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記憶の中の陰陽師  作者: 蓮水 涼
今の君に、触れるとき
9/11

第8話


「どうして私が怒ってるのか、まさか分からないとは言わないよなぁ? 華弥」

 目の前に、般若がいる。

 華弥はとりあえず、自身の首を引き千切る勢いで縦に振っておいた。


 

 ここは、病院内にある診療室の一つだ。

 今華弥の目の前にいるのは、三十代前半の白衣を着た女性で、華弥の昔馴染みであり、担当医である。

 彼女は男勝りな性格ではあるが、その見た目は世の男性の多くを虜にしても不思議ではないくらい妖艶な美を放っている。

 整えられたショートカットの黒髪や、眼鏡の奥から見える眼光の鋭さは、彼女を気の強い仕事のできる女という印象を与える。そしてその印象のとおり、彼女の医師としての腕前は多くの者が認めているところである。

 そんな彼女――平林(ひらばやし) 明日香(あすか)は、華弥と同じく妖を視る側の人間だ。

「で、せめて二ヶ月に一度は来いといった私の言葉を散々無視したおまえは、今日はどんな言い訳を聞かせてくれるんだ? ん?」

「えっと、その」

「その?」

 あまりの怖さに、ひっと息を呑む。

 意識せずとも背筋がピンと伸びた。

「い、言い訳なんて何もありません! ごめんなさい!」

 明日香は華弥が幼い頃からずっとこんな調子なのだが、いまだに彼女が怒った姿には慣れない。

「だいたいな、それはなんだ、それは」

 そう言って明日香が指を差したのは、華弥の左肩だ。言葉を喉に詰まらせた華弥は、必死にどうこの場面を切り抜けようかと頭を働かせていた。

 そんなとき助け舟を出してくれたのが、式神の織である。

「まあ許せ、明日香。これはちょっとした名誉の勲章だ」

「名誉の勲章だか燻製だか知らないが、なぜ私のところに連れて来なかったのかと聞いているんだ。おまえの役目は何だ。ぐうたら昼寝してキャットフードを食べることか?」

「キャットフード!? それではまるで猫みたいではないか!」

「そう言ってるんだよ」

「貴様っ、その口二度と聞けぬようにしてやろうか!」

「ふん、やってみろ。その場合おまえのその(ひたい)にある石を引っこ抜いてやるよ」

 その瞬間、思わずさっと前足を額に当てる織である。この女ならやりかねないと警戒心を露わにしている。

 こんなことならちゃんと明日香の言うことを聞いておけばよかったと後悔した華弥だった。



 なんとか左肩にある怪我の痕の理由を納得してもらって、華弥は本来の目的を話すことにした。

「今日は先生に、目を見てもらいたくて」

 それだけですぐに話を理解した明日香は、はぁとため息をこぼす。

「だから二ヶ月に一度は来いと言ったんだ。それの具合を見るために」

「そ、そうだったんですか」

 確かに二ヶ月に一度は来いと言われていたけれど、その理由まで聞いていなかった華弥は曖昧に頷いた。最初から理由を話してくれていればちゃんと来ていた……かもしれなかったのに、と少しだけそう思ったのは秘密だ。

「前髪を上げろ」

 指示通り手で前髪を上げると、明日香が華弥の左目を診るためにそっと触れる。

 そこには人間が本来持って生まれてくる『眼球()』はどこにもない。本当の左目は、つい三年前に失われてしまった。眼窩に在るのは精巧に作られた義眼だけだ。

「……なるほど、サイズが合わなくなったか。新しいものに変えるからちょっと待ってろ。それまでは眼帯でもしておけ」

「どれくらいでできますか?」

「二週間くらいだな」

 上げていた前髪を下ろし、明日香から手渡された眼帯を左目に着ける。

 二週間……と華弥は内心でため息を吐いた。それでは学校が春休みを終えてしまう。

 華弥の目が義眼であることを学校の人間は誰も知らない。色々と突っ込まれたら面倒だなぁと思いつつも、でも明日香の言うことを守らなかった自分が悪いと分かっている華弥は、仕方ないと割り切ることにした。

