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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第52章 黒巣(ブラック・ネスト)》――街の裏側は、いつも静かだ

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切るという選択

夜明け前のクロスロードは、奇妙に静かだった。


黒巣ブラック・ネストの影は消えていない。

だが、動きもない。


それが逆に、不気味だった。


「……嵐の前、ってやつだな」


ミリアが、屋上から街を見下ろしながら言う。


「違う」


背後で、蒼衡《そうこう/アズール・バランス》が即座に否定した。


「これは――

 “整理された静けさ”だ」


その言葉に、ノーリトリートの面々が振り返る。


蒼衡は、すでに地図を広げていた。

クロスロード全域。

昨夜までに判明した黒巣の拠点、流通路、隠匿区画。


赤い印が、三つ。


「今から切るのは、ここだ」


指が置かれたのは、

人の出入りが最も多い区域ではない。


「……外れてない?」


リュカが率直に聞く。


「人が多いのは、

 もっと内側だろ」


「だからだ」


蒼衡は、感情を挟まず答える。


「ここは“使い捨て”だ」


「末端が集められ、

 仕事を与えられ、

 声を奪われる」


「だが――」


一拍。


「中枢じゃない」


ミリアが眉をひそめる。


「じゃあ、

 中にいる人はどうなる?」


「切る」


蒼衡は、即答した。


その場の空気が、

はっきりと変わる。


「……切る、って」


エルフィナが、小さく声を出す。


「……助けない……?」


蒼衡は、彼女を見る。


責めるでもなく、

突き放すでもない。


ただ、事実を見る目で。


「助ければ、

 黒巣は次を用意する」


「助けなければ、

 黒巣は“損”を出す」


「どちらが、

 早く終わる?」


沈黙。


レインは、

言葉を探していた。


理屈は、分かる。

蒼衡の言っていることは、

間違っていない。


だが――


「……それでも」


声が、出た。


「切った場所にいた人間は、

 どうなる?」


蒼衡は、答えを避けなかった。


「仕事を失う」


「保護も、

 保証もない」


「運が良ければ、

 街に戻れる」


「悪ければ――

 消える」


ミリアが、歯を噛みしめる。


「……それを、

 分かった上で?」


「分かった上でだ」


蒼衡は、剣に手をかけた。


「黒巣は、

 “守る側”を削る組織だ」


「なら、

 こちらは――」


一拍。


「守れない場所を、

 最初から作らない」


その言葉は、

冷たい。


だが、

揺らぎがない。


セインが、低く笑った。


「迷いがねぇな」


「迷うと、

 人が死ぬ」


蒼衡は、淡々と返す。


「感情は、

 勝ってから持て」


ノーリトリートの面々は、

誰も否定しなかった。


できなかった。


レインは、

拳を握りしめる。


正しい。

蒼衡のやり方は、正しい。


だが――

それでも、胸の奥が、重い。


「……行くぞ」


蒼衡が、背を向ける。


「ここは、

 今日で終わらせる」


クロスロードの空に、

朝焼けが差し始めていた。


それは、

救いの光ではない。


ただ、

“切断”の始まりを告げる光だった。


動き出したのは、夜明けと同時だった。


蒼衡《そうこう/アズール・バランス》の判断は早い。

いや――

早すぎるほど、迷いがない。


「配置、予定どおり」


短い指示。


そうこうのメンバーが、無言で散る。


屋根。

路地。

地下の出入口。


誰一人、声を荒げない。

だが、全員が“斬る場所”を理解している。


「……速っ」


ミリアが、思わず呟いた。


「合図もなしで、

 もう囲んでるじゃん」


「合図は、

 もう終わってる」


蒼衡は振り返らない。


「黒巣は、

 “人が集まる場所”を

 守ってると思っている」


「だから――」


一拍。


「人が集まらない場所は、

 守っていない」


次の瞬間。


地下区画の一角が、

“消えた”。


爆発ではない。

崩壊でもない。


ただ、

“拠点として成立していた意味”だけが、

切り取られた。


「……え?」


リュカが、端末を見る。


「遮断……

 流通コードが、

 一斉に死んでる」


「逃走経路も……

 最初から無い……?」


「最初から、

 作らせてない」


蒼衡の声は、淡々としている。


地下から、

慌てた声が漏れ始める。


「おい!

