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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第53章 余白を攫う者たち

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賞金と瓦礫と、参加資格

 雨音が、事務所の天井を叩いていた。


 ――ぽた。


 ――ぽた、ぽた。


 机の端に置かれた木杯の中へ、正確に落ちてくる水滴を、ミリアが無言で見つめている。


「……これ、狙ってるよね」


「狙ってない。構造上の必然だ」


 即座に返したのはリュカだった。視線は書類から一ミリも動かない。


 壁には細かなヒビが走り、扉は閉めても隙間風が入る。床板はきしみ、椅子は一脚だけ脚が短い。

 非裁定ノーリトリートの事務所は、今日も変わらず“ぎりぎり”で立っていた。


 エルドが、ため息と一緒に紙束を置く。


「修繕の見積もりだ。最低限で、これだ」


 金額を見たエルフィナが、思わず息をのんだ。


「……けっこう、しますね」


「最低限、だ。

 屋根と壁だけ。床は後回し。魔導補強も削ってる」


 ミリアが腕を組む。


「殴れば直らない?」


「直らん」


 即答だった。


 レインは黙って、その数字を見ていた。

 世界を救える力を持っていても、雨漏りは止まらない。


「方法は三つある」


 リュカが淡々と言う。


「借りる。削る。稼ぐ」


「借りるはなし」


 エルドが切る。


「削るも限界だ」


 視線が、自然と一つに集まった。


「……稼ぐ、ですね」


 エルフィナが小さく言う。


 そのタイミングを待っていたかのように、ノウンが口を開いた。


「ギルドが、動いている」


 机の上に、新しい紙が置かれる。


「懸賞金レース。

 クロスロード周辺限定。

 最も希少、または最も強力な魔物を――討伐、もしくは捕獲」


 ミリアが口角を上げた。


「分かりやすいじゃん」


「後援に、商人が複数」


 リュカが続ける。


「評価基準は、危険度、希少性、街への影響。

 ……要するに、“商品価値”だ」


 エルフィナが眉を寄せる。


「それって……街の人たち、大丈夫なんですか?」


「危険も含めて、商品だ」


 リュカは事実を言うだけの声だった。


 クロスロードでは、それが成立する。


「参加予定パーティ一覧」


 ノウンが、最後の一行を読み上げる。


蒼衡そうこう


 ミリアが顔を上げた。


「……あいつらも?」


「勝ちに行くだろう」


 ノウンは続ける。


「君たちは――止まりに行く」


 レインは、その言葉に反応しなかった。

 代わりに、机に落ちる水滴を見ていた。


 ――ぽた。


 彼は静かに言った。


「……事務所、直そう」


 理由は、それだけだった。


 正義でも使命でもない。

 けれど、誰も異を唱えなかった。


 翌日。


 ギルド前の掲示板には、人だかりができていた。

 紙に踊る賞金額に、冒険者たちの視線が吸い寄せられる。


 期待と欲と、ほんの少しの不安。


 その中に、見知らぬパーティの姿があり、

 そして、遠くに見慣れた蒼い装備もあった。


 この街で、

 一番価値があるものが、

 まだ“決まっていない”としたら――


 それを巡る争いは、必ず起きる。


 レースの開始は、号令ではなかった。


 決まった時刻も、合図もない。

 掲示板に紙が貼られた瞬間から、それは始まっていた。


 クロスロードの外縁。

 街路が荒野に変わる境界で、冒険者たちは自然と散っていく。


「分散が早い」


 リュカが地図を折り畳みながら言った。


「情報戦だ。

 “どこに行くか”を見せた時点で遅れる」


 ミリアは剣を肩に担いだまま、前を見ている。


「じゃ、私たちも行こう。

 もたもたしてると、強いのは全部狩られる」


「強いだけが正解じゃない」


 エルドが静かに返す。


「今回は“希少性”も評価対象だ」


 レインは、街の外に続く道を眺めていた。

 舗装は途切れ、足元は土と石に変わる。


 クロスロードの外は、まだ街の影を引きずっている。

 完全な荒野ではない。

 人の欲と魔物の生態が、半端に重なった場所だ。


「蒼衡は北」


 ノウンが言う。


「効率を取るなら、そうなる」


「じゃあ、被らないほうがいい?」


 エルフィナが小さく首を傾げる。


「被らない、というより――」


 リュカが言葉を探す。


「“取り合いにならない場所”だ」


 レインは、少しだけ考えたあと、頷いた。


「東に行こう」


 理由は、口にしなかった。


 森と荒地の境目。

 魔物の気配が多すぎず、少なすぎない場所。


 選択肢が、まだ残っていそうな場所。


 ***


 街を離れてしばらくすると、空気が変わった。


 音が、少ない。

 人の声が消え、代わりに風と、葉の擦れる音が残る。


「……なんか、静かすぎませんか?」


 エルフィナが声を落とす。


「いい兆候とは限らん」


 エルドが前を見る。


「縄張りが、はっきり分かれてる」


 ミリアが足を止めた。


「来るよ」


 次の瞬間、茂みが弾けた。


