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記憶の中の陰陽師  作者: 蓮水 涼
失くした君に、出逢うとき
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第3話


 約束の土曜日が来て、華弥は指定された山奥の別荘を訪れていた。

 そこは撮影用に借りているらしく、本当はロケバスで一緒に連れて行ってくれるということだったが、華弥のほうから丁重に断った経緯がある。

 俳優やスタッフからの怪しむような視線から逃れたかったということもあるが――華弥がお祓いのために雇われていることを関係者全員が知っている――先に別荘内やその周囲を調査しておきたかったというのが一番の理由だ。俳優陣は夕方に現場に入るらしく、華弥は準備に勤しむ裏方スタッフたちに交じって先に現場入りしていた。

 スマホを左耳に当てながら、スタッフが行き交う別荘内を見て回る。

 リビングは二十畳以上の広さがあり、中央壁際には薪ストーブがある。ドラマの撮影をするだけあって内装は綺麗なもので、他にもキッチンや浴室、洗面所なども覗いていった。

「一階には何もいなそうね」

「ああ」

 耳に当てたスマホは、実は誰とも繋がっていない。常人には視えない織と堂々と話すために〝電話をしているふり〟をしているだけである。

「二階も今は大丈夫みたい。といっても……」

「ああ、痕跡はあるな」

 こくりと頷く。階段と和室から、同じ妖の残滓が視て取れた。

「怪我した人、階段から突き落とされたらしいわ。和室はボヤ騒ぎがあったんだって」

「これは当たりかもしれんなぁ」

 二階には和室が一室と洋室が二室ある。事件当時、和室に火の気はなかったらしい。なのに突然火の手が上がったものだから、関係者は恐怖しているのだ。

「でも肝心の妖の姿が視えないのよね」

「残滓はあるんだがなぁ。もうここにはいないのか?」

「それならいいけど、織の気配に怯えて隠れてるだけって可能性もあるんじゃない?」

「ふふん。まあ、俺様は強いからな。畏れるのも道理よ」

 見た目は白い猫が胸を張って威張る。が、残念ながら説得力は全くない。

 ただ、それを指摘すると怒るので、ここはあえて黙っておいた。猫のように愛らしい姿に自分でなっているくせに、この式神は猫を相手にするように可愛がると文句ばかり言ってきて面倒なのだ。

 とりあえず、華弥は別荘の周りも確認しようと外へ出た。

 周囲は植物や背の高い木が生い茂っていて、少しだけ斜面になっている。運動に適した靴を履いてきたとはいえ、なんとも歩きにくい場所だった。

 外にはスタッフもいないので、スマホをポケットに仕舞う。

「この付近は特に何も感じないけど、この下、なんか感じる」

「同感だ。慎重に行けよ」

 別荘からどんどん離れていき、山を下りるように下へ下へと進んでいく。先ほど感じた気配が徐々に濃くなっていくのがわかる。

 やがて獣道に出て、そこをしばらく歩いていくと、人が三人は座れそうな横に長い岩を見つけた。その近くに注連縄が転がっている。

「……これね、原因」

 華弥は頭を抱えた。

「間違いないな。ったく、どこの阿呆だ。注連縄を玩具と勘違いするとは罰当たりめ」

 織も苦虫を噛み潰したような顔になっている。こんなに表情が豊かな猫も他にはいないだろう。

「でも、なんでこんなところに注連縄が? ここは神域でもなさそうなのに」

「いや、昔はそうだったみたいだな。俺でも辿るのがやっとなほどわずかだが、神力の残滓を感じる。ざっと千年以上前か。人間に忘れ去られ力を失った神の領域ほど、妖の好むものもあるまいて」

 くく、と織が喉の奥で笑う。

「久々の当たりだぞ、華弥」

「なんで嬉しそうなの」

「当然だろう? 今や神への敬意を忘れ、自分の都合のいいときにだけ神頼みや神を信じる愚か者どもに、誰が一番偉いのかを示すときが来たんだぞ! やったれ華弥! スパッとズバッと解決して、俺たちの凄さを見せつけろ! そして人間どもに神の畏れ多さを思い出させてやるのだ!」

