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11-ⅳ)芽生えの時〜ルークの心変わり

 ローゼンたちカラヤ商店の隊商(キャラバン)は西部から船で川下りして西南部へ向かう。その船旅にレイたちも誘われた。

 貨物船の船倉には西南部へ運ぶ商品や、警備用の馬、レイたちの馬と馬車も載せている。

 川船とは言え、大船数隻と、壮観である。

 甲板(デッキ)の上で「ひゃっほー!」と子猿のように騒ぐヒカルに、カヲルが「ガキじゃないんだから、静かにしろよ」と呆れ顔で注意する。

「これが金持ちをたッくさん乗せた豪華客船だったら一儲けできるのにィ〜!」

 美夜が「くるり!」とターンをして踊る。

「そうね〜」「美夜、商魂たくましい」

 と、言う華夜と輝夜。レイが美しい顔をしかめて「強欲なだけだろ」と呆れる。その横ではモーが苦笑い。

「貨物船だから、大した内装じゃないけど勘弁してくれ」

 と、ローゼンに言われたサクは「ううん」と首を横に振り、答える。

「それよりも、大きい船だから助かるよ。小舟だと船酔いしちゃうから、わたし」

 ローゼンとサクは船から見える大河の光景を楽しむ。この日は天気も良く、気持ちの良い青空だった。

 ローゼンとサクが微笑み合っているところへ、ルークが近付いて来て言う。

「サク。話がある」

「なに? ルークさん」と、振り返り、風になびく髪を耳にかけるサク。

「サク ──」と、ルークはサクの前で片膝を突いた。

「俺は君が好きだ。俺と付き合って下さい!」

 ルークが船上でサクに告白した。

 サクもその場に居合わせた者たちも皆、驚きのあまり体が固まった。あの騎馬隊の激闘を繰り広げた満月の夜に、ローゼンがサクに「お姉ちゃんのお婿さんになって?」と言われた時のように、時間が完全に止まってしまう。

 程なく、サクが「え……」と小さく驚きの声を出すと、ほほを両手で押さえて大声を上げた。

「え──ッ!?」

 急に空模様が怪しくなった。

「あ、あり得ん……」

 と、つぶやくローゼンの背後で

 ビカッ─────!

 と電光(いなびかり)が走り、雷鳴が轟いた。雨も降り出した。

 急な雷雨で皆、慌てて船内に避難する。乗組員たちも帆をたたむと船内へ。

 誰もが予想だにしない展開に戸惑い、皆の頭の中は大混乱になる。

『な、なんで、こんな事に !?』

 と、再び、ほほを両手で押さえるサク。

『女の趣味が全然違うから、絶対に兄弟で取り合いなんて あり得ないと思っていたのに……』

 と、額を手で押さえるローゼン。

『あのバカ! よりによって、なんでサクなのよッ!』

 と、面目丸潰れと思う美夜が船内の壁に八つ当たりして無言で「ドンッ!」と蹴る。

『どうなってんだよ !? 俺、ますます影が薄くなるじゃねーかよ!』

 と、ヒカルは頭を抱えて のけぞる。

『おいおいおい。ローゼンに、ヒカルに、ルークまでやとぉ〜!? どうなっとんや、一体。サクヤに寄って来る悪い虫、増え過ぎやろォ!』

 と、頭を抱える心配性な兄のレイ。

 特に動揺の大きいこの面々は思わず、

「なんで !?」「なんでだ !?」と叫んだ。

 ルークはサクに向かって言う。

「今更だけど、俺は君の良さに気が付いたんだ」

「み、美夜お姉ちゃんの事はどうなるの? よく考えてくれるんじゃなかったの?」

 と、動揺して訊くサク。

「もちろん、よく考えたさ。その上で、美夜は違うと思ったんだ」

「ちょ、ちょっと待ちなさい、あんた! だからって、すぐにサクに乗り換えるだなんて、軽(かぁる)すぎでしょ。なァーにッ、考えてんのよォーッ!!」

 取り乱した美夜がルークの胸ぐらにつかみかかる。

「軽くはないよ。今度は真剣だよ」

「……………」

 いつもの浮ついたルークとは違う落ち着きのある眼差しに、美夜の手から力が抜けた。

「サク。返事はすぐでなくていいから、俺の事も考えてくれ」

「う、うん……」

 サクは結論を即答できず、答えを先延ばしにする返事をしたものの、ルークが言った「俺の事も」の言外(げんがい)に『兄さん』すなわち『ローゼン』の存在がある事にも気付いていない。

 そして、ルークは一度、操舵室の様子を見に行った。

「なんだか、とんでもない展開になったなぁ……」と、濡れた髪をかき上げるカヲル。

「そうねぇ……」と、頬に片手を当てる華夜。

「………」と、無言の輝夜。

「青天の霹靂だなぁ」と、モー。



『困ったなぁ……』

 割り当てられた船室の寝台に座り、サクは ため息をついた。

『ルークさんはローゼンの兄弟やきん、下手な断り方できんしぃ……。ルークさんの事で変にこじれてしもうて、お兄ちゃんとローゼンの友情にヒビが入っても嫌やなぁ……』

 ローゼンの弟なので、ルークを悪どい人間とまでは思わないが、軽い男に見えていたので、サクとしては姉の美夜を守ったつもりだったし、ルークが本気になるなら全力で応援するというのも本心だが、まさか今度は自分が “恋の標的” にされるとは思ってもみなかった。