「それと、でき上がるまでは二、三回ここに通えよ。調整の必要がある」

「分かりました。じゃあ今日はありがとうございました。失礼しますね」

「ああ、ちょっと待て華弥」

 部屋を出て行こうとした華弥を、明日香が手で戻れと呼び戻す。

 不思議に思いながらも足を止めた華弥に、明日香がにこやかに言った。

「実はお前に、頼みがあるんだ」



   *



 明日香から頼み事をされた華弥は、まだ帰ることなく病院の中庭のベンチで項垂れていた。

 はあ、と肩を落とす。

 とりあえず、疲れた。

「これからはちゃんと言い付けを守ろう。やっぱり怒った先生は怖い……」

 先程のやりとりを思い出して身震いする。

 一方織は、ベンチの上で自身の尾をぺしりと叩いて怒りを発散させていた。

「あの女はなぜああも横暴なのだ。俺様を誰だと思ってやがる」

「契約の石、取るぞって言われてたね」

 その言葉に肝を冷やしたのは、実は織だけではない。たとえ冗談だと分かっていても、華弥も同じようにサッと血の気が引く思いだった。

 というより、はたして明日香に冗談というものは存在するのだろうか。きっとあれは本気だったに違いない、と華弥は確信している。

 ちなみに契約の石とは、織の額にある朱い五角形の石のことだ。

 これが華弥と織を繋いでいるものであり、これを失えば式神である織は消滅してしまう。

 逆に言えば、この契約の石さえ無事ならば、織はどんなに重傷を負っても最終的に消滅することはない。

「あの女、俺の弱点を知っているからと調子に乗りやがって……! あげくのはてにはこの俺様に命令してきやがった! 何様だあいつ」

 織が怒りに身を震わせながら歯軋りしている。よっぽどイラついたのだろう。

 明日香から頼み事という名の命令を受けたのは華弥なのだが、どうやらこの式神はそうは思わなかったらしい。

 腹の虫が収まらないのか、彼は未だに尾をぺしぺしとベンチに叩きつけていた。

 昔から、織と明日香の二人は相性が悪い。

 華弥自身は――怒られるときのことは別として――明日香のことが嫌いではない。むしろ歳の離れた姉のように思っている。

 だから織と明日香の相性が悪いというのは、華弥にとってはぜひとも改善してほしい問題なのだが、おそらく気の遠い話になりそうなので諦めることにしていた。

「さてと。先生から頼み事なんて珍しいし、早く終わらせて帰ろう、織」

「だからあれは頼み事ではない。命令だ」

「はいはい、分かったから行くよ」

 まだ収まりのつかない織を宥めて、華弥はベンチから立ち上がる。

 頭の中に、つい先ほど聞いた明日香からの依頼が蘇る。

『最近、子供の急変が多い。しかも急変するのは病院に入院している子供ばかりでな。私たちもあらゆる病の可能性を疑ったが、何も分からなかった。病でないのなら少しは()()()を疑ってみようと思って、おまえに任せることにした。というわけだから、頑張れよ』

