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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第10章

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選ばせないもの(ネグ=セレクト)

その集落は、

「何も起きていない」ように見えた。


建物は無事。

畑も荒らされていない。

魔物の痕跡も、戦闘の跡もない。


それなのに――

人の動きだけが、妙に遅かった。


「……遅延してる」


リュカが、低く呟く。


《戦域把握》に映る人の流れは、

止まってはいない。

だが、決定的に“間が空いている”。


道を曲がる前。

声をかける前。

家に入る前。


すべての行動に、

不自然な“溜め”がある。


「変異群の雑魚とは、

 様子が違うね」


ミリアが、周囲を警戒しながら言った。


「前は、

 近づかなければ消えた」


「でも、ここは」


視線を、集落の中央へ。


「もう、

 生活に混ざってる」


レインは、無言で頷いた。


模写理解アナライズ・コピー》が、

今までにない反応を示している。


(……侵食、継続)


(対象:判断プロセス)


(個体差、あり)


「……“場”じゃない」


レインは、静かに言う。


「“個体”だ」


その瞬間。


集落の外れ、

井戸の影から、

何かが“選ばれるように”現れた。


大きさは、人一人分ほど。

形は、魔物に近い。


だが――

目が、ない。


代わりに、

顔の中央に走る亀裂のような器官が、

ゆっくりと開閉している。


鳴き声は、ない。

威嚇も、ない。


それでも。


近くにいた村人が、

その場で立ち止まった。


「……あれ?」


「俺、

 今、何しようとしてたんだっけ……」


声に、焦りがない。


それが、

一番おかしかった。


ミリアが、一歩踏み出そうとする。


だが。


「――待って」


レインが、即座に制した。


「前に出るな」


「え?」


「これ」


一拍、置く。


「選ばせないタイプだ」


その言葉と同時に、

《模写理解》が、はっきりと名を拾う。


(個体識別)


(判断侵食体)


(ネームド――)


レインの口から、

低く名前がこぼれた。


「……《ネグ=セレクト》」


それは、

攻撃しない。


命令もしない。


ただ、

“次の一手”を、消していく存在。


集落全体に、

静かな停滞が広がり始めていた。


非裁定ノーリトリート》は、

この瞬間、理解する。


――これは、

倒せば終わる敵ではない。


そして。


――放置すれば、

世界が“立ち止まる”。


《ネグ=セレクト》は、動かなかった。


歩かない。

構えない。

攻撃の素振りすら見せない。


それなのに――

場は、確実に崩れていく。


「……前に、出られない」


ミリアが、歯を噛む。


身体は動く。

剣も握れている。

だが、“踏み込む理由”だけが見つからない。


「行けるはずなのに……」


一歩出ようとして、止まる。


「今じゃない、気がする」


その言葉に、ミリア自身が眉をひそめた。


「……なにそれ」


レインの《戦場演算》が、回り続けている。


だが、結果が出ない。


(攻撃成功率:算出不可)

(反撃確率:未定義)

(最適行動:――)


