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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第52章 黒巣(ブラック・ネスト)》――街の裏側は、いつも静かだ

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第一手は、音を立てない

夜明け前のクロスロード。


まだ空は暗いが、街は起き始めていた。

パンを焼く匂い。

掃除をする音。

昨日と、何も変わらない朝。


――少なくとも、見た目は。


ノーリトリートの事務所。

長机を囲み、全員が揃っている。


誰も、大きな声を出さない。


「まず確認する」


リュカが、端末を机に投影した。


「黒巣の供給網は、

 “止まっている”ように見える」


「だが正確には――」


指が動く。


「“存在していない”」


ミリアが、眉をひそめる。


「どういう意味だ?」


「表の帳簿から、

 黒巣の名前が

 全部消えてる」


「商会、倉庫、輸送路」


「どこにも、

 “黒巣と取引している”

 記録がない」


エルドが、低く唸る。


「……最初から

 なかったことに

 してやがる」


「ええ」


リュカは、淡々と続ける。


「街が選んだ、

 という形を

 完成させている」


「だから、

 “潰された”とも

 言えない」


エルフィナが、

机の端で小さく手を握る。


「……でも……

 困ってる人は……

 いる……」


「仕事、なくなってる……」


「それは事実だ」


ノウンが、静かに言った。


「だが黒巣は、

 その“事実”すら

 直接は作っていない」


「人が、

 自分で選んだ結果として

 成立させている」


カイラが、腕を組む。


「……完璧な

 責任転嫁構造」


「殴れない相手だ」


沈黙。


その空気を破ったのは、

扉を叩く音だった。


「――朝から悪いな」


入ってきたのは、蒼衡《そうこう/アズール・バランス》。


背後には、

彼の仲間たちの気配がある。


「様子は?」


ミリアが、即座に聞く。


「同じだ」


蒼衡は、短く答えた。


「街は動いている」


「だが、

 “流れ”がない」


「王国機関も、

 動けない」


「違法じゃないからな」


エルドが、鼻で笑う。


「違法じゃなきゃ、

 何してもいいってか」


「いいや」


蒼衡は、視線を上げた。


「だからこそ、

 崩し甲斐がある」


全員の視線が、集まる。


「黒巣は、

 “選択肢”として

 成立している」


「なら――」


一拍。


「選択肢として

 成立しない状況を

 作る」


リュカが、即座に理解する。


「……供給を止める、

 じゃない」


「“供給に見えない形”で

 奪う」


「正解だ」


蒼衡は、うなずいた。


ノウンが、静かに言う。


「正面から壊さない」


「存在を、

 意味のないものにする」


「それが、

 この街での

 一番の攻撃だ」


ミリアが、口角を上げた。


「嫌がらせか?」


「違う」


エルドが、低く言う。


「これは――」


「戦争だ」


誰も、否定しなかった。


窓の外で、

朝の光が、少しだけ差し込む。


街は、まだ平静だ。


だがその裏で――

黒巣の“選ばせる力”は、静かに削られ始めていた。


第一手は、

もう、打たれている。


午前。


クロスロード南区、

小規模倉庫街。


本来なら、荷の積み下ろしで人が溢れる時間帯だ。

だが今日は――妙に静かだった。


「……来ねぇな」


若い運び屋が、空の荷台を叩く。


「昨日も、

 “昼過ぎに入る”って

 言われてたんだが」


隣で、年配の倉庫番が首をかしげた。


「うちは、

 “午後に延期”だとよ」


「どこも同じだな」


誰かが、ぼそりと呟く。


怒りはない。

混乱もない。


ただ――

予定が、微妙にズレ続けている。


別の通り。


露店商が、品を並べながら舌打ちする。


「値段は合ってる」


「需要もある」


「なのに、

 “今じゃない”って

 言われる」


客は、いる。

だが、買わない。


「……様子見か?」


商人が、独り言のように言う。


誰かが、答える。


「みんな、

 そうしてる」


その“様子見”が、

街全体に、薄く広がっていた。


ノーリトリートの事務所。


リュカが、端末を操作している。


「来てるな」


「何が?」


ミリアが、身を乗り出す。


「黒巣の流通に

 紐づいてた

 小規模契約が――」


画面に、赤い表示が並ぶ。


「次々、

 “未成立”になってる」


エルドが、眉をひそめる。


「潰したのか?」


「いいや」


リュカは、首を振った。


「潰れてない」


「“成立条件を

 満たさなかった”だけだ」


エルフィナが、そっと聞く。


「……誰かが……

 止めたの……?」


「違う」


ノウンが、淡々と答えた。


「誰も、

 止めていない」


「皆が、

 “今はやめておこう”と

 判断しただけだ」


カイラが、腕を組む。


