13-ⅳ)吸引力〜厄介な者たち
この日、サクはローゼンとの街歩きだったが、いつもと違ったのは踊り子姉妹も一緒だった事だ。公演が休みだからと付いて来たのだ。
食堂で昼食を取る五人。
「悪いわね〜、ローゼン。わたしたちまで奢ってもらっちゃって」と、軽い口調の華夜。
「あたし、お代わり!」と、遠慮のない美夜。
「かたじけない。カグは途中でヒカルを見失った」と、ブスッとした輝夜。
サクとのデートを邪魔されて、ローゼンの顔は引きつっていた。
『サクとの二人っきりの時間が……! しかも、こいつら、どんだけ食うんだッ!?』
おまけに、レイやサクと血の繫がった姉妹とは思えぬ無遠慮ぶりに腹が立つやら、呆れるやら。テーブルの上には空になった皿が次々と積み上げられていく。
『踊り子の仕事でこいつら、相当 儲かってるだろ!』
その事をローゼンは知っている。
ある夜の高級酒場での話だ。たまたま地元の興行主と酌み交わす事があった。
「盛況らしいじゃないですか」
「いや〜、お蔭様で」
ローゼンに言われて、後頭部をかいて答える興行主の男。
「例の踊り子三人組の『恋愛天使』とやらも大人気と聞いてますよ。だいぶ儲かったでしょう」
ローゼンが言う『恋愛天使』とは、華夜、美夜、輝夜の事だ。
「彼女たち、人気はありますがね、ここ最近は人気が凄いだけに他と取り合いになってギャラが相当 吊り上がってて、正直な話、思うほどには儲かってないんですよ……」
と、興行主は溜め息を吐いた。
「え…、大変ですねー。差し支えなければ、いかほどか伺っても?」
「お耳を拝借。実は……」
興行主がローゼンに耳打ちした。『恋愛天使』の出演料を聞いて、ローゼンが驚く。
「えっ!? そんなに……」
「ええ……」
また溜め息を吐く興行主の顔を見ながら、ローゼンは頭の中で算盤を弾く。
『おいおい。一回の出演料が900万リルだと !? 純正金貨30枚、普通の金貨で900枚だぞ。経費を引いても充分過ぎるぐらい余るだろ』
レイやサクの質素な普段着を思い浮かべた。隣で暗く頭を抱える興行主と同じように、ローゼンも額を押さえて、沈んだ面持ちになったのだった。
目の前で料理を貪り食う三人の宝飾品で飾り立てた派手な私服を見て、憤るローゼン。
『宿代ぐらい自腹で出せよ。まだ全部レイに出させて、なに考えてんだ、あいつら。レイやサクにも少しは贅沢させろよ!』
姉たちを睨んでいるローゼンを見たサクが
『お姉ちゃんたちが あんまり厚かましいきん、お、怒っとるぅ……』
と、申し訳なく思い、
「ご、ごめんね? 食事代はお姉ちゃんたちに自分で払わせるから」
と、両手を合わせて謝る。小柄なサクが肩身の狭い思いをして、ますます小さく見える。
「い、いや、大丈夫だから。カネの心配はしなくていい」
「で、でもぉ……」
ローゼンがサクを安心させようとしていると、
「さッすが、ローゼン! 太っ腹!」
「お大尽!」
「あっぱれ!」
美夜が持ち上げた後、調子よく華夜と輝夜が続く。
「お前たちの その浅ましい根性はなんとかならんのか!」
と、怒るローゼンに、
「男がケチケチしないの!」と、美夜。
「ごめんね。お姉ちゃんたちに常識は通用しないから……」
恥ずかしそうな、申し訳なさそうな顔をするサクに、ローゼンは優しく言う。
「君が謝る事じゃない。だから、君は遠慮をするなよ?」
「そうよ〜。遠慮しちゃダメよ〜」
と、華夜が軽ぅ〜い乗りでサクとの話に割って入るので、ローゼンが一喝する。
「お前たちは黙ってろ!」
叱られても、どこ吹く風と言った感じでムシャムシャと料理を貪る踊り子三人組に、ローゼンは歯痒さを覚えつつも、あえて無視して、サクの方へ向き直る。
「ガサツで強欲なあいつらは遠慮を覚えるべきだが、君の場合は おとなしいから遠慮なんかしちゃダメだ」
と、ローゼンは真面目な顔で言うが、どさくさに紛れてサクの手を握っている。
「う、うん……」
ときめいたサクは恥ずかしそうに視線を逸らし、短く答えるので精一杯だ。
「二人共、食べないのか?」
輝夜の一言が、ローゼンとサクの甘い一時に水をさす。輝夜はヒカルとデートが出来ないので不機嫌なのだ。
「た、食べよ?」ドキドキするサク。
