両親③
母マリアーヌ視点 → クランガウンド視点
滅多に家に寄りつかなくなった息子から速達で手紙が届いたのは昨日の事。
手紙には一言。
『明日帰宅します』
……あの子が帰ってくる何て……珍しい事もあるものね。嵐でも来るのかしら?
……まさか、恋人を連れてきたりして…………ふふっ、ありえないわね。
あの子を恐れない女性なんているのかしら?
私だって夫の相貌に慣れるのに半年もかかったのに、あの子は夫の3割増し凶悪な顔をしているのよ。遺伝の力はなんて恐ろしいのかしら……。
クランの母であるマリアーヌと父ガイアスは政略結婚であった。
結婚当初、マリアーヌはよくガイアスと目を合わせては恐ろしさのあまりぶっ倒れていた。
ガイアスはそれを見て女性とはこうもか弱い生き物なのかと唖然とし、大切にしなければと決意。真綿で包むように丁寧に丁寧に接し愛した。
その結果、マリアーヌはガイアスの優しさに触れ、次第に愛するようになり、3人の子供にも恵まれた。
1番上と2番目はマリアーヌに似て、3番目はガイアスに似た。
クランガウンドが生まれた時、目が夫にそっくりで笑みが溢れたが、成長するにつれてどんどん凶悪さが増していき……笑えなくなった。
いえ、私自身は決して嫌ってもいないし、恐ろしいと思ってもないのよ?
ただ……何でこんなに凶悪な顔になったのかしらと思っただけなの。
夫と私の子なら、もう少しオブラートに包んだような顔立ちになるはずが……。
現実には、何人も血祭りにあげてきたような凶悪な顔立ち。
えっ?……私のせい?
それとも突然変異?
まぁ、どっちにしても私の子だもの。性格は良い方だし、幸せになってほしいわ。
ーー奇跡が起こらないかしら?
思い悩むマリアーヌだったが、その日の午後、奇跡は起こった。
*************
「クランガウンド、只今戻りました。」
「あぁ、帰ったの………か…」
クランに目を向けた父は硬直し、母は手に持っていたティーカップを落とし、真っ白なテーブルクロスに染みが広がっていく。
普通ならば、即座に反応するはずのメイドも、クランの腕の中で微睡む美しい少女から目をそらすことができず動けない。
ーー違和感が半端ない。
微睡む美少女と凶悪な野獣
(テルモアを除く)部屋の中にいた者は思った。
『どこから攫ってきたのか?……』と。
どう見ても10歳くらいにしか見えないその少女は、何とも愛らしい顔をしていてその寝顔はとても幸せそうだ。
そんなマーナの幸せそうな表情とは対象に、両親は顔はみるみる真っ青になっていく。
「クランガウンド……お前、とうとう犯罪を!!!?」
「どういう意味だっ!!」
何を勘違いしたのか怒鳴りつけてくる父。
しかも、とうとうって何だ。
俺がいつかは犯罪を犯すような言い方ではないか。真面目な善良国民なのに、失敬な。
「ま、まぁまぁ…落ち着きなさいな、2人共。クランはここに座りなさい。」
母に促され両親の向かいのソファーにゆっくりと腰掛ける。
「それで……この少女はいったい何者なのですか?あまりの可愛さに連れ去って来た……何てことはありませんわね?」
おいこらっ
息子に何てこと言うのだ。
「この者は、私の婚約者です。」
「やはり攫って来たのか!?」
「やはりとは何ですか!!私がそんな犯罪を犯すとでも思っているのですか?!」
両親の目はウロウロと彷徨っている。
ーー思っているのですね?
思わず眉間に皺が寄る。
「そ、そんな怖い顔で睨むな。失神してしまいそうになるではないか。ほんのちょびっと、そんなこともあるかも……と、思っただけだ。儂はお前を信じておるぞっ!ガハハハッ」
……嘘つけ、クソ親父。
「クラン。貴方はこの少女のことを婚約者だと仰いましたが、この娘は婚約のことをきちんと納得しているのですか?……貴方が強引に事に及んだのではないでしょうね?」
実の子に対して酷い言い草である。
この両親の中で、俺という存在はいったいどのような人物だと思われているのだろうか?
