告白②
ーーマーナが語る話は、正直信じられなかった。
だが、彼女が嘘をついたことは今までない。
だから、真実なのだろう。
いや、嘘でもいいとクランは思っていた。
マーナが俺の隣にいて笑ってくれたら、それでいいと。
手放したくない。愛しているんだ。
ーー話を続けるマーナの体温を感じながら、震える声に耳を傾けた。
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廣瀬タエには、両親と2つ年上の姉がいた。
父は普通のサラリーマン。
母は主婦で、週3回パートに出掛けている。
2つ年上の姉は愛嬌のある美人さんだ。
タエはどこにでもいるような、ごくごく平凡な女の子。
勉強は中の下。
スポーツは少し苦手。
料理と掃除はまあまあ好き。
といった具合だ。
平々凡々な日常を送っていた高校1年の時、帰宅途中で下腹部に違和感を感じた。お腹をさすりながら、生理かな?と安直に考え放置した。
その数日後、腹部がぽっこり膨らみ制服のスカートが入らなくなり焦った。
うえ〜、何で!?
「え!?ヤバい、太った?」
台所にいる母に、どうしようスカートが入らない!と走って言いに行こうとしたが、ふいに襲った下腹部の突き刺さるような痛みに呻き声をあげ蹲り、そのまま気を失った。
寝ぼけまなこで起きてきた姉の悲鳴で両親は異常事態に気付き、慌てて救急車を呼び病院へと駆け込んだ。
タエが目を覚ました時、ベッドサイドで泣く両親と姉。そして少し後ろには医師と看護師がいた。
母が涙を溢れさせながら、私の手を両手で祈るように握りしめ、嗚咽を漏らす声で告げられた。
「……タエ、聞いて頂戴。あなたの命は手術で助かったわ。………だけど、子供が産めない身体になってしまった。………子宮に悪い腫瘍ができていて手術してとらなければいけなかったの。………タエ。そんな身体に産んでしまった母を……許して……。許して頂戴。うぅっ…」
父は泣き崩れた母の肩にそっと手を置き「君のせいじゃない」と囁く。
姉は、言葉が出ない様子で滂沱の涙を流している。
ーー子供が産めない。
……信じたくなかった。
母はいつも、
「あなた達を産めて良かった。お母さんは幸せだわ。」
「お父さんのような優しい人と結婚するのよ。」
「あなた達をもいつか子供を産むんだからね!私達に可愛い孫を見せて頂戴。」
と言い、私もいつか父のような素敵な旦那様と結婚し、家庭を持つことを望んでいた。
父、母、姉を順に見て考える。
確かに、子供が産めないということにはかなりのショックを受けた。
だが、命が助かっただけでも良かったのではないかとタエは思う。
号泣する母の手を握り返すタエは、穏やかな表情をしていた。
「子供が産めないのは残念だわ。私、お母さんのような母親になりたかったの。でも、絶対お母さんのせいじゃない。私はお母さんの子に生まれてきて良かった。幸せよ、私。」
子供ならお姉ちゃんがいっぱい産んでくれるわよ。とあどけなく笑うと、涙を拭った姉が、私に任せなさい!と腰に手を当てて威張るような返事が返ってきて、ふふっと微笑んだ。
ーー本当は悲しかった。だけど、素敵な家族に恵まれて、タエは幸せだった。
高校生といえば、思春期真っ只中。
たまに告白されることもあったタエだったが、すぐ断った。
なぜなら、異性に対しての好きという感情がよくわからなかったから。
友達からは、付き合ってみなくちゃわからないわよ!と言われることもしばしばだが、何とも思わない人と付き合っていいのか。相手に対して失礼ではないのか。とタエは悩んだ。
ある日の夕方、学校帰りに声をかけられ告白された。
「付き合ってくれないか。」
突然の告白に驚きつつ、見たことがある人だなと思った。ん〜、誰だったかな?
あ、そうだ。1つ上の陸上部の先輩だ。長身でカッコイイと友達が言っていた気がする。
でも、噂によると同じ陸上部のマネージャーと付き合っていたはずだ。
それなのに、なぜ?
困惑するタエだったが、すぐ断りを入れた。
「ごめんなさい。」
先輩はイライラした様子見せ、舌打ちされた。
え?……舌打ち?
「何だよ、人が折角告白してやってるのに、めんどくせーなぁ、お前。最近あいつヤらせてくれないしなぁ〜。お前、あれだろ?手術して子供産めないんだろ?なら、中出しし放題じゃないか。女として役立たずなんだからケチケチすんな、ヤらせろよ。」
目の前が真っ暗になった。
ーーいま、この人何って言った?
というか、なんで知ってるの?
どこで聞いたの?
誰から聞いたの?
もしかして、今まで告白してきた男性は私の身体のことを知っていて告白してきたの…?
ただの性欲処理の道具にしようと?
ーー子供が産めない
ーー中出しし放題
ーー役立たず
タエは、陸上部の先輩を思いっきり突き飛ばし、我が家まで全力疾走した。
突き刺ささった言葉が心を抉って痛かった。
布団を被り、大声で泣いた。
両親も姉も一向に部屋から出てこないタエを心配し、部屋の前でウロウロしていたが「お願い、今は1人にして。」と大声で拒絶した。
ーーこの事がきっかけで、私は男性不信になった。
それでもタエは、いつかは結婚することを夢見ていた。
こんな私でも、いいと言ってくれる人はきっとどこかにいるはずだと信じていたが、タエの男運はゼロではないのかと疑問を抱くほど悲惨だった。
「子供が産めないから、結婚しても意味がない。」
「子供できないの?ラッキー!俺子供いらないし、やりたい放題だね。じゃ、セフレになろっか。」
「俺、結婚してるんだけど、子供が産めないなら丁度いい。愛人になれよ。」
こんな男しかいないの!?タエは頭を抱え、自分の男運のなさに絶句。
もう、溜息しかでなかった。
30歳になり友達の誘いで参加した合コンで知り合った人に好きだと告白された。
その人は警備会社で働く3つ年上の男性で優しそうだなというのが第一印象。友達からならと交際を受けた。
付き合って1ヶ月。
彼は紳士だった。
この人なら大丈夫ではないかと思っていた矢先、居酒屋の帰り道で少し酔っ払った彼に強引にホテルへ連れ込まれそうになり、必死で抵抗した。
何でさせてくれないんだ。と言う彼にタエはどうしようかと迷いながら、今まであったことや身体のことを告げた。
この話をして、もしも自分を受け入れてもらえたなら、嬉しさのあまりこのままホテルへ入ってしまったかもしれない。
だが、彼の口からは想像だにしなかった言葉が返ってきた。
「何だ。中古ならまだしも、欠陥品かよ。」
ーー欠陥品
男なんて、いなくなってしまえばいい!
と考えてしまうほど、タエは男に絶望した。
それ以後、見合いを進めてくる親や、知り合いを紹介しようとする友人がいたが、タエは丁重にお断りして、独り身を貫いた。




