切った先に残るもの
最初に動いたのは、蒼衡だった。
街道から外れた丘陵地帯。
小村と小村をつなぐ、細い交易路。
報告内容は単純だ。
――魔物が出た。
――だが、数は多くない。
――戦闘被害は、ほぼ出ていない。
「……奇妙だな」
セイン=ヴァルクスが、地図を見下ろす。
「被害がないのに、
人が立ち尽くす?」
「魔物が逃げた、
という線は?」
ユールが問う。
「違う」
セインは即答する。
「逃げたなら、
恐怖が残る」
「だが、この報告は――」
紙を指で叩く。
「“判断できなかった”としか書かれていない」
ガランが、大剣を担いだまま言った。
「なら、
余計な要因を切ればいい」
「迷いの原因を断てば、
人は動く」
セインは、一拍だけ黙る。
だが、やがて頷いた。
「……そうだな」
「対象は魔物。
数が少ないなら、迅速に処理する」
蒼衡は、迷わない。
迷わせる要因を切り、
秩序を残す。
それが彼らのやり方だ。
丘を越え、
問題の交易路へ踏み込む。
そこにいたのは――
確かに、魔物だった。
変異群。
だが、先日の個体よりも小さい。
「……弱いな」
ガランが言う。
「斬れば終わりだ」
セインは、周囲を見る。
村人が数人、
道の脇に立っている。
逃げていない。
だが、近づこうともしない。
「……下がれ」
セインが命じる。
「危険区域だ」
村人は、
一瞬だけ視線を彷徨わせ――
動かなかった。
「……聞こえなかったか?」
もう一度、強く言う。
だが、反応は同じ。
「判断が、
止まっているな」
ユールが、眉をひそめる。
「だが、
それは――」
「切る」
ガランが、前に出る。
《断定斬》
迷いなく振るわれた剣は、
変異群を一刀で両断した。
――その瞬間。
村人たちの肩が、
一斉に落ちた。
「……終わった?」
誰かが、呟く。
だが。
倒れた変異群の身体が、
灰のように崩れると同時に――
別の影が、
道の反対側から現れた。
「……追加?」
ユールが、即座に魔力を構える。
だが、影は動かない。
距離を保ち、
こちらを“見る”。
「……?」
セインの目が細くなる。
(……逃げない?)
ガランが、再び剣を振り上げる。
だが――
影は、後退した。
「……引いた?」
「いや」
セインは、
嫌な予感を覚える。
「“切られること”を、
前提にしている」
その言葉の意味を、
蒼衡の誰もが理解する前に――
村人の一人が、
その場に座り込んだ。
「……あれ?」
「なんで、
終わったのに……」
動けない。
恐怖ではない。
混乱でもない。
「……判断が、
戻っていない」
ユールが、低く言った。
セインは、拳を握る。
(……切った)
(だが、
“立つ理由”まで、
一緒に断ったのか?)
変異群の影は、
すでに森へ消えている。
蒼衡は勝った。
だが――
戦場には、
何も残らなかった。
人も。
秩序も。
選択肢も。
セインは、初めて理解する。
(……これは)
(切るだけでは、
終わらない敵だ)
その頃。
同じ地域へ、
《非裁定》も向かっていた。
――まだ、
両者は出会わない。
だが、
同じ“歪み”を追っている。
蒼衡は、迅速に動いた。
一体を切ったあと、
周囲を警戒し、
残党がいれば即座に排除。
それが、今まで通りの手順だった。
「散開」
セインの指示で、
四人は間合いを広げる。
だが――
次に現れた変異群は、一体ではなかった。
数は三。
先ほどより小さい。
だが、距離を取っている。
「……弱体化?」
ユールが、疑問を口にする。
「違う」
セインは、即座に否定した。
「“試している”」
ガランが、舌打ちする。
「なら、
まとめて切るまでだ」
《断定斬》
今度は、横薙ぎ。
二体が、一瞬で斬り伏せられる。
だが――
三体目は、
剣が振り切られる前に後退した。
「……学習速度が、
上がっている」
ユールの声が、硬くなる。
「最初の個体より、
判断が早い」
その時。
村人の一人が、
膝をついた。
「……すみません」
「分かってるんです」
「逃げた方が、
いいって」
だが、立ち上がれない。
「足が……」
「動かない」
セインの胸に、
嫌な感覚が広がる。
(……切ったはずだ)
(原因は、
排除した)
(なのに――)
「……ユール」
「はい」
「治癒と補助を」
ユールが魔力を流す。
だが、
症状は改善しない。
「……魔力異常じゃない」
「呪いでもない」
「……“判断”が、
落ちている」
ガランが、
大剣を地面に突き立てる。
「ふざけるな」
「魔物を切って、
人が助からないだと?」
その背後で。
切り捨てられたはずの変異群の灰が、
微かに揺れた。