しばらく会わないうちに、クランガウンドの評価がドン底まで落ちていたことに頭を悩ませる。
「母上。マーナは私を愛してくれています。それと、マーナはすでに成人しております。」
「「何と!成人しておるのか?!」」
「結婚式は20日後。陛下にも許可を頂きました。」
「「は、20日後?!」」
「はい」
驚愕する両親にしれっと言い放ったクラン。
ーー3人の間に沈黙が流れる。
不思議なものだ。
こんなに騒いでいてもマーナは起きない。以外と豪胆なのかもしれないとクランは苦笑を漏らす。白くきめの細かい頬を撫でていると甘い気持ちがふつふつと湧き上がりキスしたい衝動に駆られる。
ここに両親がいなければ思う存分キスするのに……と考えまたもや苦笑する。
「んっ……んぅ……」
僅かに身じろいだマーナ。
その瞳は薄っすらと開いていた。
「マーナ…?起きたのか?」
あぁ、可愛いマーナ。キスしたい。
その僅かに開いている口に舌を捩じ込み、思う存分舐めまわしたい。と妄想を膨らませていると、突然小さな腕が首に絡みつき弱々しい力で身体を引き寄せられ、唇に柔らかいものが押し当てられていた。
ーーマーナが俺にキスしている?
クランの口内を動き回る甘い舌。
動きは拙いが、愛を感じるキス。
ぴちゃぴちゃと静まり返った部屋に響く卑猥な水音。
両親がいることも忘れマーナの愛撫に答えるように夢中で舌を絡ませてしまった。
マーナのキスはなんて甘いんだ。
どんどん溺れてしまう。
どのくらいキスしていたのか。
マーナに唇をぺろりと舐められたクランはビクッと体を揺らした。
俺の野獣が起きてしまいそうだ。
これはマズイ。
マズイというのに、マーナはクランの首に顔を埋め、首にキスを落としている。
ーーそして、
「……クラン様、愛してます。」
ぽつりと呟いた言葉に父は目を見張り、母はぽかんとした表情から一転キラキラとした満面の笑みを見せた。
クランはというと、野獣が完璧に目覚め、暴れ出そうと布を押し上げ収拾がつかなくなっていた。
冷汗が流れる。
だが、マーナからの愛の言葉はいつ聞いても嬉しい。
心臓が高鳴る。
俺も愛しているぞ、マーナ!
野獣をどうにかしないといけないと焦りつつも、口元がニヤニヤしてしまうのを止められない。
「あぁ、ごほんごほん。」
はっと我に帰り父を見ると、いい加減にしろと言いたげな視線を向けられた。が、父の口元もニマニマしている。
父の咳払いを聞き、マーナは寝ぼけ眼でキョロキョロ室内を見回している。
マーナの肩をトントンと指で叩き、両親の方へと視線を誘導する。
「……マーナ、俺の両親だ。」
目が覚めたのか、大きな瞳をさらに大きく見開き固まった後、慌てたようにクランの膝から逃げ出し背筋をピンと伸ばした。
何かを言いたそうに口を動かすが、なかなか言葉にならないようだ。
あーとか、うーとか聞こえてくる。
わたわたする姿も可愛いなと思いながらデレデレしていると
ーー突然、爆弾を投下された。
「は、初めまして!!私はマーナと言います!!クランガウンド様を私にくだしゃいっ?!!!」
言うや否やマーナは身を屈め悶絶している。舌を噛んだらしい。
クランは硬直し、父はガハハハと豪快に笑い、母も淑女らしからぬ大声で笑い出した。
母の背後にいたテルモアは笑いを押し殺している。
「信じられませんでしたが、本当にこの子を好いておるのですね。貴女とても性格良さそうですし気に入りましたわ。……それにしても。テルモアったら、もっと早くに教えて下さいな。」
「申し訳ありません、奥様。クランガウンド様がご自身でお伝えするまで黙っていてくれ、と言われましたので。」
「まぁいいわ。それより、マーナと言いましたわね?舌を噛んだようですけど、大丈夫ですの?」
「ふぁい…おかぁしゃま。いらいでしゅが、らいじょうぶでしゅ。」(痛いですが大丈夫です)