 魔物――獣型。

 単体だが、筋肉の付き方が異様に発達している。


「希少、ではないな」


 リュカが即座に判断する。


「でも、賞金にはなる」


「……どうする?」


 エルフィナの問いに、レインは答えなかった。


 代わりに一歩前に出る。


 戦闘は短かった。

 ミリアが正面から押さえ、エルドが動きを制限し、

 リュカの指示で、急所だけを潰す。


 倒れた魔物は、まだ息がある。


「捕獲もできる」


 ミリアが言う。


「でも、運ぶのが面倒だ」


「評価は低い」


 リュカが淡々と告げる。


 レインは、魔物を見下ろした。


 恐怖。

 本能。

 生き延びようとするだけの意思。


 それ以上でも、それ以下でもない。


「……置いていこう」


 誰も反対しなかった。


 ここでは、まだ“選択肢”が消えていない。


 ***


 その少し後だった。


 風に混じって、違和感が流れてきた。


 ――音ではない。

 気配でもない。


 “揺れ”に近いもの。


 ノウンが、足を止める。


「……未決定が、近い」


 リュカが眉を上げた。


「それ、どういう意味だ?」


「価値が、定まっていない存在」


 ノウンは、珍しく言葉を選んだ。


「捕まえれば、賞金になる。

 放置すれば、誰かに見つかる。

 だが――」


 その先は、言わなかった。


 代わりに、森の奥から声がした。


「……ひと、いる?」


 幼い、拙い発音。


 言葉としては、かろうじて形を成している。


 ミリアが目を見開いた。


「……今、喋った?」


 レインは、ゆっくりと視線を向ける。


 茂みの奥。

 まだ、姿は見えない。


 だが確かにそこに――

 “価値が決まっていない何か”がいた。


 茂みが、ゆっくりと揺れた。


 枝を押し分ける力は弱く、慎重で、どこか怯えている。

 やがて、その奥から小さな影が姿を現した。


 丸い。

 ぽよっとしている。


 体表は柔らかそうで、毛とも鱗ともつかない感触をしている。

 目は大きく、落ち着きなく左右を見回していた。


「……ちっさ」


 ミリアが、思わずそう漏らす。


「ひと……?」


 その影――魔物は、もう一度そう言った。

 言葉は拙いが、確かに“問い”だった。


 エルフィナが、息を詰める。


「……通じてます」


「言語模倣型か?」


 リュカが距離を測りながら言う。


「いや」


 ノウンが否定した。


「もっと――未整理だ」


 魔物は一歩、近づこうとして、止まった。

 警戒と好奇心が、同じ重さでせめぎ合っている。


「ひと、たち……つよい?」


 その問いに、すぐには誰も答えなかった。


 レインが、ゆっくりと膝をつく。


 視線を下げ、声を落とす。


「強いかどうかは、分からない」


 魔物は首を傾げた。


「……こわく、ない?」


「今は、ない」


 それは嘘ではなかった。


 ぽよ、と小さな体が一度だけ揺れた。


「よかった」


 安堵の声だった。


 ミリアが、思わず一歩踏み出す。


「ねえ、こいつ――」


 その時。


 奥から、低い音が響いた。


 地面を震わせる、重い足音。

 空気が、わずかに張り詰める。


 魔物は、はっとして振り返った。


「……おとう、さん……おかあ、さん……」


 声が震える。


「いじめ……くる」


 その一言で、全てが繋がった。


 エルドが剣に手をかける。


「追われている」


「縄張り争いだろう」


 リュカが即座に分析する。


「この個体が希少なら、親も同種。

 だが数で負けている」


 ノウンが静かに言う。


「選択肢が、減っている」


 レインは、魔物を見た。


 恐怖。

 依存。

 それでも、助けを求める勇気。


 ――理解してしまう。


 このまま放置すれば、結果は一つしかない。


「……名前は?」


 レインが聞く。


 魔物は一瞬考え、首を振った。


「……ない」


 ミリアがしゃがみ込み、目線を合わせる。


「じゃあさ、仮でいい?」


 魔物は、きょとんとした。


「……かり?」


「そう。呼ぶときの音」


 少し考えてから、魔物は言った。


「……ぴこ」


「ピコ?」


 確認すると、

 その小さな体が、嬉しそうにふわっと膨らんだ。


「うん。ぴこ」


 ――名前が、定まったわけではない。

 ただ、呼ばれる音を気に入っただけだ。


 その瞬間、森の奥から唸り声が響いた。


 複数。

 重なり合う気配。


 ミリアが立ち上がる。


「来るね」


「逃げ道は?」


 エルフィナが問う。


 レインは、ピコを見る。


 そして、森の奥を見る。


 裁く理由は、ない。

 生態の正解も、決めない。


 だが――


「ここは、逃げられない」


 静かな声だった。


「選択肢が、消えかけてる」


 ノーリトリートは、前に出た。


 ピコは、小さな体でそれを見上げていた。


「……たすけて?」


 その問いに、答えは一つしかなかった。


 だがそれは、

 “正しいから”ではない。


 ただ、

 まだ戻せる場所だったから。


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