「……選択の連鎖」


「黒巣が

 街にやってきた

 やり方を」


「そのまま、

 返してる」


そのとき。


蒼衡《そうこう/アズール・バランス》が、静かに言った。


「黒巣は、

 供給を握っていた」


「だが今は――」


一拍。


「“信用”を

 維持できていない」


ミリアが、にやりと笑う。


「殴ってないのに、

 効いてるってやつか?」


「殴ると、

 殴り返される」


蒼衡は、淡々と続ける。


「だがこれは――

 殴る理由がない」


外で、騒ぎが起きた。


急いで様子を見ると、

小さな商会の前に人だかりができている。


「違う、違う!」


商会主が、慌てて手を振る。


「黒巣じゃない!」


「うちは、

 もう関係ない!」


「でも――」


誰かが、困った顔で言う。


「前は、

 黒巣経由だったろ?」


沈黙。


商会主は、答えられない。


嘘ではない。

だが、説明もできない。


その“間”が、

街に、じわじわと効いていく。


ノウンが、静かに言った。


「黒巣は、

 “選択肢”だった」


「だが今は――」


視線を、外へ向ける。


「“説明できない過去”に

 なり始めている」


エルフィナが、胸の前で手を握る。


「……戻ってきたら……

 助かるって……

 思ってた人も……」


「……今は……

 ちょっと……

 怖くなってる……」


カイラが、小さく頷く。


「正体が

 見えないから」


「救世主より、

 “分からない存在”は

 嫌われる」


蒼衡は、ゆっくりと立ち上がった。


「黒巣は、

 気づく」


「だが、

 まだ遅れる」


「なぜなら――」


剣に、手をかける。


「これは、

 攻撃じゃない」


「“街の癖”だ」


その言葉に、

誰も異を唱えなかった。


街は、今日も動いている。


だが、

黒巣の歯車だけが――

音もなく、ずれ続けていた。


クロスロード地下。


地図にも記録にも残らない、

黒巣ブラック・ネストの臨時中枢。


明かりは最低限。

装飾も、威圧もない。


ここは、

「選択を管理する場所」だ。


円卓を囲み、数人の男と女が座っている。

いずれも、表の顔を持つ者たちだ。


「……報告を」


中央に座る男が、静かに言った。


声を荒げる必要はない。

この場では、声を張ること自体が“敗北”だった。


一人が、資料を差し出す。


「南区・西区・倉庫街」


「契約成立率が、

 平均で二割低下しています」


「原因は?」


「……不明です」


男は、わずかに眉を動かした。


「不明、か」


「供給は?」


「止めていません」


「圧は?」


「かけていません」


「では、なぜ?」


沈黙。


別の幹部が、口を開く。


「街が……

 “待っている”のです」


その言葉に、空気が変わる。


「待つ?」


「はい」


「判断を、

 先送りにしている」


「誰も、

 拒否していない」


「だが――

 誰も、

 踏み込まない」


中央の男は、指を組んだ。


「……選択が、

 連鎖していない」


「我々の流れが、

 “街の癖”として

 定着しきっていない

 ということだな」


「その通りです」


別の者が、続ける。


「ノーリトリートと、

 蒼衡そうこう

 動いています」


「直接の妨害は、

 ありません」


「ですが――」


一拍。


「彼らは、

 “否定しない”」


「それが、

 一番厄介です」


中央の男が、低く笑った。


「……なるほど」


「殴られない」


「潰されない」


「だが――」


視線が、全員をなぞる。


「我々が、

 “必要とされない理由”を

 作られている」


静寂。


それは、黒巣にとって

最も忌むべき状況だった。


「……対処は?」


誰かが、慎重に聞く。


中央の男は、即答しなかった。


しばらく考え、

そして、結論だけを告げる。


「締め直す」


その一言で、全員が理解する。


「“待つ街”を、

 困らせる」


「選択を、

 先延ばしにできない

 状況を作る」


「だが――」


指を一本立てる。


「壊すな」


「破壊は、

 こちらの負けだ」


「“必要”に

 戻すだけでいい」


一人が、静かに確認する。


「……具体的には?」


「小さく、だ」


「一箇所」


「一業種」


「一人」


「誰でもいい」


「“待った結果、

 困った”という

 前例を作れ」


全員が、無言で頷いた。


それは、

黒巣が最も得意とする仕事。


そして――

ノーリトリートが、

最も介入しづらい領域。


中央の男は、立ち上がる。


「街は、

 まだ選んでいない」


「なら――」


「選ばせるまでだ」


地下の灯りが、一つ消える。


その瞬間。


クロスロードのどこかで、

小さな歯車が――

意図的に、逆回転を始めた。


街は、まだ静かだ。


だが次に起きるのは、

“偶然”ではない。


それは、

選択を奪うための事故だった。


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