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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第52章 黒巣(ブラック・ネスト)》――街の裏側は、いつも静かだ

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歯車は、音を立てずに止まる

夜。


クロスロード北区――

倉庫街の外れ、運河に近い旧積み替え区画。


昼間の喧騒が嘘のように、

ここには人の気配がない。


灯りは点いている。

扉も開いている。


だが――

“仕事の音”がしなかった。


「……ここだな」


エルドが、低く言う。


壁に背を預けたまま、

倉庫の出入口を睨んでいる。


「仲介役が動くって話だったが」


「静かすぎる」


リュカは、端末を一度閉じた。


「予定どおりだ」


「だからこそ――

 “ここ”だ」


ノウンが、短く補足する。


「黒巣は、

 安心できる場所でしか

 歯車を回さない」


「表で動く必要がない

 局面だから」


ミリアが、舌打ちする。


「安心できる場所、ね」


「つまり――

 逃げ道も、

 処理手順も、

 全部用意済みってわけだ」


カイラは、倉庫の屋根を一瞥した。


「中堅だな」


「幹部じゃない」


「でも、

 街と直で繋がってる層」


エルフィナが、小さく息を吸う。


共感同調エンパシー・リンク》は使っていない。

それでも――

嫌な感触だけは、はっきり伝わってくる。


「……ここ……」


「“助けを呼べない人”が

 出入りしてる……」


「仕事が欲しい人」


「選べなかった人」


ミリアが、拳を握る。


「だから、

 ここを潰す」


「でも――

 誰も裁かない」


エルドが、頷いた。


「捕まえるのは、

 “回してる側”だけだ」


ノウンが、淡々と告げる。


「黒巣は、

 街を直接壊さない」


「歯車を、

 必要な分だけ

 噛ませている」


「なら――」


視線が、倉庫の奥に向く。


「まずは、

 歯車を外す」


合図はない。


誰も、

「行くぞ」とは言わない。


ただ、

全員が同時に動いた。


扉は、軋みもせずに開く。


中は、

整理されすぎていた。


帳簿。

箱。

封印札。

輸送用の簡易転移陣。


違法ではない。

だが――

“偶然では揃わない配置”。


「……いた」


ミリアが、低く呟く。


倉庫の中央。


一人の男が、

机に向かって座っていた。


武器は持っていない。

鎧も着ていない。


だが――

逃げる素振りもない。


「……ああ」


男は、顔を上げて微笑んだ。


「来たか」


「ノーリトリート」


空気が、張り詰める。


エルドが、一歩前に出た。


「仲介役だな」


「質問は――」


男は、首を振る。


「答えない」


「正確には――」


指を、机の上で軽く叩く。


「答えられない」


リュカが、即座に察した。


「……口封じ」


「いつでも作動するタイプか」


「ご名答」


男は、穏やかに笑った。


「ここは、

 “止まっても困らない場所”だ」


「俺が消えても、

 街はすぐには壊れない」


「だから――」


視線が、ノーリトリート全員に向く。


「君たちは、

 ここで躊躇する」


「そういう構造だ」


ミリアが、剣に手をかける。


「……ムカつく喋り方だな」


ノウンは、男を見つめたまま言った。


「一つだけ、

 確認する」


「黒巣は――」


「街が選ぶと、

 思っているか?」


男は、迷わず頷いた。


「もちろん」


「だって――

 人は生きるために、

 一番近い手を取る」


「それが、

 俺たちだ」


沈黙。


その沈黙を――

ノーリトリートは、否定しなかった。


否定できないからだ。


だからこそ。


エルドが、静かに言った。


「質問を変える」


「黒巣の“次の動き”は?」


男は、初めて一瞬だけ、

視線を揺らした。


その瞬間を――

誰も見逃さなかった。


「……言わなくてもいい」


ノウンが、淡々と続ける。


「君はもう、

 歯車として

 外れた」


「ここから先は――」


一拍。


「黒巣が、

 君を“必要とするか”