両手で口元を押さえ、涙目で見上げるマーナ。母は、マーナのあまりの可愛さにぷるぷると身悶え思わず力いっぱい抱きしめてしまった。
「あぁっ、何て可愛いのマーナ!!」
マーナの小さな頭は母の豊満なバストに容赦なく押さえつけられた。バタバタと動かしていた手足が次第に動かなくなっていく。
母の背後にいたテルモアがいち早く気づき、慌てだした。
「奥様っ、手をお離し下さい!」
テルモアの焦った声を聞き我に返ったクランが見たのは、ピクピクと痙攣しているマーナの姿だった。
「マ、マーナ!!?」
母からマーナを引き剥がし奪い取ると、ゴホゴホと咳き込む小さな背中に手を添え、大丈夫か?と言いながら優しく摩る。
「母上、マーナを殺す気ですか!?」
「だって、マーナがあまりにも可愛いものだから……ごめんなさいね。」
確かにマーナは可愛いが、やりすぎだ。
「くぁんしゃま~…」
縋りついてくるマーナを優しく抱きとめ、目から溢れる涙を唇で吸い取る。舌足らずな話し方に懐かしさを覚える。
「マーナ、大丈夫か?」
「くぁんしゃま、しらがいらいでしゅ。」(舌が痛いです)
噛んだ所を見せるように、涙目で舌を突き出すマーナはとても淫靡で邪な気持ちが沸き起こる。
舐めておけば治ると言いながら顔を寄せようとしたクランだったが、そこを敏感に感じとった父にすかさず阻止された。
「この娘が可愛いのは分かるが、そういう行為は、この屋敷を去ってからにしなさい。」
「…………はい、父上。」
「マーナ、クランガウンドを頼んだぞ。其方以外に此奴を幸せにできる者はおるまい。儂に似て無骨な男だが、見放さないでやってくれ。」
それには同意見だ、父上。
マーナ以外、俺を幸せにできる者はいない。
うんうんと頷くクラン。
「ふぁいっ、おとうしゃま!あいがとごじゃいましゅ。」(ありがとうございます)
おとうしゃまと呼ばれた父は、鋭い目を細めた。
一見すると怒っているように見える相貌だが、マーナにはきちんと微笑んでいるのが分かるだろう。怖がる様子も見せず微笑み返している。
「良かったですねマーナ様。」
「ちぇうもあ、あいがと。」
照れて顔を赤くしているマーナに、テルモアはクスクス笑う。
「父上、母上、結婚式まで間がないのでこれにてお暇させていただきます。」
いつものようにマーナを片腕に抱えそそくさと退散しようとするクランに、母は寂しそうな表情を浮かべる。
「まぁ、もう帰ってしまうの?残念ね。式には必ず行くわ。マーナの花嫁衣装、是非見たいもの。」
「クランガウンド。この娘……マーナを、大事にするのだぞ。」
「分かっております父上。必ずやマーナを幸せにします。」
「くぁんしゃま。わらしも、くぁんしゃまをしあわしぇにしましゅ。」(幸せにします)
小声でそう告げたマーナはクランの腕の中でもじもじしながら顔を赤く染めている。
それがまた可愛らしく、一時静まっていた俺の野獣がのそっと起きた。
……………ヤバい。
長いコートで前を隠し、早歩きで屋敷の廊下を駆け抜ける。
「みなしゃん、あいがと~!」
すれ違う使用人達に笑顔で挨拶をするマーナに対して、デレデレ鼻の下を伸ばす若い男共。
俺のマーナに手を出すなと殺気のこもった目でギロリと睨むと、ひぃー!と声をあげ逃げ去った。
馬車に乗り込むと、治療と称してマーナに舌を出すようにお願い……という名の強要をした。
クランが何をするのか悟ったマーナは、
「ちぇうもあがいうのに!きしゅらめぇ!」
と、抵抗する。
「お気になさらず。夫婦仲が良いことは良いことですわ。」
ほほほっと笑うテルモア。
「ほら、テルモアもこう言っている。大丈夫だ。」
何が大丈夫なのかと問いたげな視線で睨むマーナに、少し舐めるだけだと告げて多少強引に……しかし、痛みを与えないように舌を絡めていく。
それから、帰宅するまでの間ずっとマーナの舌を味わい尽くしたクランだった。




