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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第52章 黒巣(ブラック・ネスト)》――街の裏側は、いつも静かだ

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壊れたのは、運だけだった

朝。


クロスロード北区、

裏通りに近い生活区画。


ここは、目立たない。

観光客も来ない。

だが――

街を支える人間が、確かに暮らしている場所だ。


「……今日は、

 早いな」


革職人の男が、戸を開けて呟いた。


普段なら、

この時間に材料が届く。


遅れはあっても、

来ない日はなかった。


だが――

路地の先は、空だった。


「……おかしいな」


男は首をかしげる。


「昨日、

 確認したはずなんだが……」


通りの向かいでは、

食堂の女主人が腕を組んでいる。


「うちもよ」


「肉が来てない」


「魚も」


「問屋に行ったら、

 “今日は扱ってない”って」


「……急に?」


「急に」


二人の間に、沈黙が落ちる。


それは、

不安になるほどではない。


だが――

続けば困ると、

誰もが直感する沈黙だった。


その直感は、

外れなかった。


昼前。


一人の運び屋が、

路地の奥で立ち尽くしていた。


「……え?」


目の前にあるはずの倉庫は、

確かにそこにある。


扉も、鍵も、

昨日と同じだ。


だが――

中が、空だった。


「……嘘だろ」


荷は、ない。


盗まれた形跡もない。

壊された痕跡もない。


ただ――

最初から存在しなかった

かのように、消えている。


「おい……!」


周囲に声をかける。


だが、

同じような顔が返ってくるだけだった。


「……うちもだ」


「朝一の分が、

 丸ごと来てない」


「誰か、

 止めたのか?」


「違う」


別の男が、首を振る。


「止めた形じゃない」


「“なかった”って

 扱いだ」


噂は、すぐに広がった。


だが、

誰も“犯人”を見つけられない。


違法は、ない。

被害届も、出せない。


帳簿は、整っている。

契約は、履行済みになっている。


「……運が悪かった」


誰かが、そう言った。


その言葉が、

一番しっくり来てしまうことが――

何より、恐ろしかった。


ノーリトリートの事務所。


エルフィナが、

小さく息を呑んだ。


「……始まった……」


ミリアが、歯を噛みしめる。


「これが……」


「黒巣の、

 “締め直し”か」


リュカが、端末を見つめたまま言う。


「一点突破だ」


「場所も、

 人も、

 選んでる」


「“耐えられそうな人間”を

 狙っている」


ノウンが、静かに告げる。


「街に、

 選択を迫っている」


「“助けが必要か”

 それとも

 “もう少し我慢するか”」


カイラが、低く呟いた。


「……一番、

 嫌なやり方」


「壊してない」


「だから、

 助ける理由も

 薄くなる」


そのとき。


外から、

怒鳴り声が聞こえた。


「ふざけんな!」


「昨日まで、

 普通だったんだぞ!」


「誰が責任取るんだ!」


ミリアが、立ち上がる。


「……行くぞ」


「行って、

 どうする?」


エルドが、静かに問う。


答えは、すぐ出ない。


誰も、

“代わりに決める”ことはできない。


だが――

見過ごすことも、できない。


ノウンが、短く言った。


「これは、

 偶然じゃない」


「“始まり”だ」


クロスロードは、

まだ壊れていない。


だが――

壊れる準備だけが、

静かに、完璧に整えられていた。


昼過ぎ。


北区の簡易集会所。

普段は、寄り合いか子どもの遊び場に使われる場所だ。


今日は――

人が多すぎた。


「で、結局どうなるんだ?」


最初に声を上げたのは、倉庫街で働く男だった。


「材料は来ない」

「仕事も止まった」


「明日になれば戻るのか?」


誰も、即答できない。


「王国は?」


別の女が聞く。


「助けてくれないの?」


沈黙。


その沈黙が、答えだった。


「……違法じゃないんだろ?」


若い運び屋が、ぼそりと言う。


「だったら、

 王国は動けない」


「じゃあ――」


一拍。


「黒巣しか、

 動けないってことか?」


ざわめき。


否定の声は、出ない。


「……嫌だぞ」


年配の職人が、低く言う。


「俺だって、

 あんな連中に

 頭下げたくない」


「でもな――」


拳を、ぎゅっと握る。


「家族がいる」


「明日の飯がないってのは、

 思想じゃどうにもならん」


その言葉が、

場を支配した。


正しさよりも、

今を生きる現実。


「……黒巣は」


別の男が、慎重に言葉を選ぶ。


「壊したわけじゃない」


「止めただけだ」


「戻ってくれるなら――」


「仕事は、

 戻るんだろ?」


ミリアが、壁際で拳を握りしめていた。


「……くそ」


「選ばされてるだけじゃねぇか」


エルフィナは、

人々の感情を“感じない”ように、

必死で目を伏せている。


共感同調エンパシー・リンク》を使えば、

簡単に分かる。


だから――

使わない。


「……行く?」


小さく、エルフィナが聞く。


「声、かける?」


ノウンは、首を振った。


「今は、

 意味がない」


「彼らは、

 間違っていない」


その言葉に、

ミリアが食ってかかる。


「間違ってない?」


「じゃあ、

 黒巣を選ぶのが

 正解だってのかよ!」


「正解じゃない」


ノウンは、淡々と続ける。


「“理解できる”