 どうかだ」


男の口元が、

わずかに歪む。


その瞬間。


カイラが、低く言った。


「……来る」


エルフィナも、同時に息を呑む。


「……切られる……」


倉庫の空気が、

一瞬だけ――

“圧縮”された。


男が、何かを言いかける。


だが――

その言葉は、最後まで届かなかった。


口の中で、

微かな光が弾ける。


ノーリトリート全員が、

同時に身構える。


次の瞬間。


音は、なかった。


ただ――

男は、机に突っ伏した。


完全に、

“終わって”いた。


沈黙。


ミリアが、歯を食いしばる。


「……っ」


「クソが……」


リュカが、端末を閉じる。


「黒巣は――」


「もう、

 正体を隠す気がない」


ノウンが、静かに言った。


「ここから先は、

 表に出る」


「歯車が壊れた以上――」


エルドが、低く結論づける。


「本体が、

 動くしかない」


倉庫の外で、

遠く、鐘の音が鳴った。


偶然ではない。


これは――

宣戦布告だ。


黒巣は、

“選ばせる段階”を終えた。


次は――

力で、黙らせに来る。


鐘の音は、

クロスロード全域に均等には届かなかった。


だが――

届くべき場所には、確実に届いていた。


南区、簡易市場。


露店の準備をしていた商人が、手を止める。


「……あ?」


背負い袋が、軽い。


昨日、確かに入れたはずの銀貨がない。


数枚ではない。

袋ごと、存在しない。


「おい……!」


周囲に声をかける。


だが返ってくるのは、

似たような顔だけだった。


「……うちもだ」


「朝の売上分が……」


「いや、違う……」


一人の女が、帳簿を見つめて言う。


「“最初から無い”扱いに、

 なってる……」


その言葉に、空気が冷える。



西区、宿屋街。


受付台の奥で、

主人が、鍵束を握りしめていた。


「……部屋が、

 一つ足りねぇ」


「いや、

 埋まってるんだ」


「でも……」


帳簿は正しい。

宿泊者の記録もある。


だが――

その部屋を使った記憶だけが、抜け落ちている。


「……泊まった奴は、

 どこだ……?」


答えは、ない。



北区、職人街。


鍛冶場の炉が、

今日は、点いていなかった。


「燃料が……」


「昨日まで、

 確かに……」


隣の工房も、同じだ。


違法はない。

盗難でもない。


ただ――

街の“回る部分”だけが、狙い撃ちされている。



ノーリトリートの事務所。


リュカの端末に、

一斉に報告が流れ込む。


「……来たな」


「点じゃない」


「線だ」


「同時多発的に、

 “困るけど我慢できる”

 レベルを突いてる」


エルドが、低く唸る。


「……露骨だ」


「街を壊さず、

 締め上げる」


「完全に、

 黒巣のやり方だな」


ミリアが、苛立ちを隠さず言う。


「だったら、

 もっと派手にやれよ」


「こんなの――」


「一番、

 嫌なやつだろ」


エルフィナは、

椅子に座ったまま、

膝の上で手を握っていた。


共感同調エンパシー・リンク》は、使っていない。


使えば――

今この街に広がっている

**“諦めかけの不安”**が、

一気に流れ込んでくる。


だから、耐えている。


「……黒巣は……」


小さく、言葉を探す。


「……“助けて”って

 言わせたい……」


ノウンが、淡々と補足する。


「正確には――」


「“戻ってきてくれ”と

 言わせたい」


「選ばせるために、

 まず、

 困らせている」


カイラが、冷たく言った。


「中堅が切られた」


「だから、

 次は見せしめ」


「“俺たちは、

 まだ街を握ってる”と」


そのとき。


扉が、静かに叩かれた。


一度。

二度。


強くもなく、

弱くもない。


「……誰だ?」


エルドが、立ち上がる。


扉の向こうから、

落ち着いた声がした。


「蒼衡だ」


「開けろ」


扉が開く。


蒼衡《そうこう/アズール・バランス》は、

単身で立っていた。


だが――

その背後の“気配”で分かる。


仲間は、動いている。


「状況は?」


エルドが、端的に聞く。


「最悪だが、

 想定内だ」


蒼衡は、迷いなく答えた。


「黒巣は、

 “全面戦争”には出ない」


「街を盾にして、

 圧力をかける」


「だから――」


視線を、全員に向ける。


「ここから先は、

 時間勝負になる」


ミリアが、即座に噛みつく。


「じゃあ何だよ」


「私たちが、

 動いたら――」


「街が壊れるってか?」


「違う」


蒼衡は、はっきり否定した。


「動かなければ、

 街が“選ぶ”」


「それを、

 黒巣は待っている」


ノウンが、静かに言った。


「つまり――」


「次の一手で、

 “黒巣が街を代表していない”