「そ、そうだな」残念そうなローゼン。
そんな二人を美夜が羨ましそうに見ていた。
食堂での昼食を終えた後に出向いたのは葉茶屋だ。
「こんにちは」
と、葉茶屋の女将に挨拶するローゼンの後に続いて、「こんにちは〜」と、サクたちも入る。
「いらっしゃいませ。あら? ローゼンさん」
「どうも、女将さん」
ローゼンを取り囲む美女たちを見て、女将が両手で「ぱんっ」と叩いて驚く。
「まぁ! これまた珍しい。今日は綺麗所をたくさん引き連れて!」
「あら〜、綺麗所だなんてぇ。みんな、そう言うのよね〜」と、合わせた両手を頬に当てる華夜。
「ま、綺麗だけが取り柄だから」と、手で髪をパサァッと払う美夜。
「生まれ付き」と、腰に手を当てて無愛想に輝夜。
サクは女将の社交辞令に対してと、姉たちの自惚れっぷりに対して気恥ずかしさを感じ、拳の人差し指を くちびるに当てて微苦笑している。
「こらこら、社交辞令で調子に乗るな」
と、ローゼンは踊り子三人組をたしなめると、女将に紹介する。
「彼女たちは親友の妹なんです。デカイ三名は頼まれもしないのに勝手に付いて来てしまって」
そして、サクたちに向かっては
「この店はうちの得意先だ。うちで卸した茶葉を買ってもらってるんだ」
と、説明した。
「どうです? 調子は」
ローゼンに訊かれて「お蔭様で店の経営はまずまずなんだけど」と答えた女将は
「ああ、そうだ! いいお茶っ葉があるのよ。お嬢さんたちも、ちょっと試しに飲んでみない?」
と、紅茶の試飲をさせる。
「この匂い好きぃ……」と、笑顔のサク。
「マスカットフレーバーよ」
匂いについて女将は言うと、茶袋を開いて、お茶っ葉を見せてくれる。
「これがそのお茶っ葉」
と、女将が見せてくれた茶袋の値札を見て、サクは『あ!』と、思う。
『50gで1,500リルもする。銀貨1枚と銅貨5枚分。安い物なら同じ量で600リル、銅貨6枚分なのに』
日常的ではないと思い、がっかりするサク。
「でも、高いんだぁ…。買うの、ちょっと迷うかも。庶民には手に入りにくいんですね」
「そうなのよ。美味しいお茶なんだけど、高いから誰も買ってくれなくて」
女将が頬に手を当てて困り顔をすると、美夜がティーカップを掲げて自信満々に言う。
「高級茶葉なんだから金持ちに売り付ければいいのよ! 実際の値段より、もっと、もっと、たッか〜く吹っ掛けてね」
その目付きは まさに “悪徳商人” さながらだ。
「でも、それじゃあ、一般のお客さんに、この茶葉の良さを知ってもらえないわ。わたしはこのお茶の美味しさを広く みんなに知って欲しいのよ」
女将の話を聞いて、ローゼンが腕組みして「フーン……」と鼻息ついて、しばらく考え込むと、こう言った。
「じゃあ、セット販売するというのは、どうだろう」
「セット販売?」と、女将。
ローゼンが手指を使いながら説明する。
「例えば、高い物だけで5袋と、安い物だけで5袋だと値段に大きな差が出る。でも、高い物を1つと安い物4つを組み合わせると、安い物だけの5袋よりも少し値は上がるが、手に入りにくい値段ではなくなる。うちで良くやってる売り方なんだが、応用できないかな?」
「あ! なるほど。高い茶葉は少量で売ればいいわけね」
と、合点がいった女将は自分の店に合った販売方法として応用する。
「じゃあ、安い茶葉をいつもの大袋で、それに小袋の高い茶葉を付けて販売するってのもいいわ。これなら、お客さんも買いやすいし、こっちの採算も取れそう」
「高いお茶だしぃ、量も少ないわけだから、家にお客さんが来た時とかぁ、週末に頑張ったご褒美として飲みたいかもぉ〜」
サクが「にこぉ〜」と笑って言った何気ない感想を聞いて、女将が思い付く。
「それ、いいねぇ。『来客用』と『週末ご褒美に』って、お客さんに提案してみよう」
茶袋を買って葉茶屋を出たローゼンたち。
踊り子三人組はローゼンとサクの後ろを歩く。
「公演の休憩や待ち時間に淹れよっか?」
「うむ。こっちの高いのは休日用に飲む」
大きめの茶袋を持つ華夜と、小さい茶袋を持つ輝夜。当然、ローゼンの奢りである。
「良かったね。女将さん喜んでくれて」
「そうだな」
