紅い月
相変わらず僕の仕事といえば図書館の見回りと、そのついでに返された本を戻す作業だ。ただ、今日は珍しく来客があった。
「亜星ちゃん、こんにちは」
「あら、吸血鬼さんがこんな昼間に珍しいですね〜?」
僕の最初の印象はなんて紅い女性なんだろうと思った。ただ、亜星さんの言葉から、その人が人間でないことを知った。
「今日はさ、頼みごとがあってね」
「血の提供ならば他をあたってくださいね~?」
「そうじゃないってば」
彼女は島でも珍しい、純血の吸血鬼。《紅蓮の上弦の月》(通称:《紅月》)の一族の一人で、名前はミシェル。ウェーブのかかった金髪に紅色の眼、その身に纏う服装がほとんど紅いから《緋色の淑女》と呼ばれている。
「それで、亜星さんに頼みごとって何なんです?」
「そうそう、この間ね?他の純血の吸血鬼の友達とお茶会をしたのよ」
「それで?」
「その時に、また吸血鬼狩りが流行ってるらしいっていう噂を聞いたのね」
「つまり、わたしにその真偽を調べてほしいってことですかね〜?」
「お願いできるかしら?」
「タダでは出来ませんけどね?」
勿論わかってるわよ、と彼女は持っていたバッグを漁る。
「今回はどんなモノをこのお嬢様はご所望なのかしら?」
「そうですね〜・・・本当ならば現金だとありがたいんですけれどね?」
「あ、もしかしてここの管理費?」
「大体あってます」
ほとんど亜星さんの『情報』の報酬は、この図書館の管理費に当てられる。ただでさえ今は夏。それはもうエアコンなどで出費がかさむ。
「そんなに暑いなら窓を開けたらいいじゃない?この図書館は海沿いにあるんだし」
「風は入ってくるんですけどね・・・」
「湿気は本に悪いですから〜」
じゃあ、なんで海沿いの崖なんかに図書館を建てたのだろうか。別の土地だってあるのだろうし。
「この場所が一番綺麗に星が見えるんですよね〜」
「もしかして、たったそれだけの理由でここに図書館があるんですか?」
「勿論です〜」
いくら亜星さんが星の魔法とかを使う魔術師だとはいえ、ここまでするか。
「この場所は《星野家》の所有地ですし〜、それをわたしがどう使おうと勝手だと思いませんか?」
「それに関しては、僕からは何も言わないというか、言えないんですけど」
「確か亜星ちゃん、それで親と喧嘩してなかったっけ?」
「えぇ、三日間の殺し合いを父とやりました」
さらっと恐ろしいことを口にする。確かその喧嘩に《窓口》さんが介入してことなきを得たのは僕も知ってる。っていうか、ニュースになってた。
「今はもう別にいいんですけどね〜」
「まぁでも、たまには実家に帰ってやりなよ?」
「帰ってますよ〜?勿論、父がいない日にですけれどね」
どうもこの家の親子の溝は埋まってないどころか、さらに深くなっているようだ。
「とりあえず『噂』の真偽ですけれど~」
「あ、もうわかった?」
「どうもそういう事実は見付からないので、無いようですよ?」
「そっか、ありがとう」
さすがに本当だったらミシェルさんも死活問題だったろう。事実無根で安心したようだ。
「それで、どれくらい欲しいのかな?」
「そうですね〜」
カタカタとパソコンを操作して、亜星さんは指を三本立てる。
「・・・三万?」
「一桁足りません」
「それ、本気で言ってるの?今、持ち合わせ無いんだけど・・・」
・・・ぼったくりにも程がある。というか、本気で言っているのか、冗談で言っているのか。
「亜星さん、それは相場にそぐわないです」
「・・・わかりました、ミシェルの三万で手を打ちます」
「最初からぼったくらないで、そう言ってくださいね?」
拗ねた表情の亜星さんは放っておいて僕はミシェルさんから現金を受け取って金額の確認、受付の下にある引き出しからノートを出して金額とかをメモする。
「全く、亜星ちゃんの冗談はヒヤヒヤするよ」
「吸血鬼はそんなにヒヤヒヤする場面なんかないでしょう?」
「だからといって、そういうサービスはいらないよ」
本当に僕もそう思う。心臓に悪い。ついでに言えば、依頼人の財布にも悪い。
「それでも三万でも、ちょっと高いと思うけどね?」
三万でもぼったくりだとは思ったが、ちょっとそれでは厳しいのは、会計も少しはやるようになった僕にもわかっている。
「こういう場合でしか収入がないんでしょ?」
「お恥ずかしいかぎりです」
「それでも亜星ちゃんの『情報』はどこよりも正確だからね、ちょっと高くても文句は言わないよ」
用は済んだのかじゃあねとミシェルさんは図書館を出ていった。