 なんだか問題の全てを丸投げされた気分だ。

 はたして医者がそれでいいのかとも思ったが、華弥に口ごたえなどできるはずもない。

 どうしたものか、と腕を組む。

「子供の急変かぁ。どうやって調べよう?」

「とりあえずそいつらの様子を見るしかないだろう」

「それは分かってるんだけど、関係のない人間が会わせてもらえるわけないじゃない。だからどうしようかなって……」

 言いながら、けれど頭の中に一つの閃きが舞い降りる。

 ぱっと織を振り返った。そして期待の眼差しで彼を見つめる。

「ねぇ、織」

「嫌だぞ」

「……まだ何も言ってないんだけど」

「言われんでも分かる。嫌な予感しかしない」

「急変した子供たちの様子を見てきて」

「なんで俺が」

「だって織は普通の人には視えないじゃない。だから入りたい放題でしょ?」

「嫌だ面倒だ」

 頑として首を縦に振らない。おそらく明日香からの依頼というのが一番ネックになっているのだろう。

 しかしまだ死人が出ていないとはいえ、いつそれが出るか分からないのだ。早めに解決するに越したことはない。

 仕方ない、奥の手を出すか――。

「ほら、お菓子あげるから」

「なんでもかんでも俺がそれに釣られると思うなよ」

「残念だなぁ。せっかく超有名ショコラティエが作った、リキュール入りのチョコレートを手に入れたんだけど……織がいらないなら私が食べようかなぁ」

 わざとらしく語尾を上げる。

 これでこの白い猫は食い付いてくれるはずだ。なぜならリキュール入りのチョコレートは、この式神の大好物なのだから。お菓子の中でも彼は特にこれを好む。それに気づいた華弥は、いつかのためにとすでにそのチョコを用意していた。

 まあ、まさかこんなに早く出番がくるとは思っていなかったけれど。

 すると。

「……超有名?」

 狙ったとおりに白い猫が食い付いた。

 華弥はほくそ笑む。

「それはもう有名も有名よ。ネットでも美味しいって評判なんだから」

「酒が入ってるやつだよな?」

「もちろん」

 あと少し。

「家に帰ればあるよ。でも隠してあるから、これが終わったらその場所を教えてあげる」

「よし任せろ!」

 その瞬間、心の中でガッツポーズを決めた華弥である。

 織のこういうところが、かわいくてツボなのだ。

「じゃあ私は病院内の様子を見て回るから、織は急変した子供たちをお願いね」

「原因を調べればいいのだな?」

「ええ」

「ふん、すぐに終わらせてやろう」

「じゃあ終わったら家で作戦会議ね」

「ま、俺のほうがお前より早く家に着くだろうな。俺は優秀だから」

「はいはい。じゃ、よろしくね」

 そうして、二人はそれぞれ別行動を取ることにした。

 本来なら暇な休日になるはずだったのに、どこでどう間違えたのか、結局忙しなく動き回る羽目になってしまった。



   *



 織と別行動をすることになった華弥は、とりあえず当てもなく病院の中を歩き回っていた。

 これといって目ぼしいものは何も見つかっていない。

 そのとき今日初めて会ったあの少女を前方に見つけて、華弥はすぐにその姿を追った。

 どうやら看護師と一緒に病室に戻るところだったようで、「お兄さんに会えて良かったね」と言う看護師の声が聞こえてきた。おそらく見送りを済ませた後なのだろう。

 華弥は気づかれないようこっそり後をついていく。

 あの少女には、どうしても聞きたいことがあるのだ。それを聞き出すためには看護師がいなくなるタイミングを見計らわなければならない。

 だから華弥は、看護師が病室を出て行くのを見届けてから、ひょこっと病室の入口から中を覗き込んだ。

「こんにちは」

「あっ、あのときのおねえちゃん!」

 華弥に気づいた一夏が顔を綻ばせる。

 その様子になんだかこちらのほうが嬉しくなった。

「おねえちゃん、どうしたの? いちかのところにあそびにきてくれたの?」

「うん。一夏ちゃんと、もう少しお話ししたいなって」

「ほんとう!? うれしい! いちかね、あんまりおへやをでちゃいけないから、いつもつまんないの。おともだちも、たまにしかあそびにきてくれないし……」

「そっか。じゃあ今日は私が一夏ちゃんと遊ぼうかな。一緒に遊んでくれる?」

「うん!」

 華弥はベッドの横にあった椅子に腰掛ける。

 ここは一人部屋のようで、患者用のベッドは一夏が座っているベッドしかない。

 窓の近くに少しだけ作られている物置スペースには、鮮やかな花がこの白いだけの病室に色を添えている。黄色とオレンジと淡いピンクの――おそらくガーベラだろう――温かい印象を与えてくれる。