 はーはっはっは! と悪役もドン引き間違いなしの極悪顔で織が高らかに笑う。

 逆に華弥は、スンと冷静になった。

「私もその人間なんだけど、忘れてるんだろうなぁ」

 これ見よがしにぽそっと呟いた言葉は、悲しいことに織の耳には届かなかったようだ。


 別荘に戻ると、外からでもわかるほど先ほどよりざわついた空気を感じ取って、華弥は小首を傾げた。

 空を仰げば、太陽はいつのまにか木々の中に埋もれようとしている。どうりでだんだんと肌寒くなってきたわけである。実はあのあと、注連縄付近で妖の捜索をしていたのだが、まさかそんなに時間を食っていたとは気づきもしなかった。

(しかもまだ見つけられてないのよね)

 どうやら(くだん)の妖は、上手く隠れているらしい。

 そこで、出演者に危害を加えていることから、もしかすると人が大勢いるところに出現するかもしれないという考えに至り、別荘に戻ってきた次第である。

「あ、桜木さん!」

 自分の名字を呼ばれて、華弥は声の主を視線で捜した。岡田春樹のマネージャーである篠田が玄関から手を振っている。

「お疲れ様です。早いですね。さっそく確認してくれてたんですか?」

「お疲れ様です。はい、先に色々と見ておきたかったので。でも篠田さんがいらっしゃるということは、もしかしてもう……」

「ええ。春樹も現場入りしてますよ。それで、どうでした?」

 こそっと耳打ちするように訊ねられて、華弥は少しだけ返答に困った。妖の気配は確かに見つけたけれど、正直に「います」とも「いません」とも答えられない。

 なぜなら人は、神や妖、幽霊などの人智を超えた存在(モノ)を時に面白おかしく、時に恐れながら語るけれど、結局その存在を本当に信じていることは稀だからだ。

 今回の依頼だって、信じているから依頼したというよりは、どうにもならなくて藁にも縋る思いで依頼したのだろうなというのが透けて見えている。

(そんな人にどこまで言っていいのか……)

 いつも悩む。どう答えるのが正解なのか。それでトラブルになり、誹謗中傷を投げつけられることなんて間々あった。

「えーと、そうですね。見当はつきましたので、おそらく解決することはできると思います」

「本当ですか!? え、本当の本当に?」

「はい。本当に」

 篠田がほっと胸を撫で下ろす。この安堵の表情は本物だ。それほど今回の件には参っていたのだろう。

「ならいいんですが……。今回のドラマ、春樹が初めて主演に選ばれたんです。だからなんとしてでも成功させたくて。ぜひとも、ぜひともお願いしますね、桜木さん」

「最善を尽くします」

 力強く頷いた。そのまま一緒に別荘の中へと入っていく。

 仕事に私情を挟むのは禁物とわかっていても、華弥にとっても今回は絶対に解決したい案件なのだ。

(だって岡田春樹さんは、恭くんにとって大事な人だから)

 彼の大切な人は、なるべく守りたい。だからこの依頼も二つ返事で受けたのだ。まあ、そのせいで問題の恭也と会ってしまったのだが。

(でも、ドラマは岡田さんのピンだって聞いてたのよ。だからまさか会うなんて思わないじゃない)

 廊下を歩きながら自己嫌悪に陥って、自分を殴りたくなってきたとき。

「あ、篠田さん。やっと戻ってきた。俺、ここに座ってていいですか?」

 なんだか聞き覚えのある声が聞こえた気がして、ぎこちなくそちらに顔を向ける。

「ああ、もちろんいいよ。でもまさか恭也くんが春樹くんの演技を見たいなんてね。ふふ、春樹くんが張り切るわけだよ」

「俺がいなくても張り切れって話ですけどね」

「いつも以上に、って意味だから。それより、恭也くんは体調大丈夫なのかい? 春樹くんから寝不足だって聞いてたけど」

「あいつ……篠田さんにチクったんですね」

「まあまあ。恭也くんだって演技を見たいっていうのは方便で、本当は春樹くんが心配で来たんでしょう? お互い様だよ」

 気まずそうに顔を逸らした恭也を見て、華弥は一歩後ずさった。

「心配はいりません。もうちゃんと寝れてるんで」

「ん~、確かに。前より隈が消えてるね」

 なんで、と頭の中が疑問でいっぱいになる。ドラマは、春樹の仕事のはずだ。恭也の仕事じゃない。なのになぜ出演予定のない彼がここにいるのかと、心臓がどんどん強張っていく。

