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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第9章

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英雄は試す

昼下がりの街道。


非裁定ノーリトリート》は、次の依頼地へ向かっていた。


「……平和だね」


ミリアが、空を見上げる。


「さっきまでの騒ぎが、

 嘘みたい」


「油断は禁物です」


リュカが即座に釘を刺す。


「“静か”は、

 何も起きていないとは限らない」


エルドは、盾を背負ったまま歩調を落とさない。


「……誰か、いるな」


その一言で、全員の足が止まった。


気配は一つ。

隠す気も、殺気もない。


むしろ――

堂々としている。


「――やっぱりな」


前方の木陰から、男が姿を現した。


長剣を肩に担ぎ、

鎧は簡素。


だが、立ち方が違う。


「……英雄」


ミリアが、即座に理解する。


「へえ」


男は、楽しそうに笑った。


「分かるもんだな」


「久しぶりだな俺はヴァルハルト=レオン」


以前、世界機関で顔を合わせた英雄の一人だ。


「今日は依頼じゃない」


「観光でもない」


一歩、前に出る。


「試しに来た」


空気が、張る。


エルドが、自然に前へ出かけて――

ミリアが、軽く腕を伸ばして止めた。


「待って」


レインは、視線を外さない。


「……何を試す?」


ヴァルハルトは、即答した。


「《非裁定ノーリトリート》」


「裁かない、退かない、だっけ?」


「噂だけ聞くと、

 随分と面倒な連中だ」


だが、声に敵意はない。


むしろ――

好奇心。


「英雄は、切る」


「均衡は、選ぶ」


「じゃあお前たちは、

 どうやって世界を守る?」


「……言葉じゃ分からない」


剣を、地面に下ろす。


「だから、

 軽くやろう」


ミリアが、思わず笑った。


「軽く、ね」


「死なない程度でいい」


ヴァルハルトは肩をすくめる。


「安心しろ」


「俺は、

 本気で殴らない」


その瞬間。


レインの《戦場演算バトル・カリキュレーター》が、

即座に警告を出す。


(……本気じゃなくて、これか)


(勝率――

 測定不能)


「……受ける?」


ミリアが、小声で聞く。


エルドは、盾を構え直した。


「逃げる理由は、ない」


リュカが、静かに付け加える。


「ここで断れば、

 評価は“机上”のままです」


レインは、一瞬だけ目を閉じた。


そして、開く。


「……分かった」


ヴァルハルトの笑みが、深くなる。


「いいね」


「じゃあ――」


剣を、軽く構える。


「英雄のやり方で、来るぞ」


空気が、震えた。


ヴァルハルト=レオンが、一歩踏み出した。


ただそれだけで、

空気が変わる。


「……っ」


ミリアの呼吸が、一瞬だけ詰まる。


(速いとか、重いとかじゃない)


(“近い”)


距離感が、狂う。


「来る!」


エルドが、反射的に前へ出る。


不退域ふたいいき


盾を構え、進路を塞ぐ。


だが――

ヴァルハルトは止まらない。


剣が、軽く振られる。


ガンッ!


衝撃。


エルドの身体が、半歩下がる。


「……っ」


「悪くない」


ヴァルハルトは、感心したように言う。


「だが――

 盾だけじゃ足りない」


次の瞬間、

剣の角度が変わる。


エルドの“横”を、正確に突く。


「エルド!」


ミリアが、即座に動く。


踏越位オーバー・ライン


前線の概念をずらし、

攻撃線の外へ滑り込む。


断迷穿だんめいせん


狙いは、ヴァルハルトの次動作。


だが――


「浅い」


剣が、弾かれる。


重さが違う。


ミリアの身体が、後方へ跳ぶ。


「……っ、硬い!」


「いや」


ヴァルハルトは首を振る。


「俺が、動かないだけだ」


レインの《戦場演算》が、

即座に結論を出す。


(……押せない)


(でも、

 崩されてもいない)


