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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第10章

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切れなかった理由

夜は、静かだった。


焚き火の音だけが、

蒼衡の簡易陣地に残っている。


セイン=ヴァルクスは、

地図を見下ろしたまま動かなかった。


切った。

確かに、切った。


だが――

戦場は、立たなかった。


「……妙だな」


ガランが、大剣を下ろして言う。


「魔物は倒した」


「数も減らした」


「それでも、

 人は動かなかった」


ユールが、静かに水を注ぐ。


「“原因”は消えたはずなのに」


「“理由”が残ったままだった」


セインは、目を閉じた。


あの光景が、脳裏に蘇る。


倒れた変異群。

灰となって消えた身体。


そして――

膝をついたままの村人。


(……切ったはずだ)


(迷いを、恐怖を、原因を)


(なのに)


「……非裁定」


ふと、口をついて出た名。


ガランが、眉をひそめる。


「また、

 あいつらか」


「切らなかった連中だ」


「だが」


セインは、続けた。


「立った」


ユールが、ゆっくり頷く。


「……彼らは」


「“判断できる場所”を、

 先に作っていた」


「切る前に」


沈黙。


蒼衡のやり方は、

速い。

強い。

明確だ。


だが――

今の敵は、その速さを前提にしていた。


「……俺たちは」


セインは、低く言った。


「切ることで、

 戦場を“終わらせる”ことしか、

 考えてこなかった」


ガランが、歯を食いしばる。


「それの何が悪い」


「迷いを残せば、

 被害は増える」


「分かってる」


セインは、否定しない。


「だが」


視線を、火へ。


「迷いを“断つ”のと」


「迷いが“立つ余地”を、

 残すのは――」


一拍。


「違う」


ユールが、静かに言った。


「非裁定は、

 切らなかったわけじゃない」


「切る“前提”を、

 変えただけ」


セインは、拳を握る。


(……俺は)


(切れなかった理由を、

 切ろうとしていたのか)


外で、風が吹く。


焚き火が、

一瞬だけ大きく揺れた。


「……次は」


セインは、静かに言う。


「同じことは、

 繰り返さない」


「切るか、

 切らないか」


「その前に――」


地図を畳む。


「“立つ場所”を、

 見る」


ガランは、何も言わなかった。


だが、

大剣を置く位置を、

ほんの少し変えた。


ユールは、

その変化を見逃さなかった。


蒼衡は、

まだ変わっていない。


だが――

“切れなかった理由”を、

初めて直視した夜だった。


暗い。


だが、闇ではない。


そこには光も、音もある。

ただ――

意味が、整理されていない。


変異群は、

“群れ”として存在していた。


個体という概念は、薄い。

名前も、感情もない。


あるのは――

結果の集積。


斬られた。

止められた。

進めなかった。


それらが、

分解され、

共有されていく。


(前進:失敗)

(側面:失敗)

(判断役:停止)


(撤退:成功)


最初は、

“例外”だった。


戦場から離れたこと。

追わなかったこと。


だが――

それは、生き残った。


「……?」


変異群の内部で、

小さな“揺れ”が生まれる。


撤退は、

敗北ではない。


撤退は、

情報を持ち帰る行為。


(撤退=損失最小)


(撤退=再配置可能)


(撤退=次へ)


それを、

“判断”として認識する。


前線役だった個体の役割が、

薄れる。


代わりに、

“観測役”が増える。


直接戦わない。

距離を測り、

反応を見る。


非裁定の前線。

盾の位置。

剣が止まった瞬間。


(切らない時の反応)


(止める時の成功率)


(撤退判断の条件)


それらが、

静かに並べられる。


変異群は、

初めて理解する。


――敵は、

 “倒す対象”ではない。


――敵は、

 “判断を変える存在”だ。


だから、

正面衝突は最適解ではない。


(次:誘導)


(次:分断)


(次:判断役を複数化)


(次:撤退を前提とした攻勢)


群れは、

まだ強くない。


だが――

迷っていない。


最後に、

一つの情報が共有される。


(非裁定)


(切らない)


(立たせる)


(最優先観測対象)


変異群は、

静かに動き始めた。


これは、

進化ではない。


適応だ。


そして――

この適応は、

もう止まらない。


報告は、拍子抜けするほど地味だった。


「……逃げた?」


ミリアが、依頼書を覗き込んで言う。


「被害、軽微。

 負傷者なし。

 魔物は途中で撤退――」


「同じ文言が、

 三件続いてる」


リュカが、資料を並べる。


「地域も、

 時間もバラバラ」


「なのに、

 “追撃不能”」


エルドが、腕を組む。


「……普通の魔物なら」


「逃げた時点で、

 縄張りを捨てる」


「でも、

 これは――」


レインは、黙って聞いていた。


模写理解アナライズ・コピー》が、

報告の“行間”を拾う。


(……撤退条件が、

 統一されている)


(……負傷率、

 一定以下で撤退)


(……追撃が始まる前)


「……逃げてるんじゃない」


レインが、静かに言った。


「“帰ってる”」


ミリアが、顔を上げる。


「帰る?」


「うん」


「次の判断のために」


一瞬の沈黙。


それから、

ミリアが鼻で笑った。


「……嫌な言い方」


「でも」


剣を肩に担ぐ。


「分かりやすい」


「倒せないなら、

 追い込む」


「追い込めないなら、

 判断させない」


「……前線の仕事だね」


エルドが、頷く。


「撤退を、

 “成功体験”にさせない」


「だが」


リュカが、慎重に言う。


「下手に追えば、

 向こうの狙い通りになる」


「うん」


レインは、地図を広げる。


「だから――」


指で、街道と森の境をなぞる。


「次は、

 “逃げ道を選ばせない戦場”を作る」


「切らず」


「押し付けず」


「でも――」


一拍。


「撤退も、

 成功させない」


ミリアは、

その言葉を聞いて、

少しだけ目を細めた。


「……ずるい戦い方」


「褒め言葉だよ」


レインは、

小さく笑う。


その時。


外で、

伝令の足音がした。


「《非裁定ノーリトリート》!」


「蒼衡から、

 連絡です!」


レインは、顔を上げる。


「……内容は?」


「同じです」


伝令は、息を整えながら言った。


「魔物は、

 途中で撤退」


「だが――」


一拍。


「撤退した“あと”に」


「人が、

 動けなくなった」


ミリアの表情が、

一気に引き締まる。


「……撤退を」


「“置き土産”に、

 使い始めた」


レインは、

深く息を吸った。


《模写理解》が、

静かに確信を告げる。


(……次は)


(“判断の回収”だ)


「……行こう」


レインが、短く言う。


「次は、

 撤退を終点にしない」


非裁定ノーリトリート》は、

立ち上がった。


敵は、

強くなっていない。


だが――

賢く、そして狡猾になっている。


その先に待つのは、

“選ばせる戦争”だ。


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