お粥
「くあん?」
クランの姿を見て、一目散に駆け寄ろうとし、ハッと立ち止まり体を見下ろした。
ドレスを着ていることを思い出したのだ。
子供じゃないんだから。と自分を叱咤し、ゆっくり優雅に歩きながらクランに近寄った。
ドレスの裾を摘み丁寧にお辞儀をすると、クランは見開いていた目を細め、無言で見つめてくる。
無言の眼差しにどうして良いか分からず、しばらく2人で見つめ合った。
(このドレス、もしかして似合わなかったかな?)と心配になる心を抑え、勇気を出して「くあん?」と名を呟く私。
クランはまだ無言だが、私にゆっくり近づくと、右手を下から掬うように優しく掴み、床に膝をつけた。
「マーナ、とても綺麗だ」
手の甲に僅かに触れた温かい感触に、私は一瞬で顔を赤くし、胸を高鳴らせた。
ーーどうしよう。ドキドキしすぎて、心臓が壊れそう。
背後ではテルモアが、あらあらまぁまぁ~と口元に手を当て、微笑んでいる。
クランにのみ意識を向けていた私は、テルモアの存在をすっかり忘れてしまっていた。
ごめん、テルモアさん。と心の中で謝っておく。
「クランガウンド様、昼食のご用意が出来ております。マーナ様は昨日の夕飯も朝食も召し上がっておりませんでしたので、軽めのお食事をお作りしてあります。」
「ありがとう、テルモア。」
2人の会話に耳を傾ける。が、やはり言葉の分からない自分に苛立ちを覚え、言葉の勉強をしなければ!と決意を新たにした。
クランにエスコートされ、連れられてきたのは陽当たりの良いテラスだった。
テラスには数段の階段が設けられており、下には一面の芝生。その一角には花壇があり、色とりどりの花を咲かせている。
『うわぁ!素敵なお庭!』
と、思わず声が漏れた。
「マーナ、こっちにおいで。」
クランに声をかけられ視線を向けると、大きなテーブルいっぱいに置かれた様々な料理の数々。
(ええぇ!?これ、誰が食べるの!?)
驚愕し意識を飛ばしていると、いつの間にかクランに誘導され椅子に座らされていた。
あ、あれ?いつの間に…
「マーナ様は、こちらの料理をどうぞ。」
私の前に、コトンと置かれたお粥っぽい料理。
(あ、これお粥かな?美味しそう。)
料理に目を輝かせていると、クランが食べてもいいよ。というように手で合図してくる。
クランが食べ始めたのを見て、ゆっくり手を合わせ『頂きます。』と小さく囁き、器に添えてあった木の匙で、息を吹きかけながら食べた。
(美味しい…。)
七草粥のような優しい味わいにため息が漏れ、絶妙な塩加減に舌鼓をうつ。
味わいながら食べていると、クランがいろんな料理を勧めてくる。
果物は食べたいが、お肉は遠慮したい。胸やけしそうだ。
果物だけ受け取った私を見て、それだけで足りるのか?と訝しげな表情を浮かべる。
(いやいや、そんなに食べられないし。)
クランの目の前にあった料理に目を移すと、いっぱいあった料理は次々と空になっており、さらには、漫画に出てきたような、骨つきの香ばしい匂いを漂わせるお肉が、デンッ!とクランの前に置かれる。
(また来た!!っていうか、まだ食べるの?!)
驚きをあらわにしている私に、何を勘違いしたのか、かぶりつこうとした手を止め、食べたいのか?と視線を送られた。
私は、首をブンブンと横に振る。
……うん、こちらの人達はみんな体が大きいから、きっと食べる量も違うのよ。きっとそうだわ。と自分を納得させたところでハッとする。
(でも、待って。私はこの人達から見ると明らかに小さいけど、いったい何歳に見られているのかしら?………う〜ん、やっぱり考えても分からないわね……でも、15歳ってことにしよう、うん。)
お粥を食べ終え、食後のデザートを頬張りながら、考えを切り替えて、クランに言葉の勉強をしたいと、伝えることにした。
「くあん。」名を告げた後は、身振り手振り説明すること15分後。
なんとか分かってもらえたのか、クランはテルモアを指差し「テルモアに教わるといい。」と微かに微笑みながら言った。
2人の様子を見て、勉強できるんだわ!と解釈した私は、満面の笑みを送った。
ーーこうして、勉強の日々が始まるのだが。テルモアの教えは厳しく、ちょっぴり後悔した私だった。




