興奮
ーー俺と結婚してくれ
………そう聞こえた気がした。
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馬車の中。
舞踏会場を出たマーナは、クランに抱きつき離れなかった。
酔っぱらい男のことは、確かに怖かったし、腕を引っ張られたことで痛い思いもした。
だが、マーナにとってはクランが放ったあの言葉の方が重要で、体の痛みも気にならなかった。
何度も何度も頭の中を反芻する言葉。
ーー俺のマーナ。
………本当?
いや、聞き間違いかもしれないけれど。でも、本当だったとしたら嬉しい。本当に嬉しい。
でも、本当に聞き間違っていたら凄く恥ずかしい。穴があったら入って、一生出たくないくらいに恥ずかしい。
クランの胸の鼓動を感じながら、テラスでのことを思い出していた。
(怒ったところなんて、今日初めて見た。怒るとクランの瞳って紅くなるのね、知らなかったわ。紅い瞳も綺麗だったな。)
今まで、不機嫌になることはしばしばあったが、今日みたいに瞳を紅く染め怒りを露わにするとこはなかった。
いつものクランは…
「マーナよく頑張ったな」と優しく頭を撫でてくれたり。
「マーナは歩くのが遅いな。これでは日が暮れてしまう」と、ひょいっと片腕で持ち上げたり。
「転ばないように」と歩く時は体をピタっと寄せてきたり。
いつも優しく過保護なクラン。
しかし、今日のクランは違った。
月明かりに照らされたクランの瞳はギラギラと紅く染まり、激怒しているのだとすぐに分かった。
私が傷つけられたことに対して怒ってくれたの?
頭にふわりと口付けを落とされ、たまらない気持ちになる。
クランが好き。
大好き。愛してる。
「…マーナ、すまない。君を1人にするべきではなかった。」
クランが悲痛な声で囁く。
ううん、そんなことはいいの。
それよりも、あの言葉は本当なの?
できれば、もう一度聞きたい。
私は、あなたのマーナ…で、いてもいい?
言葉に出そうと思うが上手くいかず、しどろもどろになってしまった。
心臓の音が凄く早い。
聞きたい、けど怖い。
ゆっくり息を吸い込み、覚悟を決めてクランを見上げた。
「……ク、クラン様。」
「どうした、マーナ?」
見上げるとすぐに額に口付けが降ってきて、恥ずかしさですぐに顔が赤くなった。
いや、赤くなっている場合じゃない!
頑張れ、私!
「あ、あの…!さ、さっき…」
「さっき?」
「…お、俺のマーナって!!」
「…!?」
クランの瞳は驚きで見開かれている。
(あ、瞳が黒色に戻ってるわ。)
お互いに瞳を絡め見つめ合うことしばし。
クランに突然、ガっと強い力で肩を掴まれた。
ピリッとくる肩の痛みを受けとめていると予想もしなかった言葉が聞こえてきた。
「マーナ!俺と結婚してくれ!!」
え?
マーナの頭の中は、驚愕のあまり真っ白になっていた。
…え?……いま何て言った?
結婚。……と、言わなかった?
………誰と?
………え?私、と?
………も、もしかして。プ、プロポーズ?
クランの熱い視線を放心状態で受けとめていたマーナだったが、しばらくして停止していた思考が動き出した。
クランって私のこと好きだったの?
私は、大好きなんだけど。
えっ?
本当に?冗談とかではなくて?
どど、どうしよう。嬉しすぎる。
ちょっと、私の心臓よ。お願いだから静かにして。
心臓壊れちゃうからっ!
嬉しさのあまり目の奥が熱くなり、みるみる瞳の縁から水が溢れ出す。
「い、嫌……なのか?」
そんな訳がない。
クラン、嬉しい。私も好き。
早く好きだと伝えたいのに、体が硬直し、いうことを聞いてくれない。
体が小さく震え、口を一生懸命パクパクさせるが声が出ない。
もどかしい。
好きだと伝えたら、クランは喜んでくれるだろうか?
喜んでくれるよね?
は、早く伝え……な、きゃ。
興奮している頭の隅で、神様の声が聞こえた気がした。
『マーニャ。君が伴侶を見つけた時、その伴侶に必ずあの事を告げなければならない。もし、それを拒絶されたら……君の願いは叶えられない。』
ーーチャンスは1度だけだよ。
興奮していた体が一気に冷めていった。




