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手紙

クランガウンド視点 →兄ゼガル視点







ーー頬に当てられた柔らかい感触。






な、何が起こった…?




マーナが頬をピンク色に染め、恥ずかしそうにクランからゆっくりと距離をとろうとするのを、スローモーションのように感じながら、ほんの少し前に起こったことを思い出そうとしていた。


(俺は、彼女に触れようとしたゼガル兄上の手を叩き落とし、彼女は、マーナは、笑顔でお帰りなさいと…で、俺はいつものように頭を撫でようとしたら何故か手を避けられて。服を引っ張られ、マーナの顔が近付いてきて、頬に、き、キスを、キスを……)



ーーマーナが俺にキス…



状況を思い出し顔がどんどん赤くなるのが分かった。が、褐色の肌なのでよく見なければ分からないレベルであろう。

だが、それに気づいた者が若干2名いた。


テルモアとゼガルだ。



「あらあら、まぁまぁ~」

ほほほほっと口に手を当て微笑むテルモア。


「へぇ~、ほぉ~」

と顎を撫でながら、クランの赤く緩んでいく顔をガン見するゼガル。



マーナは、体を寄せ気遣わしげにクランを見上げているが、まだ気が動転しているため気づいていない。



硬直から我に返りマーナを視界に捉える。


(あ…)


すると、身長差があるため上から見下ろす形になり、クランの位置からはドレスの胸元が丸見えになっていた。

襟は開きの控えめな上品なドレスとはいえ、上から見ればーー


豊満ではないが、白く滑らかな谷間に視線が釘付けになる。

自然とゴクリと喉が鳴った。



ーーあ、マズイ。



マーナを半ば押しのけるようにしてサッっと立ち上がる。


前屈みなのは、情けないことに別の部分も立ってしまったからだ。

…どことは言えないが。



どうしたの?と困惑気味に目を瞬かせるマーナから、クランは目を逸らし遠くを見つめた。

彼女を本能の赴くまま襲ってしまいそうだ。静まれ、静まるんだ!




「クラン様…?」


戸惑いと悲しさを含む声にハッっとマーナを見ると、少し潤んだ瞳と視線がぶつかり理性は崩壊の一途を辿っていく。


「な、何だ?」

声が裏返りそうになる。


「今日、テルモアに教わったんです。親しい者や尊敬に値する方や家族などには特別な挨拶があり、それは普通なのだと。」


「特別な挨拶…?」


「お帰りなさいのキスは挨拶…です、よね?」


違うんですか?と言いたげな目を向けるマーナ。


確かに、頬へのキスは割と日常的な挨拶である。だが、クランはこの挨拶をほとんど受けたことがない。


この凶悪な面と痣を持っているからだ。


女は悲鳴を上げて逃げ惑い、男でさえ、声をかけただけで青ざめ気絶する者もいる。


クランは、笑顔を向けられるのも慣れていない。ましてや、キスなど皆無に等しい。


さて、どうしたら良いか…。

と、考えて見たが選択肢などない。


今ここで、マーナからの挨拶のキスに難色を示すと、今後してくれなくなる確率は跳ね上がるだろう。




ーー駄目だ。それだけは避けなければならない。



慣れない挨拶に覚悟を決めた。


「そうだな、キスは挨拶だ。マーナ、ただいま。」



微妙に開いた距離を埋めるようにマーナの体を引き寄せ、胸元に意識を向けないよう配慮しながら、羽のようなキスを返した。




***********






キスをされた時の、弟のあの緩みきった顔といったら…



ククククク…




改めて、ラブラブカップルのような雰囲気を撒き散らす2人を見る。



プルプルと口から溢れ出しそうな笑いを肩を震わせながら耐えていたゼガルだったが、とうとう我慢できずに「ぶはっ」と声を上げて吹き出してしまった。


ゼガルの声に反応し、3人の視線が突き刺さる。


クランは不愉快そうな視線を向け、わざとらしく咳払いを一つし、真面目な顔で酷い言葉を吐いた。


「ゼガル兄上、まだいたのか。」


「まだいたのか、は酷いだろう。自己紹介もまだなんだよ?クランは、彼女の可愛らしいキスで舞い上がってしまって、僕との約束を忘れてしまったのかい?」


「なっ!ま、舞い上がってなどいない。」


慌てふためくクラン。恥ずかしさを隠そうとグッと顔に力を入れているため、鬼の形相となっている。

お~、怖い怖い。


「まぁ、可愛いお嬢さんに免じて許してあげよう。……で、お嬢さん。自己紹介をしても良いかな?今までの話で分かっただろうけど、僕はクランの4歳上の2番目の兄だよ。ゼガル・ラ・フロバールだ。よろしくね。」


クランの腕から離れ、綺麗な動作でお辞儀をする少女は、やはり見惚れるくらい美しい。


「挨拶が遅れて申し訳ありません。クラン様のお宅でご厄介にやっております、マーナと申します。よろしくお願いいたします。」


挨拶も完璧だ。どこに出しても恥ずかしくないくらい優雅で気品を兼ね備えている。





ーーこの様子では、大丈夫だな。




「あ、そうだ!クラン。ビュンダー兄上からお手紙を預かっていたのを忘れていたよ。はい、これ。」


僕の手にある手紙に訝しげな目を向けるクランは「どうせ、ビュンダー兄上は、碌でもないことを企んでいるのではないですか?」と言葉を溢した。


『正解ーーーー!!』


と、言いたいのをなんとか我慢した。うん、僕、頑張った。



ビュンダー兄上も、クランが隠している仔猫のことは知っているが、仕事が忙しくなかなか会う機会もない。

というわけで、クランが断れない状況を作りだし『仔猫ちゃんと、なんとしても会うぞ!』作戦を決行することとなった。


作戦はこうだ。


ベナンザール王国の第2王子セラン様の側近を務めているビュンダー兄上は、1ヶ月後に行われるセラン王子の『10歳のお誕生をお祝いしよう』という主旨の舞踏会にクランを呼びつけてしまおうと、考えている。


だが、普通に呼び出しては仮病を使って断られる。


そこで…


普段からセラン王子に兄弟の話をしていたビュンダーは「セラン様。少し前から我が弟クランが恋をしているようでございます。何でも自身の屋敷で大切に囲っているらしいのですが、大変美しい娘だそうですよ。」

と、興味を持たせるように仕向け、見事に興味を持ったセラン王子は「ほぉ、あのクランが恋を。…では、2ヶ月後にある舞踏会に、その娘と一緒に参加させようではないか。」とセラン王子は10歳とは思えないほど大人びた笑顔を見せたという。



ゼガルは、ビュンダー兄上の手紙と、王族(・・)からの手紙の両方を、クランに手渡した。


手紙を読み終え顔色を変えたクランを見て、笑いがまたこみ上げできそうになる。


マーナはこれから、ドレスやら舞踏会の作法やらの勉強で大変になるだろうけど、ね。

ま、大丈夫でしょう!






ーー舞踏会、楽しみだね。ビュンダー兄上!





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