 だけだ」


リュカが、低く言った。


「黒巣は、

 ここを狙った」


「“選択を迫られた人間”は、

 一番、

 論理的に裏切る」


「生きるために」


そのとき。


集会所の扉が、静かに開いた。


見知らぬ男。

だが、身なりが整いすぎている。


「……失礼」


男は、丁寧に頭を下げた。


「話を、

 聞かせてもらいました」


空気が、凍る。


「誰だよ」


誰かが、警戒して言う。


男は、穏やかに微笑んだ。


「ただの、

 仲介です」


「黒巣が――」


その名前が出た瞬間、

誰かが、息を呑む。


「“戻る用意はある”と」


「街が、

 それを望むなら」


沈黙。


誰も、拍手しない。

誰も、反論もしない。


だが――

数人が、視線を落とした。


それだけで、十分だった。


ノーリトリートの面々は、

その場に踏み込まなかった。


踏み込めば、

誰かを“選ばせて”しまう。


ミリアが、低く呟く。


「……ここまでかよ」


「いや」


エルドが、静かに言った。


「ここからだ」


ノウンが、視線を上げる。


「黒巣は、

 一線を越えた」


「“必要とされるために”

 顔を出した」


「つまり――」


一拍。


「潰せる」


外では、

街がまだ、静かに息をしている。


だがその内側で――

選択は、確かに傾き始めていた。


夕方。


クロスロード北区、

集会所から少し離れた裏路地。


ノーリトリートの面々は、

壁にもたれて、しばらく無言で立っていた。


誰も、すぐには動かない。


「……なぁ」


ミリアが、低い声で言う。


「今、止めに入ったらさ」


「私たちが

 “代わりに決める”

 ことになるよな」


エルドが、ゆっくり頷く。


「そうだな」


「黒巣に行くな」

「待て」

「耐えろ」


それは全部、

正しいかもしれない。


だが――

その正しさを、今ここで背負う資格があるのか。


エルフィナが、俯いたまま言う。


「……みんな……

 間違ってない……」


「怖いけど……

 生きたいだけ……」


「それでも……」


声が、少しだけ震える。


「……黒巣が……

 “必要”に

 なるのは……

 嫌……」


ノウンが、静かに口を開いた。


「黒巣は、

 街に選ばせている」


「そして、

 選ばせた結果を

 “街の意思”に

 すり替える」


「ここで介入しなければ――」


一拍。


「次は、

 選択肢そのものが

 奪われる」


リュカが、端末を閉じる。


「確認した」


「黒巣の仲介役が、

 今夜、

 もう一度動く」


「場所は、

 倉庫街の外れ」


「……早いな」


カイラが、短く言う。


「成功したと

 思ってる」


「街が、

 傾いたと」


ミリアが、剣に手をかける。


「じゃあさ」


「ここで行かなきゃ、

 いつ行くんだよ」


エルドは、即答しなかった。


代わりに、

ノーリトリートの全員を見回す。


「一つだけ、

 確認しておく」


「俺たちは――」


「黒巣を

 “悪”として

 潰すんじゃない」


「街を

 “正しい方向”に

 導くんでもない」


「ただ――」


盾を、地面に置く。


「選ばせ続ける構造を、

 止める」


「それだけだ」


沈黙。


誰も、反論しない。


誰も、躊躇しない。


ノウンが、静かに言った。


「これは、

 裁定じゃない」


「仕事だ」


その言葉で、

全員の背中に、一本の線が通った。


ミリアが、笑う。


「やっと、

 いつものだな」


エルフィナは、小さく頷いた。


「……一緒に……

 立つ……」


カイラが、短く言う。


「最適解は、

 ない」


「だから――

 選ばない」


リュカが、地図を表示する。


「第一接触は、

 ここ」


「派手にやるな」


「“黒巣が安心して

 動ける形”を

 崩すだけでいい」


エルドが、最後に言った。


「ここから先は、

 戻れない」


「それでも――」


視線を、仲間に向ける。


「立つか?」


全員が、同時に頷いた。


夜のクロスロードに、

小さな動きが生まれる。


それは、暴動でも革命でもない。


ただ――

選択を奪うための、静かな介入。


黒巣は、まだ気づいていない。


自分たちが――

“選ばせる側”でいられる時間が、

もう終わりかけていることに。


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