 と示す必要がある」


蒼衡は、頷いた。


「そうだ」


「だから――」


短く、言葉を切る。


「次は、

 “見える場所”を叩く」


「中枢に近い、

 だが、

 街と直結していない場所だ」


リュカが、即座に理解する。


「……資金」


「流通の“溜まり”」


「そこを叩けば――」


「黒巣は、

 姿を現す」


蒼衡は、薄く笑った。


「ようやく、

 話が早いな」


エルドが、盾を背負い直す。


「覚悟はいいか?」


ノーリトリートの面々は、

誰も即答しなかった。


だが――

誰も、目を逸らさなかった。


ノウンが、静かに言う。


「これは、

 裁定じゃない」


「街を救う

 英雄譚でもない」


「ただ――」


一拍。


「選ばせ続ける

 構造を、

 壊すだけだ」


その言葉で、

全員が立ち上がった。


外では、

クロスロードがまだ息をしている。


だが――

黒巣は、

街を“待たせる段階”を終えた。


次は――

力で、黙らせる段階だ。


夜。


クロスロード西区――

運河と旧倉庫街の境目。


ここは、

かつて物流の要だった場所だ。


今は――

黒巣が“溜め”として使っている。


表向きは、合法倉庫。

書類も整っている。

王国基準でも、違法はない。


だが――

街の“消えたもの”は、すべてここを通る。


「……ここか」


ミリアが、低く呟く。


倉庫は、明るかった。

夜なのに、灯りが消えていない。


「派手だな」


エルドが、盾を構えたまま言う。


「隠す気がない」


「違う」


ノウンが、淡々と訂正する。


「隠す必要がない」


「ここは――

 “見せても問題ない場所”だ」


カイラが、即座に理解する。


「つまり……」


「本体は、

 別にある」


「そうだ」


ノウンは、視線を動かさない。


「ここは、

 街に“黒巣が必要だ”と

 思わせるための舞台だ」


そのとき。


倉庫の扉が、内側から開いた。


現れたのは、

昼間、集会所にいた男だった。


身なりは整い、

笑顔も変わらない。


「……こんばんは」


「早いですね」


「それとも――」


視線が、ノーリトリート全員をなぞる。


「待ちきれなかった?」


ミリアが、即座に前に出る。


「お前――」


「仲介役だな」


男は、軽く肩をすくめた。


「役割は、

 もう終わりましたが」


「街は、

 選びかけています」


「だから――」


指を鳴らす。


その瞬間。


倉庫の奥で、

重い音が響いた。


扉が、さらに開く。


中には――

人がいた。


いや、正確には。


“働いている人”がいた。


荷を運び、

帳簿を確認し、

淡々と作業を続けている。


「……な」


エルフィナが、息を呑む。


「普通の人……」


「そう」


男は、穏やかに言った。


「仕事を失いたくない人」


「今日を生きたい人」


「だから――」


一拍。


「ここを潰せば、

 彼らも困る」


「それでも、

 行きますか?」


空気が、張り詰める。


ミリアが、歯を噛む。


「……汚ぇな」


「でも――」


男は、淡々と続ける。


「間違ってはいない」


「彼らは、

 自分で選んでいる」


「我慢するか」

「黒巣を使うか」


「どちらも――」


「生きるための選択です」


ノーリトリートは、否定しない。


否定できない。


だからこそ。


エルドが、一歩前に出た。


「勘違いするな」


「俺たちは――」


盾を、地面に置く。


「ここで、

 誰にも選ばせない」


男の眉が、わずかに動く。


「……どういう意味で?」


ノウンが、淡々と答えた。


「黒巣が

 “選ばれる立場”に

 いること自体を、

 終わらせる」


「街と、

 直接繋がる前に」


男は、初めて黙った。


その沈黙が――

答えだった。


カイラが、低く言う。


「黒巣は、

 もう一段上にいる」


「ここは、

 “使い捨ての安心”」


「潰されてもいい」


「だが――」


視線が、倉庫の奥へ向く。


「ここを潰せば、

 本体は必ず動く」


蒼衡《そうこう/アズール・バランス》が、

静かに剣を抜いた。


「……なら」


「遠慮はいらん」


その声に、

男は、薄く笑った。


「さすがですね」


「でも――」


「もう、

 遅い」


遠くで、

重い振動が走る。


床ではない。

壁でもない。


街そのものが、動いた感触。


リュカが、即座に端末を見る。


「……来た」


「黒巣の本拠が、

 位置を変えた」


「……隠すのやめたな」


ミリアが、剣を構える。


男は、静かに一歩下がった。


「ここは、

 “壊してもいい場所”です」


「ご自由に」


「役割は、

 もう果たしましたから」


そして――

何も言わず、奥へ消えた。


エルフィナが、小さく言う。


「……逃げた……」


「いい」


ノウンは、即答する。


「追わない」


「今、重要なのは――」


視線を、全員に向ける。


「黒巣が、

 “隠れる段階”を

 終えたことだ」


エルドが、深く息を吐く。


「つまり――」


「次で、

 終わらせられる」


倉庫の中で、

作業をしていた人々が、

戸惑いながらこちらを見る。


ミリアは、剣を下げた。


「……ここは、

 壊さない」


「今日は、

 “始める”だけだ」


蒼衡が、短く言った。


「本命は――」


「次だ」


遠くで、

街の灯りが、ひとつ増えた。


黒巣は、

ついに姿を隠すのをやめた。


次は――

真正面から、潰す。


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