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記憶の中の陰陽師  作者: 蓮水 涼
失くした君に、出逢うとき
3/11

第2話


(織、織、織っ)

 華弥は焦っていた。いや、というより動揺していた。

 捜していた自分の式神を見つけて問答無用で首根っこを掴み、用事を終わらせた建物から徒歩十五分の先にある駅に着くまで止まることなく走り続けたほど、気が動転していた。

 電車の中でこれほど息を切らせる人間もいないだろう。周囲からは好奇の視線を寄越された。

 けれど、それさえ気にならないくらい、華弥はつい先ほどあった出来事のことで頭がいっぱいだった。

 やっと自宅である榊神社に着くと、玄関先で膝から崩れる。

「おいおい、いったいどうしたんだ。ここに着くまで訊くのを我慢してやった俺様に、ちゃんと何があったか話せ」

 頭に肉球を押しつけられ、のそりと顔を上げる。

「……ちゃった」

「は? なんだって?」

「だから、会っちゃったの……恭くんに」

「はあ!?」

 なぜこんなことになったのか。華弥はここに至るまでの経緯を振り返る――。


 陰陽師としてひっそりと生きてきた華弥は、母が遺した榊神社を切り盛りするため、お祓いの依頼を受けて生活していた。

 昔に比べて妖が大っぴらに悪さをすることは少なくなった今の時代だが、悪さをするのは妖だけとは限らない。怨霊や生き霊などの〝人間〟だって生者を苦しめる。

 この世には、そういったモノを退治する能力を持つ者が意外と多く存在する。華弥の生家しかり、町の住職しかり。なんなら神職でも住職でもないけれど、能力は持っているという者だっている。

 だから、一人と一匹で暮らすようになってからは、華弥もフリーの陰陽師としてそういう依頼をこなしてきた。

 今日はその中でも大きめの依頼に関する打ち合わせだった。

 依頼主は大手芸能事務所で、ドラマの撮影でおかしなことばかりが起きるからなんとかしてほしいという依頼だった。

 本当は別の神社の神主にお祓いを頼んだらしいが、現場を見るなりその神主が逃げ出してしまったらしい。そのせいで余計に出演者たちが怖がってしまい、撮影はいったん中止にしているとか。

 それでも、本当に怪異が起きているのか、現場を見ないとなんとも言えないというのが華弥の考えだった。

 だから早めに『決行日』を調整するため、また匙を投げた神主の様子を当事者たちに訊くために、打ち合わせの機会を設けてもらった次第だ。

 誰が出演するドラマかは、もちろん事前に聞いて知っていた。知っていたからこそ、華弥は細心の注意を払っていたはずだった。会ってはいけない人と鉢合わせないために。打ち合わせに参加するメンバーだって最初にちゃんと確認したくらいだ。

 実際、打ち合わせには聞いたとおりのメンバーしかいなかった。

 ドラマの主演を務める岡田春樹と、彼のマネージャー、そしてドラマの監督の三人だけ。

 打ち合わせ自体も――予定より長引いてしまったが――問題なく終わった。

 だから、まさか彼がいるなんて、夢にも思っていなかったのだ。特に今日は彼のコンサートの日で、用がなければ帰宅するものだと思っていた。付いてくるなんて思ってもみなかった。

 あの曲がり角で、彼とぶつかるまでは。

『っ、すみません。大丈夫ですか?』

 目の前に彼がいると認識した瞬間、華弥の息が止まった――。


「どうしよう織! 会っちゃった。あんなに気をつけてたのに! 大丈夫よね? 一回くらいなんともないわよね?」

「落ち着け。おまえの言うとおり、たった一回で何が起きるとも思えん。だから冷静になれ」

「でも心配になるじゃない。そもそも織が勝手にどこかに行くからこんなことに……!」

「打ち合わせとやらが長いのがいかんのだろう! 退屈だったんだ!」

「仕方ないでしょ! なんか怪我人も出てるみたいな話になっちゃって、そうなってくると詳細を訊かずにはいられないじゃない。しかもこれ以上撮影を止められないからって、決行日に撮影も再開させたいって言われたら渋るのが普通でしょ? 結局断れなかったけど。それより私、変な態度取ってなかったかな。大丈夫だったかな。というよりなんでいたんだろう。いないと思ってたのに……っ」

「こらこら。そんなところでいつまでも落ち込むな。とりあえず中に入れ」

 尻尾で軽く頭を叩かれ、涙目になりながらゆっくりと起き上がる。

 頭の中では「どうしよう」という思いがぐるぐると巡っていた。

 華弥には、佐野恭也に会ってはならない理由があるのだ。

「ほら、座れ。で? 会ってどうなったんだ?」

 促されるまま和室のリビングに置いてある座布団に座ると、そのままローテーブルに額を乗せて項垂れた。

「どうもしないわ。びっくりして、頭の中が真っ白になって……。あ、でも、妖の気配が憑いてたから祓ったわね」

「なに? あいつ、なんでそんなものを引っかけとるんだ」

「うん。そっちにも驚いちゃったから、思わず目の前で祓っちゃったんだけど」

「おまえはまた……だがまあ、あいつは視えないからいいか」

「誤魔化しておいたし、たぶん大丈夫だと……思いたい」

 気がかりなのは、恭也が悲鳴みたいなものが聞こえた、と言ったことだ。

 彼に憑いている妖を祓ったとき、確かに妖が悲鳴を上げた。でも彼がそれを聞き取れるはずがないのだ。

 いや、聞き取られては困るのだ。

 でなければ、華弥が会いたくても会うのを我慢している意味がない。

 がばっと勢いよく顔を上げる。

「うん、そうね。とにかく今日のは偶然、たまたま起こったことよ。二度目はないわ。作っちゃだめ。絶対にだめ」

 自分に言い聞かせるように何度も繰り返す。

 全ては彼のために。彼の平穏な日々を守るために。

 織がふぅと息を吐いた。

「それで、仕事は結局いつになったんだ?」

「ああ、うん。今週末――土曜日の夕方よ」



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