微笑み合うサクとローゼン。美夜がローゼンの横に並び、納得いかない顔で言う。
「金持ち相手に高く吹っ掛けてやった方がガッポリ儲かるのに!」
すると、ローゼンが
「たくさん儲けるだけが商売じゃない。お前は少し人の気持ちに寄り添う事をサクから学んだ方がいいな」
などと説教するので、美夜は「フン!」とソッポを向いた。そんな美夜にローゼンは呆れたように「フーン」と鼻息を吐く。
『美夜は自分が得をする事しか考えていない。そういう所がこいつの一番困った所だ』
ローゼンには美夜の欠点が見えているが、当の美夜は自覚があるのかないのか、あったところで直す気がないのか、焼き餅を焼いているばかりで面白くない。
『何よ! サクばっかり褒めて !!』
美夜がローゼンを好きでも、ローゼンは美夜とは反りが合わないと感じている。
『サクと結婚したら、美夜が俺の足を引っ張るだろう。美夜に厳しい態度を取ったり、冷たく突き放す事は容易いが、そうする事でサクが悲しむ恐れもある。同情しやすいサクを巧く説得できないと結婚生活が破綻するかもな』
と、危惧するのは、図々しくもサクと結婚できる気でいるからだ。
サクはサクで美夜の心配をする。
『そんなんでは、ローゼンへの印象が悪うなるばっかりやわ……』
ローゼンと美夜の方を見るサク。
『もし、ローゼンの恋愛が旨い事いかなんだら、美夜お姉ちゃんに御鉢が回って来ると思いよったのにぃ……』
と、自分を恋愛対象外な人間だと思っているサクは、自分がローゼンを奪うという思考が無い。美夜と違い、我慢の多かった身ゆえ、なんでも我慢する事が当たり前になっている。
『姉妹が迷惑をかけていると気に病んでるな』
浮かぬ顔をするサクを見て、そう思うローゼンは笑顔で話しかける。
「サク。次は君の好きな雑貨屋巡りをしようか?」
「うん……」
と、無理をして少しだけ笑顔を作るサク。
『悪い雰囲気を変えようとしよる。なんか、ローゼンに気ぃ遣わせてばっかりやなぁ』
と、申し訳なく思うからだった。
後ろを歩く華夜と輝夜が前を歩く三人を見て思う。
『難しい三角関係ね〜。サクは鈍いし、ローゼンはサクにしか興味がないし。そんなローゼンを美夜が好きって……誰一人、一生報われない気がするわ』
『メンドクサ……』
華夜は苦笑いなのか、赤い唇の端を上げて微かに笑い、輝夜は仏頂面をしていた。
途中でカラヤ商店の従業員と鉢合わせになる。
「あれ? 若旦那!」
従業員の男がローゼンに声をかけた。彼はローゼンの周りにいる四人の美女たちを見て、
「どうしたんです、珍しい。今日はハーレム状態ですね」
と、呑気に笑う。これに対して、ローゼンは引きつった顔で嫌味たっぷりに答えた。
「こんなの笑えるものか。お前も気を付けろよ? 大方の綺麗な花には棘どころか毒もあるぐらいタチが悪いぞ。骨の髄までしゃぶられる」
散々たかられた後である。ローゼンの隣ではサクがおでこに指先を当てて申し訳なさそうな顔をするが、元凶の姉たちは「しれっ」とした顔をしている。
「ハハハハハ……。美女たちのお相手はお金がかかりますね〜」
と、苦笑いした従業員の男にローゼンが訊ねる。
「ところで、これから店に戻るのか?」
「はい」
「それなら、ちょうど良かった。さっき、あそこのお茶屋の女将から販売用の茶袋の注文を取って来たところだ。これが控えだ」
と、ローゼンは従業員の男にメモを渡した。
「早めに届けておいてくれ」
「かしこまりました」
メモを受け取った従業員の男は店へ戻って行った。
「そうだ。近道をしよう」
と、ローゼンが横道に入って行く。それに続くサクたち姉妹。
その横道は店舗が見当たらず、洗濯物が干されていたり、子供らが遊んでいたりと、住宅地と言った所だ。この近辺に店を構える商売人たちの住まいであるようだ。
通りを進んでいくと、人気が少なくなり、喧嘩に出くわした。男がもう一人の男の胸ぐらをつかんでいる。
口元を両手で覆って驚くサクの後ろから、華夜がローゼンに訊く。
「どうする? 止める?」
「いや、男同士の喧嘩だ。しばらく様子を見よう。下手に止めると、爆発できなかった怒りが欲求不満になって、止めに入った人間まで喧嘩に巻き込んで、ややこしくなるからな」