「そうなんですよ。最近は悪夢を見なくなったから、そのおかげで――」

 そのとき、目が、ばっちりと合った。

 ガタンッと、恭也が座っていた椅子を倒す勢いで立ち上がる。驚愕の瞳に見つめられて、耐えられなくなった華弥は視線を泳がせた。

 ここで反射的に逃げ出せば明らかに怪しまれると考えて、意識してゆっくりとリビングを出て行こうとした。

 が、その努力の甲斐なく、腕を後方に引っ張られる。

「あんた、あのときぶつかった奴だよな?」

 ドクン、ドクンと、鼓動が勝手に速く、大きくなっていく。不意の再会に頭がついていかなくて、わかりやすくパニックに陥った。

 手を振り解けばいいのに、相手が彼だと思うと振り解けない。

「おい、聞いてんのか?」

「ちょ、恭也っ。女の子に何してんの!」

 すると、間に入ってきた第三者の声で、恭也が反射的に手を放した。その隙に自分の手を胸元に取り戻して、顔を見られないよう俯く。

「も~、ほら。相手の子怖がってるでしょ。っていうか珍しくどうしたの? 知り合い? って、あれ? 誰かと思ったら華弥ちゃんじゃない」

「あ? 春樹のほうこそ知り合いかよ」

「知り合いっていうか、ほら、この子だよ。この前話した、お祓いしてくれる子。同い年みたいで、じゃあ『華弥ちゃん』だねって」

「……こいつが?」

 その瞬間、彼から圧を感じた。ちらりと窺えば、ものすごい剣幕でこちらを睨んでいる。気づかれないよう少しずつ後退させていた足が、思わず竦んでしまう。

(私、何かしちゃった……?)

 それまでも彼は決して友好的な態度ではなかったけれど、春樹の最後の言葉でこれまで以上に刺々しくなったような気がする。まるで、親の仇でも睨むような。

「なるほどな。なんであんな時間に一般人が事務所にいたのか不思議だったけど、そういうことか。だったら、本当はあんたに訊きたいことがあったけど、その前に言っておくことがある」

 びくっと大げさに肩を揺らす。彼の「言っておくこと」が良いことではないことくらい、子どもにだってわかる。

「お祓いだかなんだか知らねぇが、金儲けのためにみんなを騙してドラマの邪魔するんだったら、絶対許さねぇから。それだけは覚えておけ」

「ちょっと恭也!」

 春樹の叱責を無視して、彼は華弥の反応なんて待つことなく元の位置に戻っていった。

 けれど、それで良かったのかもしれない。言われたことの衝撃が強すぎて、どちらにしろ華弥は動けずにいたから。

(お金、儲け……)

 間違ってはいない。華弥は依頼をこなして生活費を工面している。

 でも、邪魔するつもりはなくて、騙すつもりもなくて。

 ただ、この依頼を引き受けたのは、守りたかったからで――。

「ごめんね、華弥ちゃん。恭也の言ったことは気にしないで。今はちょっと気が立ってるっていうのもあるし、恭也ってもともとそういうの、あんまり信じてないっていうか、毛嫌いしてるっていうか。俺も詳しくは知らないんだけど、過去になんかあったみたいでね」

「……いえ。大丈夫、です」

 そう、大丈夫だ。だってそんなこと、今までだって多くの人に言われてきた。たとえば怪奇現象だと思われた依頼が、実は怪異でもなんでもなかったとき。祓える原因がいなければ、華弥はなんの役にも立てない。そんなときに詐欺師だと罵られたことは少なくない。

(だから別に、今さら)

 今さら、誰に何を言われようと、傷つく心なんてとうに失ったはずだった。

「おい、華弥」

 常人には聞こえない織の声が耳に届く。労るような声音だった。大丈夫だと返事をするように、そっと微笑む。

 そのまま春樹にも同じ笑みを向けた。

「気を遣わせてしまって申し訳ありません。私は気にしていませんので、岡田さんも気にしないでください。それより、行かなくて大丈夫ですか? 監督が呼んでいるみたいですけど」

「え? あ、ごめんっ。じゃあ俺行くけど、恭也ね、ただ俺のことを心配してくれてるだけなんだ。だからほんと、悪く思わないで」

 それを聞いて、ああそうだろうなと思えるほど、華弥は佐野恭也という人間を知らないわけじゃない。悪く思うこともできない。

(だって私は、誰よりも――)

 そのときだった。

 妖の気配がして、慌てて思考を中断する。瞳を動かして姿を捜していると、ぐらつくスポットライトに気づいた。その下方に彼がいる。

「! ――っ危ない!!」

 考えるより先に、身体が動いていた。



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