会議という名の後始末
世界機関本部。
白い石材で統一された会議室は、いつもより人が多かった。
英雄。
蒼衡。
そして――《非裁定》。
本来なら、同席する理由がない面々だ。
「……これで、“影”案件は一区切りだな」
重々しく口を開いたのは、世界機関の調停官だった。
声に疲労がにじんでいる。
「被害地域は封鎖解除。
四天王および“王”の消失を確認。
残存勢力は、事実上――壊滅」
淡々と読み上げられる報告。
だが、その言葉ほど、場は軽くなかった。
英雄の一人が腕を組み、短く息を吐く。
「……壊滅“させた”じゃなく、“消えた”か」
「ええ」
調停官は頷く。
「記録に残せるのは、そこまでです」
曖昧な言い回し。
だが、誰も突っ込まなかった。
蒼衡のリーダー――セインが、静かに視線を動かす。
「裁定不能の事象が多すぎる」
「切った結果が、
最善だったのかどうかも含めてな」
その言葉に、蒼衡の面々が沈黙する。
誰も反論しない。
誰も肯定もしない。
それが、今回の“結果”だった。
「……非裁定」
調停官が、レインを見る。
「あなた方については――」
一瞬、言葉を選んだ。
「英雄でもなく、
世界機関の管理下でもない」
「にもかかわらず、
決定的な局面をいくつも処理している」
「評価が難しい、というのが正直なところです」
ミリアが、小さく肩をすくめた。
「褒められてる?」
「面倒がられてる」
リュカが即答する。
レインは、特に気にした様子もなく答えた。
「管理されたいわけじゃない」
「でも、無視されたいわけでもない」
調停官は、苦笑に近い表情を浮かべる。
「ええ……一番困るタイプです」
会議室に、わずかな笑いが落ちた。
重苦しかった空気が、少しだけ緩む。
「とはいえ」
調停官は、再び声を正す。
「影の件は、ここで終わり」
「各位、通常任務へ戻ってください」
その一言で、
“世界を揺らした事件”は、公式には幕を閉じた。
英雄たちは立ち上がり、
蒼衡も、無言のまま席を離れる。
セインは去り際、レインを一度だけ見た。
何か言いたげだったが、
結局、何も言わなかった。
会議室に残ったのは、
《非裁定》だけ。
「……終わった、のかな」
ミリアが、ぽつりと呟く。
「一区切りはついた」
レインはそう答えた。
「でも」
視線を、窓の外へ向ける。
「世界は、
問題が解決したから静かになるほど、
単純じゃない」
その言葉を、
誰も否定しなかった。
世界機関を出てから、数日。
《非裁定》は、久々に“依頼らしい依頼”を受けていた。
内容は単純だ。
街道沿いの集落への物資護衛。
影も、四天王も、世界を揺るがす陰謀も関係ない。
討伐指定もなく、危険度は低。
「……なんか、平和すぎて逆に落ち着かない」
ミリアが、馬車の横を歩きながら言った。
「静かだね」
レインは頷く。
《戦場演算》も、《模写理解》も、反応しない。
敵意も、歪みも、特筆すべき兆候はない。
ただの街道。
ただの青空。
ただの風。
「影の時はさ」
ミリアは前を見たまま、少しだけ声を落とす。
「考える余裕、なかったよね」
「うん」
「戦って、判断して、
気づいたら次の場所にいて」
一拍、間が空く。
「……終わったって言われても、
実感ないなあ」
レインは、すぐには答えなかった。
少し歩調を落とす。
ミリアも、自然にそれに合わせた。
「終わった、というより」
静かに言う。
「“手を離した”感じかな」
「手を離した?」
「影の問題を、
これ以上抱え続けなくていい、ってだけ」
ミリアは、少し考えてから笑った。
「レインらしい言い方」
「そう?」
「うん。
でも……嫌いじゃない」
その言葉に、レインは何も返さなかった。
ただ、視線が一瞬だけ、ミリアの方に向く。
近い。
肩が触れそうな距離。
以前なら、
意識する余裕すらなかった距離だ。
「……ねえ」
ミリアが、わざと軽い調子で言う。
「もしさ」
「次も、
私が前に出すぎたらどうする?」
「止める」
即答だった。
「物理的に?」
「状況的に」
「……優しくないなあ」
「優しい方法だと思うけど」
ミリアは、思わず吹き出した。
「なにそれ」
