教育
ーーテルモアの厳しい教育に必死に耐えること1ヶ月。
少しづつだが言葉を理解できるようになり、分かったことがある。
ずっと「クラン」と呼んでいた彼の本当の名前が、クランガウンド・ラ・フロバールであること。
そして、公爵家の三男であること。
更には、このベナンザール王国で恐れられている竜騎士団長だということを知った。
それを聞いた私は、首を傾げながら彼の姿を思い浮かべた。
確かに、切れ長の三白眼の瞳には、少し怖い印象を受けるが、よく見ると精悍な部類の顔立ちに勇ましい身体。
顔の右半分を覆っている竜騎士の証である炎のような痣には何やら悪い噂があるらしいのだが、噂はあくまで噂でしかない。
クランが恐れられている理由が分からなかった。
出会った時から優しいクラン。
ーー恐れる理由が、私にはない。
クランと会話が成立するようになってきたことを嬉しく思っていた私は、彼のことをもっと知りたい。と、強く感じるようになっていた。
ある日の午後、部屋でいつものように窓際にある小さなテーブルでテルモアに教えを受けていると、ふと、馬の鳴き声が聞こえてきたような気がして窓の外に視線を向ける。
すると、屋敷の門の前にいつの間に戻ってきたのか、見慣れた馬車が停まっていた。
(あ、クラン様帰ったのかしら?)
と考えていると、リィ~ンと鈴の音が鳴る。
珍しく、前触れもなく帰ってきたのだ。
慌てて出迎えに行こうと椅子から腰を浮かせた時、部屋のドアがバンッ!と、勢いよく開けられた。
「クラン!!君が囲っている可愛い仔猫ちゃんがいるのはこの部屋かい?」
大きな声と共に入ってきたのは、40代くらいのクランに少し似た顔立ちの男性だった。
突然現れた侵入者に私は呆然としたが、すぐ意識を回復させ、マジマジと観察する。
クランより頭一つ分背が低く、身体つきはやや丸い。鍛えていないのだろう下腹が少しぽっこり出ている。
髪の色はクランと同じ黒髪だが、瞳の色は黒ではなく緑色をしていた。
チラリとテルモアを見たが、慌てた様子を見せず、優雅にお茶の用意をしているところを見ると、この男性はフロバール家と関係がある人物かもしれない。と思っていると目が合い、早足で目の前まで近付いてきた。
「おっ!君が仔猫ちゃんだねっ!?いやぁ〜!思ってた以上に可愛いねぇ〜君。それに小さいねぇ〜。あ、そうだ!おじさん、飴ちゃん持ってるんだ。飴ちゃんいる?美味しいよ?」
どこか大阪のおばちゃんを思い出させるセリフにふふふと笑みを溢すと、目の前の男性もパッと笑顔になる。
「おや、笑った顔はもっと可愛いねぇ〜。お嬢さん、おじさんと一緒にお茶しようか。」
と、笑みを浮かべる男性は私の肩へ手を回そうとするが、その手は、男性の背後に立っていたクランによって、ベシッっと叩き落とされ阻止された。
「そこまでだ、兄上。今日は、彼女を紹介するだけとの約束であったはずだ。」
不機嫌さを隠そうともせず、しかめ面でそう吐き捨てるクランに、兄上と呼ばれた男性は「肩くらい、別にいいじゃないか。減るもんでもあるまいし。」と叩かれた手を摩り、大げさに肩を竦めた。
「クラン様!」
クランの姿を視界に捉え笑顔になる私に、いつもの笑顔を見せるクランを見て、今日テルモアに教わったことをふと思い出していた。
『マーナ様。これは普通のことなのですよ。』
これは普通。普通のこと。テルモアが言うんだから、普通なのよ!と心の中で呟き、すぅ〜と空気を吸い込んだ私は、勇気を振り絞って実行にうつした。
いつものように身を屈め頭を撫でようとしたクランの手をかわし「お帰りなさい。クラン様」と笑顔で軽く背伸びしながら、クランの服を引っ張り……
「ちゅっ」
ーークランの頬に音を立ててキスをした。
テレモア → テルモア に変更しました。




