準備
ーー2日前、クランとマーナは婚約した。
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朝早く仕事に出かけたはずのクランから、今から屋敷へ戻ると先触れがあったのが半刻前。
まだクランが帰るまで時間があると判断したマーナは、ずっと言えずにいたことをテルモア打ち明けようと決意し、退室しようとしたテルモアを引き止めた。
「テルモアさん。聞いてほしいことがあるの。」
「マーナ様。マーナ様はもうクランガウンド様の婚約者様でございます。さんはもういりませんわ。テルモアとお呼びくださいませ。」
戸惑いながらも、了承し頷いた。
「では……テルモア。」
「はい、何でございましょう。」
「実は。わ、私は……私の身体は、子ができないだろうと…昔、医師に言われた、の……。」
そういうことにしようと、婚約した日にクランと2人で話し合った。
この世界に来て、親身になりいろんなことを教えてくれる優しいテルモアに母の面影を重ねていたマーナ。
魔物云々の事はふせるとしても、体のことはどうしても伝えておきたかった。
婚約した日から、テルモアに告げなければならないと思い悩んでいたマーナは、やっと言えたという安堵よりも、もしかしたら嫌われるかもという恐怖に体を震わせた。
「マーナ様、私には子供が2人おります。ヨルバとソンリといいます。どちらも男の子ですが……私の子ではありません。
あの子達は、孤児院から引き取り育てました。
私も……子ができなかったのでございます。」
「テルモアも、子が………?」
「マーナ様、世には子を望んでいても恵まれなかった女子は珍しくありません。
…とはいえ、子は天よりの授かりものといいますし、まだ諦めてはなりませんよ。
ふふふっ。クランガウンド様に存分に甘えなされませ。あ、でも、甘えすぎると朝まで離してもらえないかもしれませんね。抱き潰される前にきちんと断ることも大事ですよ。マーナ様とクランガウンド様では体格が違いすぎますから、私は心配でなりません。」
クランに抱かれる自分を想像してしまい、カッと羞恥に顔を赤く染める。思わず瞳に溜まっていた涙が引っ込んでしまった。
それを見てテルモアが笑う。
「クラン様にいっぱい甘えるわ。そして、クラン様にも私に甘えることを覚えてもらうわ。 ……それに、断ることも…頑張らなきゃ。」
なるべく断るわ。と言いながら、たぶんクランに望まれれば断ることができないだろうと想像し、最後はもごもごと言葉を濁す。
テルモアは小さな溜息をつき、ほどほどにと笑った。
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テルモアと2人で笑いあっていると、部屋の扉がバァンッ!と激しい音をたて開くと同時に帰宅の合図である鈴の音が鳴り響く。
……と、扉の留め金が1つ取れたわね。
テルモアからノックくらいして下さいとお小言を言われつつ、クランは走ってきたのだろう、少し息を弾ませ入室し、マーナの両手を握る。
「マーナ、結婚式は20日後だ。」
「…………は?」
「え?」
最初はテルモア。後がマーナの発言である。
呆気になる私達にクランは再び、結婚式は20日後だと告げる。
昨日テルモアに聞いた話では、
クランは最短で式を挙げることを希望している。だが、結婚式を最短で行うとしても2〜3ヶ月はかかるだろうことを聞いていたが。
……え?…20日後?
それに慌てたのはテルモアだった。
「ぉ、お待ち下さい、クランガウンド様!それでは式までに準備が満足に整いません!」
「テルモア、頼む。俺は早くマーナの全てを俺のものにしてしまいたくてたまらんだ。」
無理矢理休みを貰い、陛下の許可も貰った。許せ。と懇願するクランに呆れながらもテルモアはすぐ折れた。
というのも、2人の様子を常日頃から観察するように見ていたテルモアは、婚約する前からこの2人は絶対結ばれる!という自信があり、言われるまでもなく早々に準備を始めていたからだ。
「実は、私の独断で結婚式の準備を始めておりました。料理や給仕、警護につきましては伝手を頼れば必要な人数は集まるかと。招待客への招待状の作成は済んでおります。……ですが、20日後となるとマーナ様の結婚式用の衣装が…間に合わない可能性が…。」
「間に合わせろ。ただし、露出は極力避けるように伝えてくれ。料金に糸目はつけない。」
クランに最高の結婚式にしようと額に口付けを落とされ微笑まれる。
2人の会話についていけなかったマーナは、ただぽかんと見つめた。
クランと結婚式……20日後……俺のものにしてしまいたい?
お、俺のもの、に………?
ぽんっ!と火が出たんじゃないかと思うくらい顔が熱くなる。
激しい羞恥に頭が混乱し、何も考えず、私もクラン様を大切にします!と意味の分からないことを大声で口走っていた。
……私、今、何言った?
何を言ったか思い出す前に目の前の人物に唇を塞がれ強く抱きしめられ、下唇、上唇、歯列を順に満遍なく舐められ、最後には舌を絡め吸われ甘い声で喘ぐ。
キスの合間に煽らないでくれ、我慢できなくなりそうだと囁かれるが、マーナの耳には届いていなかった。
あまりの気持ち良さに、…もう、どうなってもいいかも…などと考えていると、背後からごほんっと咳が聞こえ、テルモアがいたことを思い出し慌ててクランから離れた。が、
ーー腰が抜けた。
羞恥に瞳が潤む。
テルモアの前でキスしないでよ、恥ずかしいじゃない!
涙目になりながらむぅ〜と上目遣いでクランを睨むと、ひょいと片手で抱え上げられ、俺以外にそんな可愛い顔を見せないでくれと言われた。
……は?…可愛い?
マーナは本気でクランに眼科を勧めた。
「マーナ、これから俺の両親に逢いに行く。」
「…ぇっ、今からですか?」
テルモアにいつもと違う綺麗なドレスを用意され、普段はあまりしない化粧も薄く施されていた。
なぜだろうと思ったが、テルモアに思いを打ち明ける方に全ての思考がが向いていたため、すっかり忘れてしまっていた。
……この為だったのね。
「テルモア、行く準備はできているな?」
「はい、できております。」
「では、行こう。」
片手に抱えられた状態で待機していた馬車へと乗り込んだ。