 よく見ると、それはブリザーブドフラワーだった。

 ブリザーブドフラワーとは、生花を特殊液に沈めて水分を抜いた花のことを言い、水を与えなくても長い間保存ができる花のことだ。お見舞いにはもってこいの花だろう。

 一夏が楽しそうにたくさんの絵本を枕元から引っ張り出す。その中には白雪姫にシンデレラ、人魚姫の絵本もあった。

 どの絵本にも、お姫様と王子様が必ずいた。

「こんなにたくさんの絵本があるなんて、凄いね」

「ぜんぶおにいちゃんがもってきてくれるの。いちかのおにいちゃんはね、すっっっごく! かっこいいんだよ!」

 両手をいっぱいに広げて、全身を使って表現してくれる。そんな幼い少女の姿を、可愛いなぁと素直にそう思う。

「一夏ちゃんは、お兄ちゃんが大好きなのね」

「うん、だいすき! おっきくなったら、おにいちゃんのおよめさんになるの!」

「ふふ。こんなに可愛いお嫁さんをもらえるなんて、一夏ちゃんのお兄さんは幸せ者ね。羨ましいなぁ」

「おねえちゃんは?」

「え?」

「おねえちゃんは、だれかのおよめさんにならないの?」

 純粋な瞳が華弥をじっと見つめてくる。

 その瞳に映る自分が、困ったように眉尻を下げてしまったのを華弥は見てしまった。

 なんて顔をしているのだろうと、自分自身に腹が立つ。

 すると、一夏も幼いながらに何かを感じとったのか「おねえちゃん……?」とどこか心配そうに小首を傾げていた。

 慌てて胸の前で手を振る。

「ごめんね。なんでもないの。そうね……私もいつかは、誰かのお嫁さんになれるかな?」

「なれるよ! だっておねえちゃん、びじんさんだもん! おにいちゃんがいってたよ。びじんさんは、くにのたからだって!」

「国の宝?」

「そうだよ。くにのたからはね、えっと、おとこがほうって……ほうる? あれ? おとこが……なんだっけ。わすれちゃった」

 一夏が頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。

 しかし華弥はこのとき、名も顔も知らぬこの少女の兄に若干呆れる思いだった。たった六歳の女の子になんてことを吹き込んでいるのだろう。

 国の宝という、その言葉の意図はよく分からなかったが、それでも六歳の子供に教えることとしてはあまり良いことではないような気がした。

「とにかくね、かやおねえちゃんならだいじょうぶ! いちかがおうえんしてあげる!」

 力いっぱい気持ちを伝えてくれる一夏に、胸の奥がじんと温かくなる。

 六歳の子に励まされてどうするの、となんだか情けなくなってしまった。

「ありがとう、一夏ちゃん。お礼に、私も一夏ちゃんのこと応援するよ。何かあったら言ってね。絶対、味方になってあげる」

「じゃあね、じゃあね。おともだちに、なってくれる?」

「お友達に?」

「うん! いちか、まだひとりしかおともだちがいないの。ほんとはもっとたくさんほしいんだ」

「もちろんよ。私と一夏ちゃんは友達。だからこれからよろしくね、一夏ちゃん」

 そっと頭を撫でれば、一夏は目を輝かせて喜んでくれる。

 本当に、本当に嬉しそうだった。

 無理もない。一夏はまだ六歳で、入院なんてしていなければ今頃元気よく友達と外を走り回っていてもおかしくはない年頃だ。

 華弥は一夏がなぜ入院しているのか、もちろん知らない。けれど目の前にいるこの少女が、寂しい思いをしているということだけはちゃんと感じ取っていた。

 本当は、一夏に聞きたいことがあった。

 あのとき彼女が言った『おともだち』とは誰だったのか。

 そしてそのおともだちは、なぜ華弥の名前が本当の名前ではないと知っていたのか。

 しかも、いつそれを一夏に教えたのだろう?

 華弥には一夏の言う『おともだち』の姿をあの場で見つけることはできなかった。万が一それが人ならざるモノだったとしても、華弥には()()()()()()()()

 だから本当は、それらについて聞きたかった。

 ――でも、と思う。

 今それを聞くなんて野暮なこと、誰がするだろうか。

 今は自分と友達になってほしいと言った、この可愛らしい少女と遊ぶことが最優先事項だ。 

 シンデレラの絵本を手に取って、華弥はその物語を一夏と共に楽しむことにした。



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