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没落する予定の家を継ぐ予定。

作者: くーきー

これは彼の物語。ほんのさわりだけ。


「私の次の代で、この伯爵家は没落するだろう。」


白髪の眼光するどい老紳士は言う。


「それをお前が再興するのだ。」

「それがお前を引き取った理由だ。」





___________________________________________



この魔王国は力によって支配されている。

魔族は、人間と同じ姿をしていても精神構造が違う。

人間よりも強い魔力とその感応能力が、己よりも強い者への恭順と敬愛をもたらす。

そして、力の強い者は下の者に憐憫と保護欲を掻き立てられる。結果、非常に分かりやすい上下関係、力による支配となる。

市民がいて、その上に町の顔役がいる。その上に役人がいて、領主がいる。領主が土地を治め、その上に魔王がいる。

単純なるヒエラルキー。

だが、そこに暴力はない。

そこにあるのは隣人への愛だ。


人間の国で声高に叫ばれる、隣人への愛、非暴力は、この魔王国においては自明のことだ。


孤児のマーカスは、だから辛いと感じたことはなかった。

なるほど、両親は先の人間の国との大戦で儚くなり、彼は伯爵領の孤児院で育てられた。それは不幸なことだ。

だが彼は両親との暖かい思い出がり、優しい大人達に囲まれた穏やかな生活があった。大戦は身近な不幸ではあったが、戦火は遠い話だった。戦いの辛酸はここには存在しなかった。

食事も、勉学も、人並みに与えられたし、家事の手伝いや年下の子供たちの相手など、面倒ではあるが人生を豊かにする仕事もいくつかあった。

このまま16歳の成人まで孤児院で過ごし、何か手に職をつけるために何処かに弟子入りし、独り立ちして妻を持つだろう。相手は孤児院の仲間エリーだったら言うことはなしだ。

彼の人生設計はこんなところだ。

穏やかな生活。庶民の暮らし。

しかし、それは残念ながら叶わなかった。

孤児院の石門の前に停まった一台の瀟洒な馬車によってすっかり跡形もなく壊された。



「こちらにいらっしゃい、マーカス。そしてご挨拶を。」

孤児院の理事長が穏やかな笑みを浮かべてマーカスを促した。

彼が挨拶をすると、白髪の老人は目を細めた。

「なるほど。力があるようだな。」

「はい。彼の亡くなった両親も優秀な魔導師でした。」

遠慮をしない不躾な眼は、彼が度々合う不快な一場面だ。だがそれも仕方のないことだ。力による支配が当然の魔王国で、彼は埋もれるには強すぎる魔力を持っている。

このまま成長すれば、純粋な戦闘力は貴族階級に匹敵するようになるだろう。子供であっても、孤児院の職員の中には彼を特別視し崇める者もある。

「よし、この子にしよう。」

老人はそう言い席を立った。


それから彼は自室に戻され、荷物をまとめるように指示された。

仲間たちには出て行くことだけを伝えた。

おそらくこの「力」を欲して、金持ちの家が彼を引き取るのだろうということは薄ぼんやりと理解したが、そこが商家なのか貴族なのかわからなかったし、待遇も不明だ。彼自身、仲間に伝えた以上の情報は持っていなかった。

彼は3年という少年期には決して短くない年月を過ごした孤児院を、たった一日の猶予を持って追い出された。

理事長は最後まで穏やかな微笑みを浮かべていた。

だからきっとそう悪い方向には転がるまい、彼はそう考えるよりほかなかった。


通された一室は、彼が見たこともない豪華な部屋だった。華美さはないが、優雅で上品だった。孤児院の理事長の部屋を十倍ほど広くして、何十倍か豪華にして、そこに光を纏わせたかのような部屋だった。

椅子に座るように促されたが、ほんの少しだけ躊躇した。

「そちらで少しお待ちください。今紅茶をお持ちします。」

そう言って職業婦人と思われる、黒いドレスに白いエプロンの美しい微笑みの人は退室していった。

彼がその場に少し馴れた頃、ワゴンを引いた職業婦人を引き連れてあの白髪の老人が部屋へと入ってきた。

彼が立って挨拶をすると、

「来たな。」

老人はそう言って、その白い眉毛に隠れた目を細めたまま、彼を凝視した。

彼は老人がまとう雰囲気に飲まれそうになりながら、踏みとどまった。ここでこの視線負ければまた孤児院に戻ることが出来ると頭の隅では理解しながら、しかし、その迫力に負けることを是とはしなかった。

「いい魔力だ。精緻で穏やかだな。頭も、そう悪くない。礼儀作法はまだまだだが、筋はいい。負けん気の強さはこれれからのお前を支えるに足りる。少し頑固か。」

そうして老人は言う。

「気づいているだろう。ここはマーズレイド伯爵家。お前のいた孤児院の支援者であり、ここ伯爵領の領主だ。」

わかるな、と言われ、彼は頷く。

「この家は私の次の代で没落するだろう。愚かな我が息子によって。爵位はとられまいが、魔王城に参城することは叶わなくなるかもしれん。」

「それをお前が再興するのだ。幸いなことに、私はまだまだ死ぬことはない。一から帝王学を教えてやろう。内政を学び、外交を学び、魔術を学び、己を磨け。礼儀を学び、作法を身に付け、己を律しろ。」

「それがお前のこれからの仕事だ。それが、お前を引き取った理由だ。わかるな。」


彼は孤児だった。両親は魔導師だった。

彼はこれから領主となる。貴族として己を磨き、領民を慈しみ、土地を愛する。




これは彼の始まりの章。プロローグをほんの少し過ぎたあたり。









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