笑いながら、少しだけ歩調を緩める。
「でも」
声が、少しだけ柔らぐ。
「……止めてくれる人がいるって、
前より安心できるかも」
その言葉は、
冗談でも挑発でもなかった。
レインは、短く息を吸う。
「僕も」
「ミリアが前にいる方が、
判断しやすい」
「え、それ褒めてる?」
「事実」
ミリアは、少しだけ顔を赤くして、
前を向いた。
「……もう」
「調子狂うなあ」
風が吹き抜ける。
馬車の軋む音。
鳥の声。
本当に、ただの護衛依頼。
――そのはずだった。
その時。
リュカが、足を止める。
「……待って」
声が低い。
「今、
違和感があった」
エルドも、盾を構え直す。
「魔物?」
「いや」
リュカは、首を振る。
「魔力反応は弱い」
「でも……」
視線を、街道脇の草むらへ。
「“動きが、鈍い”」
その瞬間。
草が、わずかに揺れた。
現れたのは――
魔物、と呼ぶには歪な存在。
四肢の数が合わない。
皮膚が、不自然に継ぎ合わされている。
そして何より――
動きが、妙に遅い。
だが、止まらない。
「……雑魚?」
ミリアが、警戒を解かずに言う。
レインの視線が、鋭くなる。
《模写理解》が、
微かに反応した。
(……影じゃない)
(魔物でもない)
(これは――)
「変異群」
小さく、だがはっきりと言う。
「……最初の“個体”だ」
平和な依頼の終わりに、
新しい問題が、静かに顔を出していた。
変異群の個体は、襲いかかってこなかった。
正確に言えば――
襲いかかろうとして、止まっている。
「……来ない?」
ミリアが一歩、前に出る。
剣先を向けても、
魔物のような威嚇反応はない。
ただ、ぎこちなく脚を動かし、
距離を詰めようとしては、止まる。
「判断が……遅れてる?」
リュカが呟く。
「いや」
レインは首を振った。
「判断が、
“発生してない”」
次の瞬間。
変異群が、突然バランスを崩した。
攻撃でも、回避でもない。
ただ、次の行動を決められずに倒れた。
「……え?」
ミリアが、思わず声を漏らす。
「倒した?」
「いや」
レインは近づき、
慎重に様子を見る。
変異群は、まだ生きている。
だが――
「自己修復も、
適応も、止まってる」
《模写理解》が、
わずかに情報を拾う。
(判断侵食、未完成)
(外部刺激がないと、
行動が成立しない)
「……雑魚、だね」
ミリアはそう言ったが、
声に軽さはなかった。
「でも」
レインは、変異群から目を離さない。
「これは“失敗作”だ」
「失敗作?」
「完成した個体なら、
判断を奪いきってから動く」
「でも、これは」
立ち上がろうとして、
また止まる変異群。
「奪う前に、
自分が止まってる」
エルドが、低く息を吐いた。
「……実験、か」
その言葉に、
全員が黙る。
レインは、静かに手を上げた。
《因果遮断》
最小出力。
変異群の存在理由だけを、切る。
音もなく、
歪な身体が崩れ落ちた。
完全な消失。
戦闘と呼ぶには、
あまりにも短い。
「……終わり?」
ミリアが、少し拍子抜けしたように言う。
「うん」
レインは答える。
「でも」
視線を、遠くの街道へ向ける。
「これで分かった」
「変異群は――」
一拍、置いてから続ける。
「影の“後”に生まれた」
「そして」
「影よりも、
ずっと身近に現れる」
沈黙。
空は変わらず青く、
街道は平穏そのものだ。
「……ねえ」
ミリアが、レインの袖を引いた。
「影が終わったと思ったら、
次はこれ?」
「そうみたい」
「私たち、
休めない運命?」
レインは、少し考えてから答えた。
「でも」
ミリアを見る。
「今は、
一緒に歩けてる」
「それだけで、
前よりはマシだと思う」
ミリアは、一瞬だけ驚いた顔をして、
すぐに小さく笑った。
「……それ、
ちゃんと言葉にするんだ」
「必要だと思った」
「そっか」
ミリアは、ほんの少しだけ距離を縮める。
「じゃあ」
「次も一緒だね」
変異群の残骸は、
すでに風に散り始めていた。
平和な依頼の帰り道。
だが――
世界は、確実に次の段階へ進んでいる。
《非裁定》は、
それをまだ知らない人々のために、
今日も歩き続ける。
静かに。
裁かず。
退かず。




