表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第10章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

93/481

利用価値(ユースフル・ノイズ)

その依頼は、表向きにはごく普通だった。


「変異群らしき存在の調査および経過観察」


討伐指定なし。

殲滅許可なし。

危険度は“低”。


世界機関の書式としては、

むしろ慎重すぎるくらいだ。


「……観察、ね」


ミリアが、依頼書をひらひらと揺らす。


「倒すな、刺激するな、

 でも状況は報告しろ、って」


「面倒なやつ」


「うん」


レインは頷く。


「誰かが、

 “様子を見たい”と思ってる」


その言い方には、

はっきりとした警戒があった。


依頼地は、街道沿いの小さな中継村。

以前、変異群の雑魚個体が確認された場所だ。


到着してすぐ、違和感はあった。


被害は少ない。

死者もいない。


だが――

村人の態度が、妙に落ち着きすぎている。


「……みんな、

 慣れてません?」


ミリアが小声で言う。


「怖がってるっていうより、

 “受け入れてる”感じ」


リュカも、周囲を見回す。


「確かに」


「警戒線が、

 張られてない」


「でも」


エルドが、村の外れを見る。


「逃げ道は、

 確保されてる」


意図的だ。


誰かが、

“どう壊れるか”を見ている。


村長が、彼らを迎えに来た。


「来てくれて助かります」


穏やかな声。

焦りも、怒りもない。


「変異群は……?」


レインが、直接聞く。


村長は、少しだけ間を置いてから答えた。


「出ますよ」


「でも」


「すぐ消えます」


「消える?」


「ええ」


村長は、困ったように笑った。


「こちらが何もしなければ、

 しばらくして……」


「動かなくなる」


その言葉に、

ミリアの表情がわずかに硬くなる。


「……じゃあ」


「どうして、

 依頼を?」


村長は、視線を逸らした。


その仕草が、

答えだった。


「……念のため、です」


「万が一に備えて」


「“使えるかどうか”を、

 確かめたい人がいて」


空気が、冷える。


レインは、静かに息を吐いた。


「……誰の判断ですか?」


村長は、答えなかった。


代わりに、

村の外から声が上がる。


「出たぞ!」


人が集まる。


だが、

誰も逃げない。


誰も騒がない。


まるで――

実験の観察者だ。


草むらから、

歪な影が現れる。


変異群・雑魚個体。


動きは鈍い。

敵意も薄い。


「……ねえ」


ミリアが、レインを見る。


「これ、

 放っておいたらどうなる?」


レインは、即答しなかった。


模写理解アナライズ・コピー》が、

今までとは違う反応を示している。


(……誘導)


(環境調整)


(人為的条件付け、進行中)


「……増える」


静かな声。


「人の手で」


村の外れ。


誰にも気づかれない位置で、

誰かが、様子を見ていた。


影ではない。

英雄でもない。


ただ――

“使えるかどうか”を測る人間。


非裁定ノーリトリート》は、

その視線の存在を、はっきりと感じ取っていた。



変異群の雑魚個体は、

村の外れで、ゆっくりと動いていた。


襲わない。

逃げない。

ただ――そこに“居続ける”。


「……本当に、

 何もしないつもりだ」


ミリアが、低く呟く。


村人たちは、距離を取って見ている。

悲鳴も、混乱もない。


それが、異常だった。


「誰かが、

 “安全圏”を決めてる」


レインは、周囲を見渡す。


「近づかない」

「刺激しない」

「でも、逃げもしない」


まるで、

条件付きで飼われているかのようだ。


模写理解アナライズ・コピー》が、

断片的な情報を拾う。


(行動抑制)


(観測優先)


(発生条件、維持中)


