告白①
ーープロポーズの返事をする前に、私はクラン様に話さなければならないことがあります。
クランの一世一代の告白後、屋敷にもどるまでの道中、無言で俯き深く考え込んでいたマーナは、屋敷に着くなりクランにそう言い放つと、私の部屋まで来て下さいと強引に手繋ぎ歩きだした。
心配そうに後ろで見守っていたテルモアに「クラン様に大事な話があるの。後は自分でするから大丈夫。だから休んでいて」と言って下がってもらった。
プロポーズの返事をもらえずソファーで意気消沈しているクランに紅茶を淹れ差し出すと、マーナは少し間隔を空けて隣に座ろうとした。が、それを目敏く見ていたクランに瞬時に横抱きにされた。
あわあわするマーナだったが、離さないとばかりに頭を胸に押さえつけられると、次第にとくんとくんと聞こえてくる心臓の鼓動に安心感を覚え、自然と凭れかかった。
「…話とは何だ?」
「…………私の、過去の話。」
クランが驚きで目を見開く。
とうとうこの日がやってきた……。
嫌われたくない…だけど…
「………イカれた女だと思われても仕方のない話を、今からしなくちゃ、ならない。……でも、本当の話だから聞いてほしい。」
縋りつき身体を震わせると、頭上で少しホッとしたような溜息が聞こえた。
「……今まで、マーナの出自について一切問わなかったのは、マーナの口から直接聞きたかったからだ。いつか、話してくれる……と思い待っていた。」
でもまさか、プロポーズの返事の前だとは思わなかったがな。もう少し早く言ってくれると思っていた。と苦笑するクラン。
「……うん。クラン様が待っていてくれてるって分かってたけど………私に、勇気がなかったの。………嫌われたく、なくて。」
「!?……嫌うものか!!俺はマーナを、」
「クラン様。今からする話をし終わった後、あなたに好かれる自信が、私にはないの。……ないのよ。」
強い口調で言葉を遮ったマーナは、涙を浮かべた顔をクランの見せたくなくて、広い胸に顔を埋めた。
小さく鼻をすすったマーナは、小さな声でポツリとクランに問う。
「クラン様、ザンクトガレン大陸の神話を御存知ですか?」
「………神話ってあれか?神が遣わした大精霊によって大地は造られ、その大地から精霊や動物が生まれ、やがては我々人族や、獣人やエルフや魔族が生まれた。という話か?」
「……えぇ。」
「…それが、どうかしたのか?」
「……その大精霊。……私なんです。」
***********
ーー私は、孤独だった。
何もない大地にぽつんと降り立ったマーニャ。
だだっ広い土地をただひたすら見つめ、神から与えられた仕事(神の力を宿した木を植えること)を一心不乱に行った。
何年も。
何十年も。
何百年も。
休むことなく、ただ木を植え続ける毎日。
感情などありはしなかった。
緑が広がっていく様子を眺めても、何も思わなかった。
ーー約3000年くらい経った頃。
感情の欠片もみられないマーニャの周りには、いつの間にか精霊や小さな動物が集まるようになっていた。
擦り寄る動物から、時々『母様』と念話が聞こえてくるが意味がわからず無視した。
その後、何千年もの間大陸中を飛び回り、ひたすら木を植え続けていると、二足歩行する動物が見られるようになった。
やがて、耳の尖った者や黒い翼をもつ者が見受けられるようになるが、この時のマーニャにとっては横目でチラリと見て通り過ぎるくらい、どうでもいいことだった。
ーー使命だけしか頭になかった。
マーニャが自分の力がだんだんと衰えてきていると感じ始めたある日、いつもと様子の違う精霊が多いことに気付いた。
誘導されるように着いて行った先にあったのは、枯れかかった老木。
見事な桃色の花を咲かせていた木は、花などなく葉は枯れ落ち、大きな幹を傾け今にも根元から倒れてしまいそうだった。
老木に近づくと、神力がほぼなくなった状態であることが分かり、それと同時にこの老木が、自分が1番最初に植えた木であることを知った。
ーーこの時、始めてマーニャに感情が生まれた。
私は、この木を助けたい。
……枯れてほしくない。
………生かしたい!
すぐに神力を注ぐことに全力を尽くしたマーニャだったが、思っていたよりも自分の力が衰えていたことに愕然とした。
力を注ぎ出して数日後、とうとう神力が枯渇したのか、身体に力が入らずぺたりと座り込む。
ぐらんぐらんする頭を無理矢理起こし老木を見上げると、持ちなおすくらいには力を注げたようで、次々と芽が出ているのが見てとれた。
ーー助けられたのかな…?
……だんだんと意識が遠のく。
力の入らなくなった身体を静かに大地に横たえると、マーニャは満足した顔を浮かべ永遠の眠りについた。
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クランの瞳は、信じられないと訴えている。
……それもそうだろう。
自分も当事者でなければ、頭がおかしくなったイカれたやつだと感じてしまう。
ーーだが、まだ話終わりじゃない。
……話すのが……怖い。
震わせる身体を抑えつつ、マーナは深呼吸を1つすると更に話を続けた……。




