくる.
「どうだった?誰かと交戦したか?」
エコールは事務的な口調でフェルケルに尋ねる.
「いや,こっちはまだ.そっちは?」
「いや,まだだ.敵はどこにいるか分かるか?」
「いや,分からない.ただ,あっちの方は居なかったから,この方向に進めば遭遇するかと」
「そうか.なら先を急ごう.君はどうする?」
「2人についていくよ.後ろは任せてくれ」
「……」
「じゃあよろしく」
3人は通路を通り,奥の間へ向かう.壁に穴があき,上の階が見える.瓦礫が上の階へのちょうどいい足場になっている.エコールは瓦礫の上に立ち,上の階に上ろうと両手で床を掴む.その瞬間,フェルケルは剣を抜き,エコールに切りかかる.直後にソヴェリアの杖の先から出た衝撃波でバランスを崩して横に転がり,膝をついて起き上がる.
「おかしいと思った」
ソヴェリアは右腕を水平に伸ばして杖の先をフェルケルに向ける.
「フェルケル…何を…」
エコールは両手を離して瓦礫から降りる.
「知らない女の匂いがした.敵に寝返ったと見るべき」
「甘くていい匂いがしたと思ってたんだが,そういうことか」
「う,うう….俺は何を…,ぐああ…」
「エコー,あなたは狙われている.下がっていて」
「うう…」
「白々しい演技はやめにしたらどうなの?」
「フン,俺が操られているとは考えないようだな」
「……」
「バレたら仕方が無い.お前から順に処理してやる.焼き尽くせ,裏征!」
剣が炎に包まれ,背中に炎の翼が生える.
「…裏征」
ソヴェリアの足元に水がゴボゴボと発生する.
フェルケルは剣を振り,炎を鞭のように扱いソヴェリアに襲い掛かる.ソヴェリアは正面に水の壁を作り出し,フェルケル目掛けて進める.炎は水の壁に押しつぶされて消え,フェルケルは水に流され炎の翼も消え,地面に叩きつけられた.ソヴェリアは跳び上がり,フェルケルの両腕両足と腰の上に光のU字杭を打ちつける.杭に刻まれたの呪詛でフェルケルの魔力が封じられる.フェルケルは左手で剣を掴み,効果の及ばない剣の先から炎を出そうとするが,ソヴェリアはフェルケルの左手を踵で踏み,ぐりぐりと踏みつけて剣を離させた.
「やったか?」
「やってない.敵と接触したようだから引き出さなければ…」
「裏切ったのか?それとも操られているのか?」
「調べるから少し待ってて」
エコールは周囲にバリアを発生させた.ソヴェリアはフェルケルの下に魔法陣を呼び出し,上に水球を発生させる.ソヴェリアが水球に手をかざすと表面が波打つ.水球表面の所々の点に波が当たり跳ね返る.
「認識を狂わせられた類の痕跡がある.一度深い眠りに落として整えさせなければ解けそうに無い」
「つまり,裏切ったわけではないんだな.匂いが発動トリガーか?…仕方ない一時離脱しよう」
ソヴェリアは魔法陣と水球を消し,指を鳴らしてフェルケルを眠らせる.エコールはフェルケルを背負って扉を開けて床に置く.エコールとソヴェリアは見張り,フェルケルが寝ている間守る.