「リュカ」


「分かってます」


余白展開よはくてんかい


戦場に、わずかな逃げ道が生まれる。


だが、

ヴァルハルトは追わない。


「ほう」


「逃げ場を作るのか」


「英雄相手に、

 正面突破しない判断」


剣を肩に担ぎ、笑う。


「嫌いじゃない」


「……褒めてる場合?」


ミリアが、歯を噛む。


「全然、

 決定打が見えないんだけど!」


「それでいい」


レインが、短く言う。


「勝とうとするな」


「崩れなければ、

 負けじゃない」


ヴァルハルトの眉が、わずかに上がる。


「……なるほど」


「“勝敗”を、

 最初から別の場所に置いている」


踏み込み。


だが今度は――

深追いしない。


「……?」


ミリアが、違和感に気づく。


「……来ない?」


「来てる」


レインが、静かに答える。


「でも、

 “壊しに来てない”」


ヴァルハルトは、立ち止まった。


剣を下ろす。


「……十分だ」


空気が、緩む。


「は?」


ミリアが、素っ頓狂な声を出す。


「もう終わり?」


「これ以上やると」


ヴァルハルトは、肩をすくめる。


「どっちかが、

 本気を出すことになる」


「それは、

 “試し”じゃなくなる」


一歩、後ろに下がる。


「結論は出た」


「お前たちは――」


レインを見る。


「英雄とは、別の意味で強い」


その言葉に、

誰もすぐには返せなかった。


「切らない」

「裁かない」

「でも、崩れない」


「……面倒な連中だ」


ヴァルハルトは、笑った。


剣を納めたヴァルハルトは、しばらく黙って《非裁定ノーリトリート》を見回していた。


評価する視線ではない。

値踏みでもない。


ただ――

考えている。


「……英雄はな」


ようやく口を開く。


「判断を急ぐ」


「遅れれば、人が死ぬからだ」


ミリアが、何も言わずに聞く。


エルドは盾を下ろし、

リュカは一歩後ろで静かに立つ。


「だから俺たちは、切る」


「正しいかどうかじゃない」


「“必要だ”と思った瞬間に、な」


ヴァルハルトは、レインを見る。


「お前たちは違う」


「迷っている」


「判断を、

 戦闘の中に持ち込んでいる」


「……危険だ」


一瞬、

場が静まる。


だが、次の言葉は続いた。


「――だからこそ」


ヴァルハルトは、苦笑する。


「俺たちが壊した後の世界を、

 拾えるかもしれない」


ミリアが、目を見開く。


「それって……」


「役割が違う、って話だ」


ヴァルハルトは、軽く手を振る。


「蒼衡は切る」


「英雄は、決める」


「《非裁定》は――」


一拍。


「残す」


レインは、静かに頷いた。


「……英雄に言われると、

 重いね」


「言っとくが」


ヴァルハルトは、指を立てる。


「好意だけで言ってるわけじゃない」


「お前たちは、

 均衡を乱す」


「だから、

 いずれ“試される側”になる」


ミリアが、鼻で笑う。


「もう慣れてます」


「だろうな」


ヴァルハルトも、笑った。


「蒼衡は、

 気に食わないだろう」


「世界機関も、

 扱いに困る」


「それでも――」


剣の柄に、手を置く。


「生き残れ」


「それが、

 証明だ」


そう言って、踵を返す。


「……次は?」


ミリアが、思わず聞いた。


ヴァルハルトは、歩きながら答えた。


「影だ」


「魔物も、街も、

 全部“余裕があるうち”に壊しに来る」


「英雄だけじゃ、

 追いつかん」


一瞬だけ、振り返る。


「だから」


「期待してるぞ、《非裁定》」


剣の背を、軽く叩いて去っていった。


しばらく、誰も動かなかった。


「……英雄って、

 もっと嫌なやつかと思ってた」


ミリアが、ぽつりと言う。


「英雄は、

 嫌な仕事を引き受けてるだけです」


リュカが静かに答える。


「だからこそ、

 僕らみたいなのを見ると――」


「安心もするし、

 不安にもなる」


エルドが、盾を握り直した。


「……俺たちは」


「間違ってないか?」


レインは、少しだけ考えてから言った。


「分からない」


「でも」


一歩、前に出る。


「退かない」


「裁かない」


「それだけは、

 決めてる」


ミリアが、にっと笑う。


「じゃあ、

 やることは一つだね」


「影を止める」


「魔物も、

 選ばせる連中も」


「全部」


リュカが、頷く。


「英雄が切った後を、

 拾うために」


夕暮れの街道に、

非裁定ノーリトリート》は再び歩き出す。


裁かず。

退かず。

それでも――

進むために。


次に試されるのは、

世界の方だった。


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