『ほんでも、なんで、こなな事にぃ……』

 サクは頭の中が混乱したまま、思わず、寝台の上に突っ伏した。



 ルークの心変わりに激しく動揺したローゼンは、自分の船室にルークを呼んで問い質(ただ)した。

「何を考えているんだ、お前!」

 ローゼンはルークの胸ぐらをつかんで怒鳴るが、ルークは しれっとした顔で言う。

「何って、好きになったものは仕方ないだろう」

「なんだと!」

 ローゼン、ルークの胸をドンッと突き放すと、まくし立てる。

「お前はサクに相応(ふさわ)しくない! 大体、お前はだなぁ、いつも惚れっぽくて飽きっぽいんだ。これまで誰とも長続きしなかっただろう。珍しく美夜には執着し出したかと思えば、結局これだ! やっぱり信用できない!」

 負けじとルークも言い返す。

「信用できないって、それは兄さんが決める事じゃなくて、サクが決める事だ。それに、サクはまだ兄さんの物と決まったわけでもない。余計な口出しするなよ!」

 船室の壁を「ドンッ!」と殴ったローゼン、

「うるさいッ!! とにかく、サクはダメだ! 飽きっぽいお前なんぞの犠牲になって、サクが泣くところなんか、見たくないッ!」

 今度は一転、頭を抱えて暗い顔をし、泣き声になる。

「俺がサクに振られるよりも、そっちの方がよっぽど、つらいんだよ……」

「なんだよ、大袈裟だな」

 と、呆れるルークに対し、ローゼンは

「何が大袈裟だ!」

 怒鳴り返すと、

「お前はサクの事を何も分かっちゃいない。今なら、まだ引き返せる。サクがお前を好きになる前に ──」

 その後は地の底を這うような唸り声で

「引き下がれェ!」

 と、ルークに迫る。しかし、

「嫌だね。サクが好きになるのが誰かなんて、サクの自由なんだし、その時は諦めるんだな、兄さん」

 つい最近、ローゼンに言われたような事を、そっくりそのまま返すルーク。ローゼンは苦虫を嚙み潰したような顔をしたのだった。



 途中の川港で商品の入れ換えを行う。人足たちが現地の支店へ送る商品を降ろし、新しい積み荷を船に載せる。商品のチェックにローゼンも関わる。

 サクはまだ、ルークに返事はしていない。そんな中途半端な状況が続いたが、だからと言って、ローゼンが仕事の手を抜く事はないものの、仕事の合間も溜め息を吐(つ)く事が多く、今一つ覇気が無い。

「若旦那、大丈夫かねぇ?」

「まさか兄弟で一人の女を取り合いになるとはな」

「ショックだよなぁ」

 などと人足たちが噂し、心配していた。



 西南部の街に到着し、レイたちは宿を探した。

 後日、レイが当地のカラヤ商店の支店を訪れ、ルークに断りに来た。

 奥の応接室に通されたレイだったが、「お茶でも」と言うルークに「構わないでくれ」と断り、ソファーに座らず立ち話をする。そんな二人を気にして、ローゼンは扉の前で聞き耳を立てていた。

「今日はな、サクの代わりに俺が返事をしに来た。悪いが、サクとの交際は諦めてくれ」

「どうしてですか。レイさん」

「どうしてもないだろう」

 と、レイは女のような美しい顔を引きつらせた。

「ころころ気が変わるような男なんぞに、可愛い妹を近付けたがる奴がどこにいる」

「……兄さんならいいんですか」

 と、ルークは肩を落とし憮(ぶ)然(ぜん)として訊く。

「まぁな。ローゼンは仕事に対する姿勢だけじゃなく、恋愛や結婚に対しても真面目な考えを持っているからな。でなきゃ、サクと二人っきりの街歩きなんて許可しない。しかも、昼間限定だ。それでローゼンの奴は文句は言わないし、デート中に酒は飲まないと きている」

 ローゼンの人柄について真面目に語るレイ。

「今時、大したもんだよ」

 ルークの目を見て、そのように言うレイの眼光は鋭い。か弱い妹・サクを守る為、彼の眼は容赦なく人を見る。そのレイがローゼンを「大したもの」だと言い、その言外(げんがい)にはルークに対し『お前と違って』という意味がある。

 一度、視線を外し、「フンッ」と鼻息つくと、さらに、レイは言う。

「それに、サクは頭脳も体力も人よりかなり劣ると自覚してるだけに、警戒心だけは人一倍強いぞ? そんなあいつが簡単に男を好きになれるわけはないんだよ」

『サクは隙だらけに見えて、兄さんがてこずっているのは、そういう事か。だから、引く手数(あま)多(た)の、あの兄さんでさえ、“お兄ちゃん” 扱いなのか』

 レイの話で腑に落ちたルーク。しかし、今回だけは簡単に終わらせたくないので、レイにすがる。

「でも、そこをなんとか頼むよ、レイさん。一回でもいいから、サクとデートさせてくれ。こんな事は初めてなんだ。なんていうか、サクと話してたら、ここが、胸が『ぽかぽか』するんだ……」

 と、ルークは自分の胸に手を当てた。そして、拳を握り締めて言う。

「今までは女を一目見て、体中がカッと熱くなるなんて事はよくあったけど、そういうのとは全然違うんだ! 本当だ、嘘じゃない!」

「そう言われてもなぁ……」

 いつになく真剣なルークに、レイは頭に手を当てて弱った。

『こいつに こんだけ真剣に言われるとは思わなんだなぁ。ほんでも、サクにその気は無いしなぁ……』

 そこへローゼンがノックをして入って来た。

「兄さん……」と、つぶやくルークは

『邪魔をしに来たのか』と思い、眉をひそめた。

「レイ。俺からも頼むよ。ルークに一度だけデートをさせてやってくれ」

 なんと、あれだけ反対していたローゼンが取り成す。

「おいおい。正気か? お前」目を丸くするレイ。

「……………」ルークは声も出ない。

「ただし、二人っきりじゃなく、レイか、カヲルを同伴させるというのはどうだ?」

 ローゼンはそう提案をした。


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