 なんで繋がらねぇ!」


「連絡が――」


「上と――!」


ミリアが、歯を噛んだ。


「……助けるなら、

 今だぞ」


「違う」


蒼衡は、足を止めない。


「助けると、

 黒巣は“回収”する」


「逃がすと、

 また使われる」


「ここで――」


剣が、抜かれる。


「“役割”を切る」


そうこうの一人が、

無言で踏み込んだ。


斬ったのは、人じゃない。


倉庫の壁。

隠し金庫。

記録用の魔導板。


“価値”だけを、正確に断ち切る。


悲鳴が上がる。


だが、

血は出ない。


「……これ」


エルフィナが、震える声で言う。


「……誰も、

 傷ついてない……」


「傷つくのは、

 これからだ」


蒼衡は、冷静に告げる。


「だが――」


「黒巣は、

 今日、ここを使えなくなる」


「それだけで、

 一つの“巣”は死ぬ」


レインは、

何も言えなかった。


正しい。

効率的。

被害も、最小限。


それでも――


地下から、

人が這い出てくる。


武器もない。

金もない。


ただ、

“仕事を失った顔”。


「……行き場が、

 ねぇ……」


その声に、

ミリアが一歩、前に出かける。


だが。


「行くな」


蒼衡が、短く止めた。


「……っ」


「今、手を伸ばすと」


蒼衡は、

一切感情を混ぜずに続ける。


「黒巣は、

 “ここは助けられる”と判断する」


「次は、

 もっと深く潜る」


沈黙。


ノーリトリートの面々は、

誰も動けなかった。


できなかった。


そうこうのメンバーは、

すでに撤収に入っている。


仕事は、終わった。


「……これが」


ミリアが、低く言う。


「お前らの、

 やり方か」


蒼衡は、立ち止まらない。


「そうだ」


「勝つための」


「そして――」


一拍。


「終わらせるための、

 やり方だ」


崩れた拠点の前で、

朝日が差す。


救いでも、絶望でもない。


ただ、

切られた結果だけが、

そこに残っていた。


同じ頃。


クロスロードの地下、

地図にも記録にも残らない区画で――

一つの灯りが、静かに点いた。


「……一つ、落ちました」


淡々とした報告。


声の主は、黒衣の女だった。

年齢は分からない。

表情も、声色も、極端に抑えられている。


「場所は?」


問い返した男は、椅子に深く腰掛けたまま動かない。


机の上には、

宝石でも書類でもない。


名簿だけが置かれている。


「第五中継区画。

 流通経路ごと、消失です」


「……そう」


男は、名簿の一頁を指でなぞる。


「想定より、早い」


「ノーリトリートですか?」


「違う」


即答。


「“刃の入れ方”が違う」


女が、わずかに眉を動かす。


「……そうこう、ですか」


その名が出た瞬間、

部屋の空気が、わずかに沈んだ。


「ええ」


男は、名簿を閉じる。


「彼らは、

 潰さない」


「切る」


「使えなくすることに、

 躊躇がない」


女は、静かに確認する。


「では――

 末端は?」


「切り捨てる」


「情報は?」


「要らない」


男は、ようやく視線を上げた。


「ここまで来たら、

 “巣”を守る段階じゃない」


「“巣を作り直す”段階だ」


沈黙。


女は、しばらく考え、

それから言った。


「ノーリトリートは、

 どう扱いますか」


男は、少しだけ笑った。


「彼らは――」


一拍。


「まだ、

 人を見ている」


「だから、

 利用できる」


女は、即座に理解する。


「感情を、

 動かす」


「そう」


男は、指を鳴らす。


「彼らが“助けたくなる現場”を作れ」


「守ろうとして、

 踏み込む場所を用意しろ」


「そうこうは?」


「彼らは――」


男は、迷わず言った。


「正面から、斬る」


「だから、

 正面に立たせる」


女は、軽く頭を下げる。


「準備を?」


「急げ」


男は、名簿の最後の頁を開いた。


そこには、

まだ使っていない名前が並んでいる。


「クロスロードは、

 街だ」


「人が多い」


「選択肢も、

 逃げ道も、

 多いと思っている」


一瞬、

視線が、闇の奥を射抜く。


「――それを、

 全部、

 間違いだと教えてやる」


灯りが、消える。


同時に、

クロスロードのどこかで、

誰かが“仕事を失った”ことを知る。


泣く者。

怒る者。

縋る者。


そして――

それを、

拾い上げる影が動き始める。


ノーリトリートは、まだ知らない。


今日の“正しい仕事”が、

次の戦いの入口になったことを。


そして、

黒巣ブラック・ネストが――


ただの犯罪組織ではないと、

本当の意味で理解するのは、

もう少し先の話だ。


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