怒り①
ーー翌朝。マーナはベッドの上で昨日あった事を思い出し身悶えていた。
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クランのリードはとても巧みだった。
緊張し、ぎこちなく踊っていたマーナだったが、だんだんと楽しくなり最後には大胆なターンを笑顔で決めていた。
その様子を見ていた周りの人は、マーナの太陽のような笑顔に見惚れ、相好を崩す者が続出。その中には邪な思いを抱く者がいた。
ーーだが、マーナが大胆なターンを優雅に決めたその裏では……
クランは、マーナの視線が自分に外れたのを見計らい、野生の勘で不埒者に狙いを定め、悪鬼のような形相で無言の威嚇を放つ。
そして、音楽がピークに達しようとしていたその時、楽しそうな笑い声に混じり、悲鳴を上げてバタバタと倒れる者が数名いたのだが、酔っぱらって倒れたのだと勘違いされた…。
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クランとのダンスがあまりにも楽しくて、2回も踊ってしまったマーナだったが、靴擦れをおこしてしまい、手当てのため、クランに連れられてテラスへと移動することにした。
「マーナ。手当てするから、ここに座っていてくれ。いま救護の者から道具を借りてくる。」
颯爽と去るクランの背を見送り、マーナは疲れた体を椅子に寄りかけ痛みを与える靴を脱いだ。
(痛い。踊り過ぎたわね。…クラン様、踊っている姿も素敵だったなぁ。また、一緒にダンス踊ってくれるかしら。)
クランを想いながら、夜空に浮かぶまん丸の月を見上げ、靴擦れのできた足をぷらぷらさせる。
コトン…
背後で聞こえた小さな音。
クラン様が戻ってきたのかな。と振り返るとそこには、ワインを手に持った小太りの男がいた。酔っぱらっているのか、覚束ない足取りでフラフラしながらこっちにやってくる。
露わになっていた素足をドレスで覆い隠した。警戒し小太りの男を見る。
「おやぁ~?…こ、こんなところに、ヒック……小さな天使がいるぞぉ?グフフっ…ヒック…迷子かのぉ?…よし、ワシが可愛がってやろう、こっちにこい。」
お酒の匂いをプンプンさせ、手招きされる。
(やだっ、気持ち悪い。お願いクラン様、早く帰ってきて。)
首を振り拒否の姿勢を示すマーナに、小太りの男はイライラし声を荒げる。
「おいっ!ワシが、早く、来いと、言っているだろう!…ヒック…このワシが、わざわざ、声をかけてやっているというのに…ヒック…」
フラフラしながら瞳をギラつかせる男。その瞳には怒りの色が見てとれ、マーナは怯え肩を震わせた。
「クラン…さま…」
「あぁ?…何ぞ言ったか?」
「ひっ…………」
恐怖で声が出ない。
「ちっ…イライラさせる女だ。来いと言ったらさっさと来い!」
「きゃあ!」
膝を抱え怯えていたマーナは、腕を強く引っ張られたことでバランスを崩し、椅子から転げ落ちた。
「うぅ……」
体を強かに打ちつけ呻き声を上げると、鈍臭い女だ。と吐き捨てるような声が男から漏れ聞こえてきた。
目の奥がじ〜んと熱くなり、眼球の上を薄っすら涙が覆う。
ガシャンっ……
「貴様………俺のマーナに何をしている。」
ーー凍えるような怒りを孕んだ声が静かなテラスに響いた。