「……誘導してる」


レインの声が、わずかに硬くなる。


「変異群そのものじゃない」


「“変異群が起きる環境”を、

 人が整えてる」


リュカが、静かに拳を握る。


「実験だ」


「しかも」


エルドが、村の外を見る。


「失敗しても、

 被害が出ないように調整されてる」


「……つまり」


ミリアが、歯を噛む。


「最初から、

 “切り捨てる前提”」


レインは、村長の方を見る。


村長は、視線を逸らしたままだ。


「……止めますか?」


リュカが、問いかける。


「世界機関の依頼は、

 観察までです」


「逸脱すれば、

 後で揉める」


一拍。


レインは、静かに答えた。


「止める」


「今、ここで」


ミリアは、即座に頷いた。


「当然」


「これ、

 境界線だよ」


「越えたら、

 もう戻れないやつ」


非裁定ノーリトリート》は、

戦闘態勢を取らない。


代わりに――

場を壊す。


エルドが、盾を構える。


逃げ道を塞がない。

だが、“見物席”を消す。


リュカが、静かに陣をずらす。


《戦域把握》によって、

人の集まる位置が自然に散る。


ミリアは、声を張った。


「下がって!」


「理由はいい!」


「今は、

 離れるだけでいい!」


その言葉に、

村人たちが、半信半疑で動き出す。


判断を奪われていない者は、

動ける。


変異群の個体が、

わずかに反応した。


周囲の“条件”が、崩れ始めている。


「……消えかけてる」


ミリアが言う。


「うん」


レインは頷く。


「“観測される理由”がなくなった」


草むらの向こう。


一瞬だけ、

誰かが舌打ちする気配。


姿は見えない。


だが――

はっきりと、失敗したという空気だけが残った。


変異群は、

数秒もしないうちに霧散した。


戦闘は、なかった。


だが。


「……これで終わりじゃない」


レインは、静かに言う。


「“使えるかどうか”を考えた人間は、

 次はもっと上手くやる」


ミリアが、横に並ぶ。


「じゃあ」


「次は、

 見られないようにする?」


レインは、ほんの少しだけ笑った。


「いや」


「見せる」


「でも」


「越えさせない」


村に、ようやく日常の音が戻り始める。


だがその裏で――

人の悪意が、確かに一歩、進んだ。


夜。


村は、ようやく“普通の静けさ”を取り戻していた。


灯りの下で、

人が話し、

戸が閉まり、

家畜が動く。


ほんの数刻前まで、

“判断を失いかけていた場所”とは思えないほどだ。


非裁定ノーリトリート》は、

村外れの丘に立っていた。


「……戻ったね」


ミリアが、ほっと息を吐く。


「やっぱり、

 人が動いてる音って落ち着く」


「うん」


レインは頷く。


だが、視線は村ではなく――

そのさらに向こうを見ていた。


模写理解アナライズ・コピー》は、

もう変異群を捉えていない。


代わりに、

“別のノイズ”が残っている。


(……人の判断)


(観測)


(利用価値)


「……まだ、いる」


レインが、ぽつりと言う。


「近くにはいないけど、

 確実に“次”を考えてる」


リュカが、静かに頷いた。


「実験は失敗」


「でも、

 データは取れた」


「そう」


エルドが、盾を背負い直す。


「だから次は、

 もっと遠くでやる」


「もっと、

 被害が出る形で」


ミリアは、拳を握る。


「……最悪」


「人間が一番厄介って、

 やっぱりそうじゃん」


レインは、少し考えてから言った。


「でも」


「今回は、

 越えさせなかった」


「“境界線”を、

 踏ませなかった」


ミリアが、横を見る。


「それ、

 自分で言う?」


「事実だから」


ミリアは、思わず笑った。


「……ほんと、

 ブレないよね」


風が吹く。


夜の空気は、

影の事件の頃よりも、ずっと軽い。


それでも――

安心はしなかった。


少し離れた場所。


暗がりの中で、

二つの人影が、短く言葉を交わしていた。


「……条件、崩されたな」


低い声。


「観測が続かなかった」


「だが」


もう一人が、静かに答える。


「可能性は確認できた」


「判断を奪わずとも、

 “判断を遅らせる環境”は作れる」


「次は?」


「次は、

 “守る側”が来ない場所だ」


「……なるほど」


小さな笑い。


二人は、闇に溶けるように消えた。


丘の上。


レインは、無意識にミリアの方を見た。


「……次は、

 もっと厄介になる」


「分かってる」


ミリアは、即答する。


「でも」


一歩、近づく。


「一緒でしょ?」


レインは、一瞬だけ言葉に詰まってから、

静かに頷いた。


「うん」


非裁定ノーリトリート》は、

また次の依頼へ向かう。


裁かず。

退かず。


そして――

利用される世界を、許さないために。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