溶けるように、
地面へ染み込み――
消える。
「……共有、か」
セインは、理解した。
「切られた情報を、
“次”に渡している」
「だから、
切るほど――」
ユールが、言葉を継ぐ。
「“切られる前提”で、
最適化される」
変異群は、
もう前に出てこない。
距離を保ち、
こちらを見て――
判断する。
「……これ以上、
切るのは逆効果だ」
セインは、
初めてそう口にした。
だが、
それは蒼衡にとって、
“やり方を否定する言葉”だった。
ガランが、歯を食いしばる。
「じゃあ、
どうする」
「……分からない」
セインは、正直に答えた。
「だが、
今まで通りではない」
その時。
森の向こうで、
別の気配が動いた。
魔力でも、
敵意でもない。
――“配置”が、
組み替えられる感覚。
ユールが、息を呑む。
「……来る」
「誰だ?」
セインは、
視線を向ける。
森の影から、
ゆっくりと現れたのは――
切らず。
退かず。
判断を押し付けない者たち。
《非裁定》だった。
《非裁定》が現れた瞬間、
戦場の空気が変わった。
敵が増えたわけではない。
味方が来ただけでもない。
――“前提”が、書き換わった。
「……お前たちか」
セイン=ヴァルクスは、短く言った。
「この地域も、
お前たちの管轄か?」
「管轄じゃない」
レインは、即答する。
「“立て直し”に来ただけだ」
ガランが、一歩前に出る。
「今は、
余計なやり方を増やす時じゃない」
「魔物は切る」
「それで秩序は戻る」
「戻らない」
レインの声は、低く、だがはっきりしていた。
「今の敵は、
“切られること”を前提にしてる」
「切るたびに、
最適化される」
ユールが、視線を細める。
「……分かっている」
「だが、
切らなければ止まらない」
「違う」
ミリアが、一歩前に出た。
《踏越位》
だが、剣は抜かない。
「“切らない”んじゃない」
「“切る場所”が違うだけ」
変異群が、
その動きを見ていた。
距離を保ち、
進路を選び、
こちらを試す。
「……来る」
エルドが、盾を構える。
「正面じゃない」
リュカが、《戦域把握》を広げる。
「右から二体」
「左、
回り込み一体」
「……役割分担してる」
セインは、
歯を噛みしめた。
(……本当に、
切るほど賢くなる)
「エルド」
レインが、短く指示する。
「前線、
“動かさない”」
「了解」
《前線固定》
盾が、地面に据えられる。
そこを“通れない”という事実が、
戦場に生まれる。
変異群の一体が、
進路を変えた。
「今」
ミリアが、踏み込む。
《断戦ライン・ブレイク》
“倒す”ためではない。
“進ませない”ための一閃。
変異群は、
そこで止まった。
判断が、遅れた。
「……!」
ガランが、目を見開く。
(切ってないのに、
止めた?)
「ユール」
セインが、短く言う。
「補助、
こちらに合わせろ」
ユールは、迷った。
だが――
目の前で、状況が改善している。
「……了解」
支援魔術が、
“止める”動きに噛み合う。
変異群は、
初めて混乱した。
切られない。
だが、進めない。
判断しても、
成功率が上がらない。
「……今だ」
レインが、静かに告げる。
《模写理解》が、
“判断ループ”を捉える。
(……選択肢が、
全部失敗)
(なら――)
「終わらせる」
ミリアとガランが、
同時に動いた。
今度は、
切る。
だがそれは、
“判断を奪った後”だった。
変異群は、
抵抗できずに崩れ落ちる。
灰となって消えた後、
村には――
立ち上がる人が、戻り始めていた。
「……動ける」
「足が……」
「……戻った?」
セインは、
その光景を黙って見ていた。
やがて、
低く言う。
「……俺たちは」
「“切ることで守る”ことしか、
考えてこなかった」
「だが」
視線を、レインへ。
「切らずに、
立たせるやり方もある」
レインは、否定もしない。
肯定もしない。
ただ、言う。
「どっちも、
必要だ」
「ただ――」
一拍。
「今の敵は、
切るだけじゃ勝てない」
セインは、静かに頷いた。
「……借りを作ったな」
「次は、
俺たちも考える」
蒼衡は、撤収を始める。
背中越しに、
セインは一言だけ残した。
「……非裁定」
「お前たちのやり方」
「嫌いじゃない」
ミリアが、
小さく笑った。
「それ、
褒め言葉?」
「……たぶんな」
戦場には、
秩序と、余白が残った。
切った先ではなく、
“立たせた先”に。
《非裁定》は、
蒼衡と同じ方向を見ていた。
だが、
立つ位置は違う。
そして――
変異群は、
その違いを、確かに学んだ。