数値が、空白になる。


「……演算が、成立しない」


レインの声が、わずかに揺れた。


「“次の一手”が、

 前提として存在してない」


リュカも異変を感じている。


《戦域把握》は展開できている。

位置も、距離も、逃げ道も分かる。


――なのに。


「配置は見えてる」


「でも、

 “どこに意味があるか”が分からない」


エルドが、盾を構えたまま言う。


「……受け止める前提が、

 作れない」


「来ない攻撃を、

 どう守ればいい?」


《ネグ=セレクト》が、わずかに首を傾ける。


音はない。

だが、その仕草だけで――

周囲の空気が、さらに重くなる。


近くの村人が、座り込んだ。


「……決められない」


「逃げるのも、

 ここにいるのも……」


「どっちも、

 理由が思いつかない」


それを見た瞬間、

ミリアの拳が震えた。


「……ふざけんな」


「人の“決める力”を、

 奪うなよ……!」


叫びたい。

踏み込みたい。


でも――

理由が出てこない。


それが、何より恐ろしい。


レインは、深く息を吸った。


「……分かった」


「こいつは」


一拍、置く。


「倒す相手じゃない」


ミリアが、レインを見る。


「じゃあ、どうするの?」


「選ばせる」


静かな声。


「僕らが、

 “代わりに”決める」


非裁定ノーリトリート》のやり方。


剣でも、裁定でもない。


「リュカ」


「はい」


「村人を、

 “動かす理由”を作って」


リュカは、すぐに理解した。


《戦域把握》を、微調整する。


「……井戸の水位、下がってます」


「今のままだと、

 夕方まで持たない」


その言葉に、

村人の一人が、顔を上げた。


「……水?」


「そう」


リュカは、あえて淡々と続ける。


「今、

 汲まないと困る」


“必要”が提示される。


判断が、

ほんのわずか、戻る。


「……じゃあ」


「先に、

 水を運ぼう」


一人が動く。


それにつられて、

もう一人。


《ネグ=セレクト》の身体が、

わずかに揺らいだ。


ミリアが、気づく。


「……効いてる」


「うん」


レインは、目を離さない。


「判断が戻ると、

 居場所がなくなる」


だが。


《ネグ=セレクト》は、

消えなかった。


代わりに――

“範囲”を広げる。


集落の外れ。

別の家。


別の人。


次の“迷い”が、

同時に生まれる。


「……広がってる!」


ミリアが叫ぶ。


レインは、歯を食いしばる。


「……一体で、

 ここまで」


これは、

雑魚とは次元が違う。


「……このままだと」


「選ばせ続けないと、

 追いつかない」


リュカが、静かに言う。


「……消耗戦だ」


《ネグ=セレクト》は、

まだ何もしていない。


それなのに――

非裁定ノーリトリート》は、

すでに追い込まれていた。


《ネグ=セレクト》は、逃げなかった。


だが、近づいてもこない。


ただ“在り続ける”ことで、

集落のあちこちに、同時多発的な停滞を生み出している。


「……きりがない」


ミリアの額に、うっすらと汗が浮かぶ。


剣を振る理由がない。

前に出る必然がない。


それでも、

後ろに下がる選択肢も、見つからない。


「……これ」


ミリアは、歯を食いしばった。


「一人じゃ、

 絶対にどうにもならないやつだ」


「うん」


レインは、はっきりと頷いた。


「だから――」


一瞬、目を閉じる。


模写理解アナライズ・コピー》が、

今までで最も静かな反応を返す。


(……侵食条件、特定)


(判断を奪う対象は――)


(“迷っている個”)


レインは、ゆっくりと息を吐いた。


「……全員で、

 同じ判断をする」


「え?」


ミリアが振り向く。


「それ、

 どういう――」


「迷いを、

 個人に残さない」


レインは、集落の中央へ歩き出した。


《ネグ=セレクト》を、正面から見る位置。


「リュカ」


「はい」


「村人に、

 “今やること”を一つだけ伝えて」


「理由は?」


「いらない」


リュカは、一瞬だけ考え――

すぐに理解した。


《戦域把握》を、最小範囲で展開する。


「……聞いてください」


声は、大きくない。


だが、はっきりしていた。


「今から十分間、

 全員で“鐘を鳴らしてください”」


村人たちが、戸惑う。


「理由は?」


「分かりません」


リュカは、正直に答えた。


「でも、

 今はそれだけでいい」


沈黙。


だが。


誰かが、鐘に手をかける。


――カン。


一音。


それを聞いた別の誰かが、

隣の鐘を鳴らす。


――カン、カン。


音が、重なっていく。


意味はない。

合理性もない。


だが――

全員が、同じことをしている。


《ネグ=セレクト》の身体が、

目に見えて歪んだ。


侵食していた“判断の空白”が、

一気に埋められていく。


「……効いてる!」


ミリアが叫ぶ。


「うん」


レインは、一歩も動かない。


「“選択”じゃない」


「“共有された行動”だ」


判断を奪う相手に、

判断をぶつけない。


代わりに――

決めてしまった行為を、重ねる。


《ネグ=セレクト》は、

初めて“後ずさり”した。


だが。


完全には、消えない。


身体が、霧のように揺らぎながら、

ゆっくりと距離を取る。


「……逃げる」


ミリアが、剣を構え直す。


「追う?」


「いや」


レインは、首を振った。


「今は、

 これでいい」


《ネグ=セレクト》は、

集落の外へ溶けるように消えた。


倒していない。

終わってもいない。


だが――

止めた。


鐘の音が、やがて止む。


村人たちは、

自分たちが何をしていたのか分からないまま、

互いの顔を見合わせる。


「……助かった、んですよね?」


ミリアが、少し困ったように笑う。


「うん」


レインも、静かに答えた。


「でも」


視線を、遠くへ。


「これは、

 “対処法”が通じる敵だって分かった」


リュカが、息を吐く。


「同時に」


「一人じゃ、

 絶対に無理な敵だとも」


エルドが、盾を下ろす。


「……つまり」


「俺たち向け、

 ってことか」


ミリアが、レインを見る。


「ね」


「これからも、

 一緒じゃないと無理そうだね」


レインは、ほんの一瞬だけ考えてから、頷いた。


「うん」


非裁定ノーリトリート》は、

完全勝利ではない初戦を終えた。


だが――

この戦いで、はっきりしたことがある。


変異群は、

力で倒す敵ではない。


そして。


“選ばせない存在”に対抗できるのは――

選ぶことを、共有できる者たちだけだ。


物語は、

静かに次の局面へ進んでいく。

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