ローゼンにそう言われ、立ち止まって離れた所から見ていたが、よく見ると、胸ぐらをつかんでいるのは少年とも言えるような年若い男だった。
「おら、出せよ。ケチケチしてねぇでカネ出せっつってんだよ!」
どう見ても、カツアゲだった。
「なぜ、出さねばならぬ」
カツアゲされる側の男の服は絹で、指にもいくつかの指輪がある。ほぼ後ろ姿だが、首にも装飾品を付けているのが分かる。
「食べるのも精一杯な貧しい庶民に、少しは恵んでくれてもバチは当たんねぇぜ?」
「そんなに苦しいのか?」
「あ?」
「働いても食べていけないのか?」
と、カツアゲされる側の裕福な男が質問を重ねるので、イラついたカツアゲ男が裕福な男の胸ぐらから手を放し、
「ぐだぐだ言ってねぇで、さっさと出しやがれ!」
腰の短剣を抜いたので、ローゼンがサッと動いた。武芸に長けたローゼンに腕をつかまれたら最後だ。すぐにねじられて痛い目を見る。
「い、いててててててッ!」
腕に覚えがある華夜美夜、輝夜はカツアゲ男の事を『弱っ!』と思い、か弱いサクは心配して『ローゼンが怪我しませんように!』と両手を合わせて神頼みする。
カツアゲ男の手から落ちた短剣を見て、ローゼンが言う。
「食うに困る奴が持つような代物じゃないな。どうせ遊ぶカネ欲しさだろ」
「は、放せ!」
「放してもいいが、お前、これからは真面目に働け」
「う、うるせー!」
「そうか。改める気が無いなら、盗賊と同じように ──」
ローゼン、手を放して男の胸を突き飛ばすと、長剣を抜いた。
「その首、刎ねてやる!」
腰を抜かしたカツアゲ男。
「ヒッ…… !?」
剣がカツアゲ男の股間近くの地面に突き刺さる。あまりの恐ろしさに彼は失禁した。
「うわっ! お漏らししちゃって、カッコ悪ぅ〜」と、意地悪く笑う美夜を、サクがにらむ。
「武士の情け!」
「あー、はいはい」
美夜にとっては小物のサクに にらまれたところで、怖くともなんともない。『かわいそうだから、あえて、それ以上は言うな』という意の制止を、美夜は面倒臭そうに軽く聞き流す。
ローゼンがしゃがんで、まだ年若いカツアゲ男に訊く。
「怖いか」
ガクガクと震えながら うなずく男に、ローゼンは言う。
「なら、ここで、まっとうな人間になると、俺に約束しろ」
そう言われて、ガクガクとうなずく男に、ローゼンが続ける。
「約束は必ず守れ。次に会った時に、お前が足を洗っていなければ、今度こそ斬る事になるだろう。なにせ、俺は盗賊退治の『武闘派商人』だからな」
最後に、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべてやるローゼン。
男はローゼンの通り名を聞いて、顎が外れるほど大口開けたが、驚きのあまり声が出せない。しかし、心の中では大絶叫している。
『ろ、ろろろ……、ローゼン ───ッ!? 』
ローゼンは立ち上がり、長剣を鞘に納めると、短剣を男の腰の鞘に戻してやる。おまけに
「立てるか?」
と、手を貸して助け起こす。その様子を静かに見守るサクたち。
「う、う……」
年若いカツアゲ男は、とうとう泣き出した。と言うより、やっと、泣けた。怖過ぎて、逆に涙が出せなかったのだ。
「ご、ごめんなさい…。に、二度と、やりません……。うっ、う……」
うつむいて涙を拭う年若い彼に、
「よし、分かった。今日はもう真っ直ぐに家へ帰れ」
ローゼンはそう声をかけると、彼の肩を手で叩いた。彼は「は、はい……」と力無く答えて、鼻水をすすりつつトボトボと歩いて帰って行った。
『さすがに懲りたか』
と、思い、年若い男の後ろ姿を見送ったローゼン。振り返って、カツアゲされそうになっていた男の顔を見ると、今度はローゼンが驚いた。
「か、カーミル王子 !?」
それを聞いて、サクたちも驚く。
「えっ!?」と、サク。
「誰?」と、美夜。
「はて?」と、輝夜。
が、美夜と輝夜は忘れている。西南の城を去る時にしか顔を見ていないからだ。
「あら〜! お見送りの時にマフディー王子と一緒にいたイケメンの王子様ね?」
と、華夜はしっかり覚えていた。
「ハ、ハハハ……。すまんな、ローゼン」
決まり悪げに苦笑いで返すカーミル王子だった。




